死神は嘘をつかない?
「な、俺の言っていることが正しかっただろ」
「……」
たまたまだわ。偶然に決まっている。とは言えなかった。
今朝の朝刊には、作曲家の△△△△と元政治家の□□□□の訃報も掲載されていたからだ。冗談で軽はずみな話をしてはいけない相手なのかもしれない。
本当に、危ない人なのかもしれない――。
いやもとい、危ない人じゃないのかもしれない。危ない……神様? 死神様?
昨日と同じ時間、昨日と同じ喫茶店の同じ席に二人で座っていた。今日は全身黒色のラメ入りつなぎを着ている……。いったいどういうセンスなのだろうか。
私が昨日より少し念入りにメイクをしてきたのは……内緒だ。別に何も意識なんてしていない。
「……あなたが三人を殺したというの」
「いや、ちょっとその解釈は違うかなあ」
自称死神と語る全身黒色ラメ入りの男は、パフェを一口食べてスプーンを手にして上機嫌だ。
「人間はいつかみんな死ぬのさ。まあ、それを管理しているのが死神の俺って訳だがな。殺すとか考えると物騒だから言い換えると、死ぬ順番をちょちょっと変えるだけさ」
ちょちょっとって……。それで寿命を縮められた人はたまらないだろう。
「それに死神であるあなたには何のメリットがあるのよ」
「メリット? え、俺の損得のことなんかを考えてくれんの。嬉しいなあ」
スプーンを使って器用にメロンを皮ごと口に放り込んだのを見逃さなかった――。いつ皮が出てくるのかと観察していたが、皮が口から出されることはなかった。
「順番が変わるだけって言ったけど、ホテルに泊まるみたいなもんさ」
――?
「ホテルに泊まる?」
言っている意味がまったく分からないわ。この辺りにはホテルなんて……頭を振った。こんな男、タイプでもなんでもない。
「急に押し寄せてきた客と、ちゃんと予約をしてくれるお客ならどっちがいいと思う」
「……予約をとる客かしら」
「ピンポンピンポン大正解!」
よっしゃ。
「つまり、死神の俺にとっては、いつ死ぬか分からない人よりも『何時何分に殺してください』って人の方が都合がいいわけよ」
――パイナップルも皮ごと口に入れたわ。そして……皮は多分飲み込んでいる。
って言うか、昨日の私のパフェにはパイナップルは入っていなかったわ――。
「死神って……もしかして大変な仕事なの」
「そりゃそうさ。分かってくれて嬉しいなあ。――いや、でも人の死神なんかはまだ楽な方さ。ニワトリの死神なんてそりゃあ毎日毎日大変なんだから。他にもムカデの死神とかダニの死神とか、一人でもっと大変そうだぜ。あ、一人じゃなくて一匹か」
頭が痛い。死神の仕事事情なんてどうでもいい。果たして、ニワトリにも死神が必要なのだろうか。一匹じゃなくて一羽だと思うわ。
「で、殺したいのは誰なんだい」
「……」
まだ……言えない。それほどにまでこの自称死神を信じられない。それに、人を殺すなんて殺人行為はあってはならない。
私は母をそれほどまで……憎んでなんかいない……。
「俺に任せなよ。楽になれるぜ」
「人を殺すなんて……殺人よ」
「そのままだね」
「犯罪よ。してはいけないに決まっているわ。バカバカしい」
「チッチッチッ。本当に君がそう思っているのなら、恐らくは今日、ここでこうして俺なんかともう一度会っていないと思うんだけどなあ」
「――そ、それは」
見透かされている……何もかも。きっと、私が誰を殺したいのかも見透かされているんだわ……きっと。顔が赤くなっている。耳まで熱い……恥ずかしい。
「……一生後悔することになるわ……」
「それなら心配無用さ。都合のいいことに死神の俺に頼んだ経緯を君は綺麗さっぱり忘れてしまう。つまり、殺そうとしたってことを忘れてしまう」
「え」
殺そうとしたことを……忘れてしまう?
「ああ。逆に突然死に戸惑うことになるが、自分が殺そうとしたことを覚えているよりもずっといいだろ」
そんな……方法があるというの? ひょっとして、剣と魔法の世界?
「まあ、ダンディーな俺とこうして楽しく話をしていた時間も忘れてしまうのは、少しばかり心苦しいかもしれないがな」
ぜんぜん。
「悪いけれど異性としてはぜんぜん魅力的に感じないわ。全身ラメ入りのつなぎ姿もイケてない。引く」
「……鬼だな」
男は目を細めた。私は鬼なんかじゃないわ。正論よ。
パフェを食べ終わると男は席を立った。
「今日は君の奢りの約束だったから伝票は置いておくよ。時間はいくらでもあるんだから、ゆっくり考えてくれればいい」
「……ええ」
……死神との契約なんて……絶対に罰が当たるに決まっているわ。
でも、今だって罰が当たっているようなもの。それならば……。
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