桜と歌と2
寮に戻ろうとした時、どこからともなく声が聞こえた。
声のする方へ歩いていくと話しているわけじゃなく、歌を歌っていることに気付いた。
歌声からして女子生徒か…美しく透き通るような歌声で一体誰が歌っているのか…歌声の主に興味を持った僕は木の陰からそっと覗いた。
堂々と姿を現さないのは、絡まれたら厄介なタイプの令嬢が歌声の主だったら姿を現さず早々に引き返せるし、その方が賢明だと思ったから。
そして声の主はリーナス・グリアベル嬢だということが分かった。
以前の彼女だったら僕の中で厄介な令嬢のカテゴリーに入ってたので気づかれない内に引き返していただろう。
だがいつかのお茶会の一件以来彼女が以前の彼女と違うと感じていたし、入園式の際には寧ろ良い意味で彼女の思いがけない一面を見れて逆に彼女のことをもっと知りたいと思うようになっていた。
彼女は心ここにあらずみたいで今や木の陰から出てきた僕のことは気づかない。
それがなんか面白くなくてわざとらしく石だたみの道で靴を鳴らす。
その時初めてグリアベル嬢がこちらに振り返った。
その途端歌うのを止めて口をあんぐりと開けて僕を見た。そんな淑女としてあるまじき表情に内心爆笑しながら彼女が次どんな行動を起こすのか、少し楽しみに様子を見ていた……ん?
どこか悟りを開いたような表情で正面を見据えてすくっと立ち上がった。
そしてここから立ち去ろうとしてる…用を思い出したとかなんとか…いやいやさっきまでぼーっとしてたでしょ?言い訳として無理があるだろう?
そう思ってベンチに座り隣に座るように促した。若干落ち込んで見えたのは見なかったことにして。
それよりも1つ不満に思っていることがある。
リーナスが僕を「王太子殿下」呼びして名前を呼んでくれないのが、なんとなく気に食わない。
そう思って名前呼びを頼んだらどもりながらではあるけれど「クリストファー殿下」と呼んでもらえた。
それでも十分嬉しかったのだが、僕は欲しいものは最高の状態で手に入れたいタイプだ。つまりは欲張りなのだが何故かリーナスには愛称で呼んでもらいたくてせがんでみた。
追い込まれた彼女は目に涙を溜めて見上げながら「クリス様ぁ…」なんて言うもんだから思わず顔を背けてしまったのは仕方ないことだと思う。
リーナスを追い込んでる自覚はあった。それを楽しんでる自分も自覚はあった。
だがこれは不意打ちだ…!まさか…まさかあのリーナス・グリアベルを可愛いと思う時が来るなんて以前の僕なら信じられなかったしありえなかったことだ。
でも今の僕は絶対顔が赤いということが分かる。
落ち着くまでリーナスから顔を背けてたのは言うまでもない。
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あれから何やら復活したクリス様に再び歌うことを強要されたのでしかたなく歌うことにした。
私の歌をクリス様は穏やかな表情で聞いていて歌い終わった後ちょっとした雑談をしたのだが、何故かクリス様の私のことを「リィー」って呼ぶようになった。解せぬ。
あと「また歌を聞かせてくれ、でも僕以外にはなるべく聞かせないでね?」と謎の圧がかけられた。
クリス様以外にどころかクリス様にも聞かせませんわよ、恥ずかしい。あれ?でも前半部分のお願い(という名の命令)を無視したことになるのか?まぁいいか。
桜で和もうと思っていたら思わぬ伏兵でリアルHPがごっそり無くなった私はとぼとぼと寮へ戻った。
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「ぬううううう」
貴族の令嬢としてあるまじきうなり声をあげている。
決してトイレで踏ん張っているとかそういうことではない。
今度テストがあるために今は魔力増強に向けて日々トレーニングをしていた。
テストは筆記と実技があり実技では魔力測定と実際に魔法を使って審査されるのだ。
私は筆記はそれなりに上位に食い込む自信はあるけれど、魔力はほんと平均的なので不安要素といったとこか?
4属性である分実際に魔法を使う時はレパートリーはあるから少しは有利だろうけども…。
また魔力を上げるトレーニングとは至ってシンプルなもので、石を握り握った手からくる魔力で石を割るというもの。力業ではなく魔力で。
魔力をほぼ空にするまで使うことで魔力の最大値が上がるらしい。あとこの訓練法で上級者になると手の平にのせるだけで石を割ることが出来るらしい。
「リーナス様、少し魔力が上がったんじゃありません?」
パメラがにこにこしながらトレーニングの様子を見ていた。パメラも右手に石を持っていた。
「そうですわね!さすがリーナス様、素晴らしいですわ」
ヘレナも同じく右手に石を持ちながら私を見て微笑んでいた。
魔力の伸び方は人それぞれだ。私もまだ伸びしろがあるのならテストまでまだ猶予があるし頑張ろうと思った。
猶予があるのだけど今から準備するのには、テストにちゃんと備えたいという以外にも理由がある。
私はその理由に頭を抱えていた。
テストの前にウォルハルト家のパーティというありがたくないイベントがあるのだ。
ウォルハルト家といえばクリス様と同じくらいの恐怖の対象でもあるルーファスの実家だ。
そのウォルハルト家のパーティで学園を休まなくてはならない為、今のうちにできることをやっていたのだった。




