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セーニョの先で見ている  作者: トシヲ
フェルマータ
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ジギのお悩み相談しない室

 毎日のように、まるで魔王を便利屋か何かと勘違いしているような依頼が届く事には、流石のジークフリードも辟易している。


 いつかの草食スライムを研究していた、あの東の国の研究者と医者の名が書かれている便りを見つけてしまったジークフリードは、その時着ていた服の尻の辺りを溶かされた、ひんやりとした感触を思い出して青褪める。


 ジークフリードは苦々しい経験から、少し値は張るが、丈夫で肌触りもいい蜘蛛の魔獣の作る糸で織られた下着を着用するようになった。



 昨日も魔人同士の喧嘩の仲裁や、巨大な岩の破壊などで疲れてしまったのだろう。未だ寝台ですやすやと眠っている愛おしいアンブロシアーナのため、ジークフリードは勇気を振り絞って封筒を切り、中の紙を取り出す。


 儲け話が好きな義母が紙の原料であるパルプを暇そうなオーク族に作らせて東の国に売り捌き始めてから、金のある者から届く紙は質が良くなった。


 そのパルプというものの原料が、森を動き回って魔獣を食べる食虫植物……もとい食獣植物の茎だとも知らずに買い取る東の国の商人を思うと哀れな気持ちにすらなる。



 うっかり別のことを考えてしまったところで、ジークフリードはようやく二つ折りの紙を開いた。


 服を溶かすスライムの次に彼らが作るものとは何だろうか。いくら用途がまともっぽくても、ろくでもないものに違いない。


「より安全で安心の性転換魔術で、自分の体に苦しむ人を救いたい……魔王陛下にもぜひとも一週間のトライアルコースを……ふざけるなよ」


 必要以上に細かく千切って窓から撒く。風に乗って遠くへ消えていく様は、こうして見てみれば美しいものだとジークフリードは目を細めた。



 気を取り直して次の封筒を手に取る。たどたどしい文字からして、子供が書いたもののようだ。


「悪魔のお兄ちゃんへ、この前は鞠を遠くまで投げる方法を教えてくれて、どうもありがとう。また一緒に遊んでね……誰が悪魔だ。そもそも俺はお子ちゃまと遊んでる暇は無い!」


 よくわからない絵の描いてある手紙を丁寧にたたんで懐にしまい、そして次の封筒を手にとった。


 今日目にした中でも、最も高価な金の装飾がついた封筒には、母国の王家を示す印がついている。


 また筆まめなフリードリヒか、幼子でも心配するような内容と説教ばかり交互に書き連ねる母親からの便りに違いない。


 しかしよく見てみると、文面でもやかましい二人の筆跡とは違う、力強さを感じるインクの流れが自分の名前の形をしていた。


 国王である父親から便りが届くことはあまりない。何か大きな事故か事件があったのかもしれないと、少し慌てて便箋を広げる。目にした文字は、想像していたよりも少なかった。


「犬を飼った。名はホイップちゃんです……だと? 父上は俺への手紙をご自分の日記帳とでもお思いか!!」


 べシーンと手紙を地べたに叩きつけ、ストレス発散をしようと寝台に潜り込んだ。


 するりと滑らかな生地の夜着の向こうにある、熟れた果実のように柔らかな肌を手のひらいっぱいに感じとる。


 ふわりと柔らかな甘い香りの髪に顔を埋めて、これでもかというほど空気を吸い込むと、もぞもぞと腕の中のものが動き出した。


 寝ぼけた声をあげて逃げようとする体を脚で挟み込んでやる。それから可愛らしい耳元に口を寄せて息を吹きかけると、ようやく目が覚めたアンブロシアーナが子犬の声のような悲鳴を上げた。


 ゴシゴシとまるで顔を拭うようにアンブロシアーナに擦り寄って、もう一度甘い香りを吸い込んだ。


 ――もう少し、耐えてやるか


 笑い声のような声と、小さな悲鳴をあげながら這って逃げようとするアンブロシアーナを無理矢理抱きしめ、ジークフリードは紙類が山積みのデスクに視線を投げかけた。


 ここ数ヶ月間、魔人の国は絵本のように平和だというのに、デスクの上はあまりにも凄惨な散らかり方をしていた。


(おわり)

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