死神との出会い
「そこのあなた、殺したい人がいますね」
――!
ちょっとセンスを疑う奇抜なファッションの痩せ男に声を掛けられ立ち止まった。
歳は……わたしと同じくらいかしら。鞄などは持っていないが右手には草刈り鎌を持っている。鎌の刃の部分にはビニールのケースが被せてあるが……平日の昼過ぎに持ち歩いているのは少々物騒だ。
ここはビルと電柱が建ち並ぶ都内のオフィス街。田舎の農道とは訳が違うのだ――。
「ナンパなら他をあたって下さい」
できるだけ関わらないように、できるだけ威嚇しないように、足早にその場を離れようとするのだが。
「ちょっと話だけでも聞いて下さいよ。っていうか、本当はあなたの方が話を聞いて欲しいんでしょ。俺、死神なんだよ……」
「死神?」
いやだわ、ガチで危ない男だ。手に持っている鎌が……死神の鎌? どうみても近くのホームセンターで買ってきた安物の鎌にしか見えないんだけど……。
「殺したい人を殺せちゃうんですよ――。しかも無料で」
「……」
足が止まった。無料ってところがリアルで……。
もう一度よくその男の姿を確認する。今までに本当の死神なんか見たことはないが、とても死神になんか見えない。よくテレビに出てくる派手な衣装をしてギター弾く芸人に似ている。ラメ入りの真っ赤なジャケットに黒の皮パンと爪先の尖ったブーツ。死神かどうかは知らないが、ちゃんと影がある。髪は黒毛を金に染めているようで、根元が少し黒っぽい。
「それにしても暑いなあ。立ち話も何なので、ちょっとクーラーの効いたところで、冷たい飲み物でも飲みながら話しませんか」
「……」
ナンパされるのは初めての経験だった。これをナンパと言ってもいいのなら……。
カランカラン――
「いらっしゃいませ」
ビルの一階にある喫茶店に入ると、寒いくらいクーラーが強くて瞬時に汗が引いた。
「二名様ですね」
「はい」
なんか、がっかりする。
心のどこかでこの男は、他の人に見えない死神なのだと思いかけていた自分が小っ恥ずかしい!
店内は空いていたが、奥の目立たない二人テーブルへ通された。ラメ入りの赤いジャケットは、オフィス街にはちょっとだけ痛い。組んだ時に長く見える足は黒いブーツによる目の錯覚なのだろう。
派手な男に対して私の地味な服装に少しだけ劣等感を抱いてしまう。ジーンズに白いTシャツ一枚。最近では中学生もこんな姿で街中をウロウロしていない。
「人ってさあ、殺してしまいたいくらいに嫌いな人が一人や二人……多い日でも五六人はいるものさ。ストレス社会なんだから」
「……」
殺す殺すとあまり言わないで欲しい。少し声が大きく周りの席からの目が気になる。ただでさえ目立つ格好をしているのだからなおさらだ。
テーブルに運ばれてきたフルーツパフェをスプーンで口へと運んだ。
「うわ、それ美味そう。一口欲しいなあ」
「……嫌よ。見ず知らずの人とそんなことできる訳ないでしょ」
初対面の男と喫茶店に入り、鼓動がいつにも増して早まっているのを知られたくなかった。
「ちぇ。まあいいか。あんたの奢りだし」
――聞き捨てならない。
「ちょっと、普通はお店に誘った方が奢るものでしょ」
思わずそう言ってしまい、ハッとした。
……迂闊だったかもしれない。奢られたことで後々言いがかりをつけられる恐れもある。
「ちぇ」
渋々と水滴が着いたアイスコーヒーをストローで飲みだした。ストローを吸う口元が……派手な衣装と対照的で可愛らしく見えた。
この時はそれくらいの軽い気持ちだった。ちょっと変わった人、くらいの印象だった。
「それで、あんたが殺したい人って誰なんだい」
――手が止まった。
チャラチャラしてそうな服装と軽い口調なのに、私の心が見透かされているのが怖い。
「いきなり初対面の相手にそんなことを聞くの」
「ハハハ。聞くね。そのために店に入ったんだろ。それとも本気でナンパされたとでも思った? それでもいいんだけど」
「……」
パフェに乗ったウエハースを摘まんで食べると、上唇に粉がくっ付いた。それを楽しそうに見ている。じっと見られている……。
「まあ、言いたくなかったら言わなくてもいいんだけどね」
そんなこと、簡単に言えないに決まっているでしょ……。
「死神だなんて言ったけど……どうやるのよ」
一瞬だけ男の眉毛がピクリと動いた。
「え、ああ。どうやるって? 簡単さ。この鎌で魂をサクッと切るだけさ」
「じゃあ、その鎌を使うって事ね」
ただの殺人じゃないの。そんなの出来るわけがないわ。
「まあそれは演技みたいなものさ。本当は鎌なんかいらない。在宅ワークみたいに遠くからいつでもどこからでも俺は魂を切れるのさ」
またアイスコーヒーをストローで吸う。シロップもミルクも入れていないのに美味しいのかしら。
「死神の在宅ワークって……物騒過ぎるわ」
「ハッハッハ。こう見えても俺は今でも仕事中なんだぜ」
「なんのよ。契約でも取って回っているの」
悪徳商法の契約かもしれない。
「いいや、世界中で寿命を全うした人や命が付きた人の魂と体を切り放し続けているのさ」
「――世界中ですって?」
ちょっと話についていけない。
「ああそうさ。世界中ではこうして俺達が楽しくお茶している間にも大勢の人が死んでいるんだ。もちろん、それと同じくらい新しい命も生まれている。俺は死神なんて損な役回りだから、あまり人からは喜ばれない。だから、そんな魂を切ることを喜んでくれる人を日夜探して声を掛けているってわけなのさ」
「……信憑性に欠けるわね」
新しい悪徳商法にしては、マニュアルがちゃんと整理出来ていない。ぜんぜん信じられない。
「最初はみんなそう言って信じないのだが、最後には俺の言ったことを信じるようになるのさ」
自信気にそう言いながらアイスコーヒーが置いてあった丸い厚紙のコースターを裏返しにした。アンケート用に置かた鉛筆を使い何やら書き始めるのだが。
「あれ、水吸ってボコボコになっているから書き難いなあ。まあいいか」
男はコースターの裏側に三人の名前を書いた。字は下手くそだった。
・○○○○
・△△△△
・□□□□
「この三人が……今日どうなるか、説明を聞きたいかい」
今日どうなるかなんて……。
「もしかして、死ぬって言うの」
「正解。そうすれば大抵の人は俺が死神だって一発で信じてくれた」
コースターに書かれた三人の名前は……割とテレビなどで有名な人の名だった。三人ともかなり高齢の筈だ。
「察しのいい人は、この時点ですでに俺が死神だって信じてくれるのさ」
「わたしは……」
察しがいい方ではない。でも、その書かれた三人の有名人の訃報はいつ発表されてもおかしくない。ひょっとして、本当にこの人は死神なのだろうか……。
「焦る事はないからまた明日この辺りで会おうか。今日は僕が奢るけれど、明日は奢ってもらおうかな。それでは」
テーブルの端に置かれていた伝票を手に取ると、ゴツゴツとブーツの音を立ててレジへと向かった。
私は立ち上がることもなく一人、残ったパフェを食べ続けた。
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