分からず屋!
帰りの電車の中で、急にスマホが鳴った。相手は母だった。
電車の中だから一度は切ったのだが、それから何度も何度もしつこく掛かってくる。火事や体調不良の恐れもあり五回目にたまらず通話に出た。
「もしもし、どうしたの」
周りを気にして小さな声で話す。通勤時間帯だから車両内は混んでいる。
『あ、祐美恵? 大変なのよ!』
尋常でない焦り方にこちらも不安になる。
「今、電車だから後でかけ直して」
『そんなことより、郵便局の通帳が見当たらないのよ! 家中のどこを探しても――』
「……」
今日も家に帰ったら散らかった部屋が容易に想像できる。
「電車だから切るね」
『ちょっと、祐美恵、聞いてるの?』
「終了」をタッチして通話を強制的に切った。
はあーとため息が出る。それからもスマホに何度も着信が入る度に、苛立ちは膨れ上がり……最後にはスマホの電源を切った。
「……ただいま」
自分の家に帰りたくない日々……。会社で仕事をしている方がマシなのが嫌になってしまう。
アパートの扉を開けると、いつもとは違う所までもが開け放たれていた。
下駄箱を開けて靴を出すのは仕方ないとしても、その靴を探した後に何故片付けられないのか――! 小さい頃から片付けろ片付けろと口煩く叱ったくせに、なぜ自分は片付けようとしないのか――!
「祐美恵、郵便局の通帳が見当たらないのよ。それで再発行してもらおうと思ったら、こんどは免許証も……」
「何度も何度も同じ説明をさせないで――!」
思わず大きく声を張り上げた。母は目と口を開け驚いた表情を見せる。
「――そんなに通帳が大事なの! ――娘の仕事や生活よりも自分の事が大事なの! わたしが何のために働いているか分かる? あんたのためなのよ!」
「そんな大きな声を出さなくても聞こえてますとも。はいはい。もう結構です。通帳は要りません」
ぜんぜん反省していない態度にもイライラする。要りませんと言っておいて、明日になればまた同じことを蒸し返してくるに決まっている。
これは終わらない堂々巡りだ――。
「あーあ、歳を取ると何も楽しみがないわ。もう、いっそうの事、死んでしまおうかしら」
「……」
どんな気持ちで母は私に言っているの。本当に私の事を何か考えて言ってくれているの。
だったら――。
「行ってらっしゃい」
「……」
次の日も、いつもと同じように母が見送ってくれるのが腹立たしい……。
もう、認知症が改善しないのは分かっている。母は薬を飲もうともしないし、私も会社を何度も休んで母の病院に付き添っていられない。郵便局にも行ってられない。
何も良くならない。悪循環なのも分かっている――。
だから今日、あの男……死神に、やり方を聞こうと決意した……。
読んでいただき、ありがとうございます!