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どっちらけ


「ただいま」

 都内から少し離れた所に私のアパートがある。部屋は狭く壁も薄い古アパートに母と二人で暮らしている。

 扉を開けると部屋の中は散らかっていた。まるで幼稚園児が遊び散らかした後のような光景にがっかりする。


「お帰り祐美恵(ゆみえ)。丁度よかったわ」

「……ただいま母さん。なにが丁度よかったのよ」

 部屋の棚やタンス、化粧台の引き出しまでもが開けっ放しになっている。まるで留守中に泥棒が入り、ひとしきり金目の物を探して荒らした跡のような惨劇だ。

「郵便局の通帳が見当たらないのよ。それで再発行してもらおうと思ったら、こんどは免許証も見当たらないの」

「……」

 とりあえずは鞄を玄関横のポールに掛け、床に散らばった服や本など足の踏み場を確保する。

「……通帳は無くすといけないから私が預かっているって言ったでしょ」

「どこによ」

「……言わないわ。持ち歩いたらまた無くすでしょ」

「無くすわけないでしょ、あんな大事な物を」

 ――じゃあなぜ、そんな大事な物を毎日持ち歩こうとするのか! そして何度もなくしてしまうのか! 思わず叫びたくなった。


 毎日なのだ。本当に毎日同じやり取りを繰り返しているのだ――。


「じゃあ免許証を返して頂戴。再発行するのに身分証明書を持って来いって偉そうに言うのよ」

「母さん、また郵便局に電話したの」

 いつでも連絡だけはとれるようにと母に携帯を持たせているのだが、それも考えものだ。

「ええ。最近の郵便局員はみんな偉そうで腹が立つわ」

 腹立たしそうに言う母。

「偉そうに言ってないでしょ。それに免許証は返納したじゃない。それももう忘れたの」

「え! 返納……。ああー覚えてるわよ。返したのよ」

 覚えてないならハッキリそう言えばいいのに、なぜ覚えているフリをするのよ――!

「わたしがいない間に勝手に色んなところに電話しないでって言っているでしょ! 急がなくてもいいものはわたしが帰ってから確認すればいいんだから!」

「はいはい。そうね、今度からはそうするわ」

「……」

 母を睨みつけたが、そっぽを向いて自分の部屋へと入っていった。

「それと、自分の部屋くらいは片付けておいて」

「はいはい」

 台所の棚や引き出しから片付けていく。こんなところに通帳を隠す筈もないのに、やれやれだわ。


 こんなやりとりを何回続けてきただろうか……。

 母の面倒を私が見ないといけないからと、前に務めていた会社も辞め、時間に余裕がある今の会社へと転職した。収入は大きく減り、母が一人で住んでいた田舎の一軒家も売らざるをえなかった。

 父と母は私が小学生になった年に離婚し、今では父の連絡先すら分からない。親戚の話によると再婚しているそうだ……。



 昼に届いた弁当はしっかり食べてあった。夜もおかずだけは宅配サービスを受け、ご飯だけは炊くようにしている。二十四型の小さなテレビを見ながら二人で食べる夕食は、決して楽しいものではなかった。

「祐美恵もそろそろ結婚しなさい。いいお相手はいないの」

「わたしのことは心配しなくていいから」

 せめて自分の事だけでもきちんとやって欲しい。私の手を煩わさせないで欲しい。認知症になった母のせいで、結婚なんてしたくてもできるはずがないのだから――!

 四十になる前の年、ようやく婚活で理想の相手と巡り合えたと思ったのに、母の事を話した途端に音信不通になる撤退劇を見せられた。


 もう、私にはお金も気力も時間も残されてなんかいない。残されているのは認知症が進行していく母だけなのだ――。


 小さな子供が部屋中を散らかしても仕方がない。それをしつけていくのが親の仕事であり責任だ。だったら認知症の母をしつけるのは、私の仕事であり私の責任なの――?

 何度同じ説明や忠告をしても次の日には忘れている。それなのにこれまでの自分の経験や親の威厳を振りかざして当然のように自分が正しいと疑わない。認知症と診断されても信じていない。都合のいいことだけを覚えているようにしか思えない――。

 ――「ありがとう」も「ごめんなさい」も、娘の私に対して絶対に言わない――!


「あら」

 テレビを見ていた母が急に声を上げた。

「あらら、俳優の○○○○さん、亡くなったのね。昔は憧れていたのに」

「――!」

 テレビの一番上に緊急速報のテロップが出ている。恐る恐るポケットからコースターを出して確認する。あまりよく知らない昔の俳優だが、名前がしっかりと書かれていた。


 予言していた名前と同じだ――。両腕に鳥肌がびっしりと立った。


読んでいただき、ありがとうございます!

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