勇者の幼馴染だった村人Aの手記
魔王を倒す勇者。あと村人。
どんな人間だって誰しも自慢のひとつやふたつある。魔法や剣術、あるいは商才、鍛冶や錬金の才能。そんなことを自慢と思う者もあろう。能力でなくたって、代々伝わる家宝の壺だとか、単純に家が金持ちだとか、容姿が人より優れているとか、そんな自慢がある者だっている。足が速いとか喧嘩が強い、勉強が出来る、けん玉や竹馬が上手いなんてことを自慢する子供もいるだろう。
じゃあお前の自慢は何なんだ?そう聞かれたら俺は迷わずこう答えるだろう。
「俺はな、あの勇者様の幼馴染だったんだぜ。それが自慢さ」
……悲しくならないかって?いやいやすげーことだろ。この世界を救った勇者様だぜ?友達の友達が勇者様とかじゃない。幼馴染さ。めっちゃちっちゃい頃から知ってる。幼い頃の勇者と喧嘩したことだってある(ボロ負けだったけど)。
……まあ自慢が自分自身の才能とか家柄じゃないのは、それはその通りだが。俺の能力といえばせいぜい少し料理が上手いとか、家事が一通りこなせるとかその程度だ。
魔法はからっきしだし剣の扱いも下手。特殊なスキルはなんにもない。家柄も普通。加えて言うと容姿も十人並。
……悲しくないぞ。
ともかく、そんな平凡な村人Aであるところの俺の、唯一の自慢が勇者の幼馴染だったってことだ。
ただまあ正直、「それだけ」が自慢ってのも何だかなぁって考えないわけじゃあ無かった。そして今日、どうやら人生の大きな節目を迎えたこの日。胸を張って、「これが俺の自慢だ」と言える新しいことを見つけようと決意したこの日。ひとつの区切りをつけ、明日へと向かう励みとするため、自分自身を奮い立たせるために、この手記を記そうと思う。
今からおよそ二年前、この日のことは今でもよく覚えている。お前が旅立った日。お前は言ったよな。
「じゃあちょっと、世界救ってくるわ。勇者になって帰ってくるぜ」
「……」
おそらく思いっきり呆れた顔をしていたであろう俺の態度が不満だったのか、お前は露骨にイヤそうな顔してたな。
「なんだよ」
「もうちょっとなんかさ、あるだろ。一世一代の旅立ちだぜ」
「湿っぽいのは似合わないだろ、俺にはさ」
「まあそうだけど」
めそめそしながら旅立つとこなんか想像できない。
「別にお前は泣いていいんだぜ?俺に喧嘩で負けたときみたいにさ。慰めてやるよ」
いつもの、太陽みたいなカラっとした笑顔を見せた。
「泣かねーよ」
「つまんねーの」
「……」
「……」
「じゃーな」
「ああ、まあちょいちょい戻ってくっから。そんときゃ旨いもん食わしてくれや」
「おお。お前の好きな芋たっぷりのシチュー腹いっぱい食わしてやるよ」
「まじか。じゃあ明日帰ってくっから今から仕込んどいてくれ」
「はええよ。しばらくは帰ってくんなよ」
「冗談だって。修行と金稼ぎがてら西の王城まで行ってくるから。しばらくは戻らないつもりだ」
「頑張れよ」
「おう」
流石に俺にも意地ってもんがあるから、泣くわけにはいかなかったが、寂しさとか悔しさとか、そんなもんがこみ上げてきてたのをよく覚えている。俺に剣術の才があったら、あいつの力になれるのに。回復魔法の才があったら、傷を癒してやれるのに。俺に出来ることといえば、家で料理作って待ってることくらい。
……奥さんかよ。
「ただいま」
「……意外と早かったのな」
旅立ちから一週間後。勇者様(この時はまだ見習い)ご帰還。
「いや、まあ、その」
「なんだよ」
ばつの悪そうな顔をして頬を掻く。
「宿がさ、高くて」
「……」
「呆れんなよ」
呆れたくもなる。まあ金欠は駆け出し冒険者の常ではあるが。
「でも見てくれよほら、どうのつるぎ。綺麗だろ。ひのきのぼうとは違うんだぜ」
「そりゃそうだろうよ。……んでそれ買ったから宿に泊まれなかったのか」
「そういうことだ」
悪びれることなく言い放つ。別に悪いことじゃないのは確かなのだが。
それ以降もちょくちょく帰ってきては宿代を浮かしてたな。その度に新しい武器やら防具を見せびらかして。新しい呪文のお披露目って言って、火炎魔法で俺の前髪を焼いたことは一生恨むからな。
……でもお前は、ただの一度だって辛いとか、辞めたいとか、弱音を吐かなかったよな。砂漠の国は暑かっただの、盗賊団のボスの攻撃力はヤバかっただの、そんな話をする時だって、弱った顔を見せなかった。まるで子供の頃、いたずらが成功した時みたいに、屈託のない、変わらない笑顔だった。
お前の増えていく傷跡に、気づかなかったわけじゃないけど。薬草でも、回復魔法でも癒せない程の傷。村人Aには想像することも出来ない苦難。俺に出来るのは、料理を作って待つことと、酒の相手をしながら思い出話を聞くことくらいだ。
……呪文の実験台は俺には荷が重かったからな。
印象に残ってるのはパーティメンバーを連れてきたときかな。初めて女僧侶を連れてきた時のお前は、妙にテンション高かったよな。
「どうだ、可愛いだろ」
ニヤニヤした顔を近づけ、僧侶には聞こえないように言うパーティリーダー様。
「お前の好みの清純娘だぞ」
「勝手に俺の好みを捏造するな」
「手ぇ出しちゃだめだぞ」
「出さねぇよ」
「せっかくのパーティメンバーだ。ここで引き抜かれちゃ倒せる魔王も倒せない」
「聞けよ」
