01
12歳であるアンブロシアーナよりも3つ年上のフリードリヒは、明るくよく笑う男だ。温和で仕草の一つ一つが柔らかく、相手が使用人であっても丁寧な言葉遣いで接して、誰からも好かれるような男だ。
「フリード、わたしの髪はそんなに変な色?」
アンブロシアーナがこの問を口にするのはこれが初めてではない。フリードリヒは自分の前髪から手を離し、ふわりと柔らかな笑顔でアンブロシアーナを見つめる。
「僕は君の髪、とても綺麗だと思うけど」
「でも、みんなわたしを見ると変な顔をするの。もっと普通の色にならないのかって……」
「ははは、それはきっと嫉妬だよ。アンが可愛いからみんな羨ましがっているんだ」
アンブロシアーナの脇に手を差し込んで抱き上げるフリードリヒに、今にも溢れ出そうだった涙が止まって笑い声が漏れる。
高く抱き上げられてくるくると回られると、母国にいた頃も父親に同じように遊んでもらっていたことを思い出した。
「わたしね、フリードのことが大好き」
「本当かい? あはは、アンは本当に可愛いな」
優しく床に着地させられて、ドレスがふわりと空気で膨らむ。フリードリヒはぽんぽんとアンブロシアーナの頭を撫でて、いつものように窓の外に輝く月を見つめる。
「さてさて、そろそろお子様はお休みの時間だね。就寝前の紅茶、飲むかい?」
「わたくし、もうお子様ではありませんわ。もうじき13歳になりますの」
「喋り方を変えても、アンはまだまだ可愛いお子様だよ」
フリードリヒの腹違いの姉や妹達は血筋の良さを鼻にかけて、いつも周りの者に指図してばかりで紅茶一つ満足に淹れられない。
それだというのに、同じ王族の彼は慣れた手付きでテキパキとティーセットを準備し、あっという間にアンブロシアーナの分もテーブルの上に並んだ。
正妻の子でない彼がどのように育てられたのか、アンブロシアーナは知らない。
「今日はハーブも入れてみたんだ。良い香りだってワガママ姉上たちが言っていたから……僕の可愛いお姫様のお口に合うかな?」
「いただきます」
湯気に鼻を近付けると、人間よりも鼻のきくアンブロシアーナにはすぐにそのハーブの種類がわかった。
「これは、ローズマリーね」
「へえ、アンは植物に詳しいんだね。ローズマリーか……覚えておくよ。ああ、本当だ、すごく良い香りだ」
「えへへ、わたしローズマリーの香り、好き」
アンブロシアーナはもったいぶるように、少しでもこのお茶の時間が伸びるようにちびちびと飲んでいたが、それでもやはり終わりの時間は訪れる。
人間のためにと魔人の国から持ってきた魔導石のランプは気味が悪いと言われて、全てフリードリヒとアンブロシアーナの居室に押し込められてしまった。そのせいで夜だというのにやたらと部屋の中は明るい。恐らく城の中にある部屋という部屋、それどころか人間の国中の家、そのどれよりも明るいだろう。
眠る前に休息の言葉をかけると全て一斉に消えるのがフリードリヒは楽しいようで、今日も「おやすみなさい」を言ってから感嘆の声を漏らした。
「このランプは本当に素晴らしいものなのに、本当に母上も姉上もみんなもったいないことを……」
「でも、その気持ちわかるよ。わたしもお城のみんなが美味しいって食べてる海の貝……気持ち悪くて食べれないもの」
「文化の違いだね。これからは便利なものも美味しいものも、一緒に楽しめる時代になれば良いんだけど」
夜闇は深いが、外からかすかに入ってくる月の光でアンブロシアーナは部屋の中の様子がぼんやりと見える。恐らくフリードリヒには何も見えていないのだろう。アンブロシアーナには同じ寝台にいるフリードリヒの鼻筋も閉じた瞼と長いまつ毛もよく見えた。
魔人の国では最も高貴で縁起のいい黒色の髪はサラサラとしていて、アンブロシアーナのゆらゆらと揺らめく炎のような髪とは全く違う。
――人間はこういう髪が綺麗って思うんだろうな。確かにわたしの髪はここのみんなとは全然違う……うっかり夜、光らせないよう気を付けないと。
眠くなるにつれ、するすると体から力が抜けていく中、体内の魔力は体の中心に留めたまま蓄積させるように心がける。
そういう努力をを重ねれば、いつかフリードリヒ以外の人間たちにも親しくしてもらえると信じていた。