死神との契約方法
今日は二人ともアイスコーヒーにした。パフェなんて、年に一度食べれば十分だ。しばらくはいらない。
「死神との……契約方法を教えて欲しいの」
普段よりも小さな声で、少し顔を寄せて言う。男は待っていました言わんばかりに笑みを浮かべていた。
「契約方法は超簡単だ。神社の賽銭箱にお札以外の紙、できれば白色の紙がいいんだが、その表に「死神様」裏に「殺したい人の名前」それだけを書いて投函すればいい。それで契約完了。あとは決行を待つだけさ」
人の命を「超簡単」と言い放つ死神……。よく見ると目にもカラーコンタクトを入れているようで、少しだけ黄色く見える。悪趣味だが死神っぽいのかもしれない。
「本当に超簡単な方法だわ……」
ダメ元で試しても、ぜんぜん苦にならない。
「ただし、その紙を賽銭箱に入れるところを誰にも見られてはいけない。俺に見つかっても駄目だ。そこだけは十分に注意して欲しい。もし誰かに見られれば、殺す対象が自分に跳ね返ってくる。そういう決まりになっているから」
「決まり?」
ゴクリと唾を飲んだ。つまり、もし、賽銭箱に紙を投函するところを見られていたら……。
――私が殺されてしまうの――。
「まあ、順番交代って感じだな。だから、この近くの神社はお勧めできない。夜でも早朝でもランニングしている人や飲み過ぎの酔払いがウロウロしている時があるから。都会よりも田舎の人気がない神社が狙い目だろうな」
「……田舎の神社……」
私の産まれ育った田舎は……過疎化が進み、もう人は住んでいない。あそこなら絶対に安全だわ。
「でも、賽銭箱に名前を書いて入れるだけって簡単過ぎない? もしかして、それで大勢の人が訳も分からず死んだりしているの」
「ハッハッハ、まさか。死神と直接こんなふうに会話をし、その方法を聞いた者にしか契約は成立しないさ。そうでもなきゃ今頃、賽銭箱はお札以外の紙で溢れかえっているさ」
「……そうよね」
誰かが誰かに殺意を持っているようなストレス社会らしいから……。
「それとなく母親には遺書らしいものを書いて貰っておいた方がいい。その方がゴタゴタが少なくて済む」
「……それは、わたしの問題だから、死神のあなたが干渉しなくてもいいでしょ」
フッと鼻で笑われた。
「たしかにその通りだ。君が契約すれば、直ぐにでも行動に移すよ。くれぐれも……誰にも見つからないように。いいね」
「分かっているわ」
男が立ち去ろうとしたから、思わず手を握ってしまった。
「……どうした」
「今日はあなたが奢る順番の筈でしょ」
そっと伝票を掴まえた手に握らせた。
「……そうだったのか。明日はパフェを食べるから覚えておいてくれ」
「残念。明日は……ここにはいないわ。もう二度と会うこともないかもしれないわね」
「……それは俺も残念だなあ。君とはもう少し話したいことがあったのに」
「お互い知らない方がいいのよ……」
それに……私は彼の事を忘れてしまうのだから……。
「ただいま」
「お帰りなさい祐美恵」
母に祐美恵と呼ばれることも……もう数えられるくらいなのかもしれない。
私の本当の名前は真由美だ。「祐美恵」は母の妹の名前なのだ……。私は祐美恵じゃないでしょって何度も何度も言ってきたが、もう娘の名前も覚えていないのだ。産んだ時の事も……。
今日は通帳を探さなかったみたいだ。部屋は朝と同じ状態だった。
夕食のときは静かだった……。最後の晩餐ではないが、赤ワインをグラスに二杯飲むと、急に眠気に襲われた。
私が……殺すんじゃない。
あの男が……殺してくれるんだ。そして、私はそのことも忘れるんだわ……。
死神が殺してくれるんだ……もうこれ以上、私が母を嫌いになる前に……。
気が付くと私はテーブルに突っ伏して寝っていた。背中には一枚のタオルケットが掛けられていた……。
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