「まあそんな甲斐性無いか」
「……」
……少しだけ魔王を応援したくなった。
女の子といえば、姫様をドラゴンから救ったなんてこともあったな。
「まあそりゃそうだろうよ」
「おまえ他人事だと思って」
救った姫に求愛される。そこに何の違和感があろうか、いやない。
「当然の流れだな」
「当事者である俺の意見は無視か」
「姫だぞ。なんの不満があるんだよ」
清純派女僧侶とはタイプがまったく異なるが、一国の姫だけあって気品や優雅さは半端じゃない。
「まあお前は昔っから女の子にモテてたからな、理想は高いのかもしれんが」
「今はそれどころじゃないっての」
妙に真剣な眼差し。魔王を倒そうとしているのだから、並大抵の覚悟じゃないのだろうし、余計な事を考えていられないのはよくわかるが。
……途中で投げ出して、どこかの田舎や宮殿で、平穏に暮らしったっていいじゃないか。そんな言葉が出かかったけれど、それはお前の覚悟に水を差す言葉だってわかってたから。
魔王との最終決戦前、転移魔法で帰ってきたお前も、相変わらずだったな。
「宿代が無くてさ」
「嘘吐け」
もう既に自他ともに認める立派な勇者だ。どうのつるぎとは比べ物にならない鋭い剣を持ち、雑魚なら触れることも叶わぬであろう退魔の鎧を身に纏ったあいつに、かつての貧乏冒険者の面影はない。
「じゃあちょっと、世界救ってくるわ」
旅立ちの日と、同じセリフ。それを口にするあいつの顔は、やっぱり笑顔で。それでもその精悍な佇まいは、あの頃とは比べ物にならず。
「頑張れよ、勇者様」
「おう、お前もな」
「俺に出来るのは祈ることだけだがな」
「ばっか。シチューの仕込みがあるだろ」
「それかよ。任せとけ。……って変わんねぇな、俺は。お前はこんなに立派になったのによ」
「いやいや、成長したぜ、お前も」
「どこがだよ」
「料理が☆3.2から☆3.8くらいになった」
「よくわからん」
「宮殿料理クラスだ」
……勇者様のお墨付きなら相当なもんだろう。宮中料理人にでもなろうか。
そんで本当に世界救っちまうんだからすごいもんだよ。
「さてと、こんなもんかね」
今は使われていない、あいつの剣に語りかける。魔王を斬った伝説の剣。本来ならば王城に厳重に保管されるべきこの逸品は、勇者たっての願いにより、なんてことのない村人Aであるところの、この俺の自宅にて保存されている。
「何がだ?」
後ろから聞きなれた女性の声。俺は振り返り答えた。
「ん、ちょっとね」
「何か書いてたのか」
「ちょっと手記をね」
ちょっと格好つけてはみたものの、数枚の紙に書かれた文字はそれ程多くは無く、ものの数分で読み終わるであろう。はじめに文才を自慢しなかったことからもわかるように、さほど立派なものを書けはしないのだ。
「勇者の剣を目の前にし、勇者への想いを込めた手記を書く村人A、それが俺さ」
格好つけモード続行。そんな気分にもなろうという平和な一日だ。
「何言ってんだか。ていうかお、私への想い?」
つい癖で俺、と言いそうになって言い直す。別にこちらとしては俺でも構わないのだが、本人的にはひとつのけじめらしい。
「照れるところも可愛いな」
バシ。
ゆうしゃのこうげき。村人Aに999のダメージ。
「……つうこんのいちげき」
「バカ言ってるからだ」
魔王を倒したその拳から放たれる一撃は、剣を装備していないとはいえ、平凡な一村人である俺をダウンさせるには十分な威力を持っていた。
……目の前で頬を赤らめる彼女こそ、世界を救った伝説の女勇者。本人曰く、もう引退なのだそうだが。
「けど、手記?なんだってそんなものを?普段から書いてたっけ」
「んにゃ、初めて書いた」
「なんでまた」
「そりゃもう記念すべき日だからな」
つまり要は紆余曲折なんのかんのあって二人の想いが通じ合えたそんな日の翌日であり、もしここが宿屋であるなら宿の主人にゆうべはおたのしみでしたねと言われているだろうこと間違いなしのそんな朝なのだ。
……その後宿屋の主人は魔王の後を追うことになっただろうことは想像に難くない。
「自宅でよかった」
思わず胸をなでおろす。
「……本当に私でよかったのか?」
先ほどよりはスムーズに『私』と言えた彼女が、不安そうな顔で聞く。
「勿論。というかそれは本来こっちのセリフだぞ」
なにせ勇者と村人Aである。
「私なんて可愛くないし、傷だらけだし。お前は女僧侶みたいなのが好みなのかと」
「最初に連れてきた時も言ってたな、そんなこと」
余談だが件の僧侶はどこぞの王子とよろしくやっているらしい。こちらとしてはパーティメンバーが女の子で正直少し安心したことをよく覚えている。最終的には男魔法使いもいたがおじいちゃんだった。彼は余生を町の占い師として過ごしているとのことだ。
「とにかく俺が好きなのはお前だけだって」
少しは安心してくれただろうか。
「俺の自慢はさ、勇者の幼馴染ってことだけだったんだ」
「なんだよそれ」
呆れたように笑う。
「でもさ、これからは違うことを自慢にしようと思うんだ」
「?」
「俺の自慢は嫁ですってさ」
自慢の幼馴染だった勇者は、自慢の嫁となって、あの頃と変わらない太陽のような笑顔を見せた。
了
酔った勢いで書きました。
後悔はしていません。今のところは。
でもいずれきっと。