つけ角の話1
本編終了後の二人のお話です。ネタバレしかありません。
おまけはコメディーと甘さをがっつりと決めていたので、本編のイメージや二人の距離感などを壊したくない方にはおすすめできません。
今回は二人がまだ婚姻を結んでいない15歳、18歳のお話です。
愛した魔人のために死んだり生き返ったりを繰り返し、庭師やら騎士見習いやら王子様を演じてようやく魔王の恋人の座についた18歳のジークフリードは留学先の魔人の国でとてつもなく楽しい日々を送っていた。
あまりの楽しさに時々フリードリヒと見間違えられるかのようなハッピーな笑顔を振り撒いて、いつの間にか魔人たちにも愛称である「ジギ」という呼び名が定着していた。
「ジギピッピはつけ角って知ってる?」
ジークフリードにそう話しかけたのはリザードマンの青年ギュゲスルだ。庭師の格好をしていた時、イモリやヤモリ、トカゲといった小さな爬虫類と戯れた経験のあるジークフリードはこの彼のことを気に入っている。
アンブロシアーナが飼っているドラゴンもかなり愛らしいと思うが、このギュゲスルは言葉も交わすことができるので特に気に入っている人物だ。
「知らん」
「今女の子に流行ってるんだよ。専門店がこっちにしかないから、最近じゃ人間のご令嬢のために遣いの人も来てるみたい」
「そうか、流行ってるのか」
「アン様まだ15歳だし絶対欲しいなって思ってるよ。女の子ってやっぱり流行のファッションに興味ある人多いでしょ」
「お前はいつもいつも俺に良い情報を渡しにくるよな、ギュゲスル」
「だって僕はジギピッピの友達だしね」
「と、友達……そうか、友達……友達……!」
*************
「ジギ、どうしてわたしがつけ角欲しいのわかったの?」
「流行ってると聞いたんだ。その……ゆ、友人に」
ギュゲスルに書いて貰ったブティックへの地図を右手に、左手にはアンブロシアーナの手を握って街を歩く。
魔人の国は今日も薄暗くて気温も低い。だが雪が降らず分厚い上着が必要ないこの国はジギにとって過ごしやすい場所だ。
つけ角以外にも家の外壁や木々に小さな魔導石を飾り付けて光らせるのが流行している魔人の国は、夜目のきかない人間にも居心地がいい場所へ年々変わってきている。
人間の国よりも売上が出せると見込んだ仕立て屋やパン屋などが出店し、同時に人間の職人やその家族たちも移り住み始めていた。もう20年も経てばそこらで遊んでいる子供の中に人間や混血の子どもたちも多く混ざることになるだろう。
「ジギ、お友達できたんだね」
「まあな」
ジークフリードを見上げて嬉しそうに笑うアンブロシアーナに頬が熱くなる。人間の国で寂しい思いを何度かしたアンブロシアーナは、魔人の国に留学に来たジークフリードのことを度々心配していた。
最初の世界線で周りとあまり関わらなかったジークフリードが留学生として崖を降りてきた今、周りから孤立していたり何か嫌な目に合っていないかと問われるのだが、当の本人は何も苦痛など感じておらず毎日楽しく生活している。
「ジギが楽しそうで良かった」
「……そりゃ、アンタもいるしな」
ほんの少し、アンブロシアーナの手を握る力を強めてもっと近くに引き寄せる。
するとアンブロシアーナは繋いでいた手とは逆の方の手をジークフリードの肘の関節の辺りに伸ばし、まるで抱きついているような姿勢をとった。
――可愛い。
少し大胆な行動を自分の方からとっておいて、アンブロシアーナは恥ずかしいのか下を向いてしまう。
やがて目的の店が見えてくると、アンブロシアーナは目をきらきらと輝かせて感嘆の声を漏らした。
ショーウィンドウに飾られた角やらそれに関係したアクセサリーはどれも美しく自分の持ち主を待っている。
