04
醜い色に染められた髪はどこへ行っても嘲笑の的だった。所々色を取り戻した部分もあったが、やはり全体的に斑模様の灰色で、毛先はゴワゴワと広がってしまう。
外に出たくなくなり、一日中寝室で一人ぼんやりと過ごすことが多くなったアンブロシアーナが椅子に腰かけて窓の外を見ていると、珍しく昼間からフリードリヒが部屋に戻って来た。
どこから持ってきたのか、フリードリヒは白い硝子細工のようで可愛らしい小さな花の束を手にしており、それを大切そうに花瓶へ自ら飾る。普通ならば花を飾るなどメイドや使用人の仕事だ。それ故か嫌でも目について、花の種類まで認識してしまった。
その花は魔人の国の王宮内にあった温室で見たことがあった。
「アンモビウム……」
あまりの懐かしさにアンブロシアーナが久々に声を絞り出すと、フリードリヒは少しだけ驚いたように目を見開く。それから柔らかな笑みを浮かべて、一輪だけ手に持ってアンブロシアーナの側に寄った。
一度大声を上げられたショックと、それから懐き続けている不信感から思わず身構えると、フリードリヒはその場に跪いて花を掲げた。
まだ13歳になったばかりのアンブロシアーナには経験がないが、それが魔人の国の舞踏会でダンスを申し込む際に行うものだと気付くとじんわりと目頭が熱くなってしまう。
「わたしの事なんか、何とも思ってないくせに」
受け取れずに泣き出すアンブロシアーナに、フリードリヒは諦めたように花を花瓶へと返しに行く。
否定すらしないフリードリヒの背中に、アンブロシアーナは「エレアノーラさん」と知らぬ女の名を呟いた。
振り返ったフリードリヒの顔に特に焦りや狼狽といったものはなく、彼は平然とアンブロシアーナの正面の椅子に腰をおろす。
「フリードはエレアノーラさんが好きなんでしょう。わたしなんて邪魔なだけじゃない」
「……そう言うアンタはどうなんだよ」
アンブロシアーナはフリードリヒらしくない言葉遣いに驚いて身をすくめる。髪を染められた日に大きな声を上げられたことを思い出すと、少しだけ恐怖が蘇って口をつぐんだ。
「だんまりか。その変な髪のこともそうだ。どうして何も言わないんだ? この前まではすぐ泣きべそかいてベタベタ甘えていただろ?」
「そ、それは、だって……」
「だって、なんだよ? アンタは公爵の娘なんか気にしないで、好きなだけ夫の俺に甘えて良いんだ。ほら、どうして欲しい? 抱っこして高い高いでもしてやろうか?」
短かったが甘やかされて幸せだった時間まで全て否定されたような気持ちになり、豹変してしまったフリードリヒから視線を外す。
「それが本当のフリードなの? 今までのは全部演技だったの?」
「……ああ、そうだよ。全部演技だ。アン、お前を騙すのは楽だったよ。本当に素直で純粋で無垢で……魔人の国はまるで絵本の世界なんだな。で、さしずめアンタは絵本の中のお姫様ってわけだ。人を疑うことすら知らない」
「人間が意地悪なだけ……人間が意地悪だから、そう思うだけだよ! 人間なんて嫌い! フリードなんて大嫌い!」
「……そうかよ」
しまった、そう思った時には手遅れだった。アンブロシアーナは自分が言ってはならない言葉を放ってしまったことに気が付くと、頭に上っていたはずの血の気がみるみる引いていった。
指先も、靴の中のつま先までひんやりと冷えてしまい、自分の体を両腕で抱きしめるようにして、小さく隠れるように床の上にしゃがみ込む。
「アン」
それはいつものような優しい声だった。ぽすん、と手触りが悪くなってしまっただろう頭に手のひらが優しく乗せられる。
「悪かったな、理想の王子様じゃなくて」
嘲るような笑い声と共に聞こえた言葉に、アンブロシアーナは両国の平和よりもただ純粋な憎しみを抱いてフリードリヒを鋭く睨みつけた。
まるで婚約を破棄したいとも思われそうな言葉を放ってしまったことを謝って撤回すべきだというのに、湧き上がる感情の渦にアンブロシアーナの理性が飲まれていく。
外から差し込む太陽の光を遮り、逆光になってしまっているフリードリヒの表情はわからない。嘲笑だけが虚しくアンブロシアーナの耳に届いて、ただただ煩わしかった。
アンブロシアーナはその声、フリードリヒの言葉を知っている。
――そうだ、わたしはこの言葉を聞いたことがある。どうしてこんなに大切な事を忘れてしまっていたの?