扉を開けると取り付けられた鈴がカランと鳴り、店員であろう女性が「いらっしゃいませ」と笑った。角関係のアクセサリー店の店員ともあり、店員の頭にある長い角は小さな光る魔導石の連なるチェーンなどで派手に飾られている。
店内の展示台にはショーウィンドウから見えなかったあらゆる色のアクセサリーが並び、その中央にいくつか色や大きさ、形状の異なるつけ角が飾られている。
「ずいぶんと種類があるんだな」
想像していたまっすぐな角と騎士団長のような捻れた角の他に、羊のような丸く渦を巻いた角、短い猫の耳のような三角形の角、鹿のように先の別れた枝のような角もある。
どれを付けたとしても元々可愛いアンブロシアーナが可愛くないわけがない。少しわくわくしてアンブロシアーナを見ると、その店で最も強そうな太くて長いS字に曲がった角を眩しそうに見つめている。
「そちらは前魔王様モデルですぅ」
「やっぱり! お父様にそっくりです!」
「もちろんでございます、型を取らせて頂いて作りましたので、瓜二つとまでは申しませんが超再現してありますよぉ。粘土も特殊なものでかなり軽いので付けやすいと思いますぅ」
確かにそっくりではあるが、まさかそれをつけるのか? と目で問う。
てっきり小ぶりなアクセサリーとして使えるものを見に来たと思っていたので、あまりにも大きく立派な角にぽかんと呆けてしまう。
何より魔王だったあの大男が角の型を取らせて商品化されている事に驚きを隠せない。魔人らは本当に強い存在が好きなのだろう。
――義父上が型を、ね
大きな体に白目が黒くてギラギラ光って見える瞳、先の尖った歯、短く切って丸く削っているが分厚く黒い爪。人間の考えたこの世の恐怖をそのまま寄せ集めたような姿をしている前魔王が大人しく型を取られている様を想像するとつい笑いが込み上げてきた。
「ジギ、これどうかな」
ついよそ見をしている間にアンブロシアーナが別の小ぶりな角を自分の耳の上の辺りに持ち上げていた。
くるんと渦を巻く羊のような角は、ふわふわとした髪とよく合っている。
「似合う。可愛い」
もう数え切れないほど言っている言葉にまだ照れて笑うアンブロシアーナに、更にもう一度言おうとしたタイミングで店員が違和感を抱くほど煌めく笑顔でこちらを見ているのに気が付く。
嫌な予感に様子をうかがうため目を反らずにいると、案の定店員がくねっと上半身を軽く横に曲げて自らの両手を擦り合わせた。
「魔王様はご存知ですかぁ? 今彼氏とお揃いでつけるのが流行っててぇ……わたしは彼氏も自前の角があるので形は違うんですけどぉ、アクセをオソロにしてるんですよぉ」
ジークフリードは急いで踵を返して何も持たずに店を出ようとするが、それよりも早くアンブロシアーナに服の裾とつままれてしまった。
何か願い事、して欲しい事などがある時の顔で見上げられてしまうと、どうしても言う事を聞いてしまう。
渋々アンブロシアーナの横に戻って適当に相槌を打って、店員だけでなくなぜか乱入してくる別の客の女たちの盛り上がる声になるべく遠くを見つめる。
着せ替え人形などのおもちゃだと思われているのか、角だけでなく髪の毛やら服までもみくちゃにされて店を出る頃には疲労感とよくわからない達成感で心が混沌としていた。
店の外の道では小さな魔人の子どもたちが鞠で遊んでいる。
少年が取り損なった鞠がコロコロと転がって足元まで来たので、ジークフリードはそれを拾った。子どもたちはその何よりも暗い髪の色と魔力のない気配に一斉に駆け寄って人間の王子の顔を見上げた。
高貴な黒い髪と疲れ果てたその顔、前魔王とそっくりな角に子どもたちが無邪気な笑顔で指をさす。
「悪魔だー!」
「逃げろ逃げろー!」
言うだけ言って鞠を奪い取りケラケラ笑いながら逃げ出す子どもたち。取り残されたジークフリード。
少し遅れて店を出て、その一部始終を見ることができなかったアンブロシアーナは呑気に角のある恋人の後ろ姿を見つめて「わあ、かっこいいな」と呟いた。