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セーニョの先で見ている  作者: トシヲ
浮き沈み七度
49/62

03

 魔王が6歳の子供だからと昼に開かれた舞踏会は賑わっていた。以前の世界線ではありえない話だが、左右対称に綺麗に捻れた角を持つ若い魔人の騎士団長はなぜか人間の女たちによくモテた。


 魔人の国でと同じように、いちいち跪いて仰々しく花を差し出してダンスを申し込む長身の彼に貴婦人たちがキャーキャー叫んで次は私よと群がっている。



 アンブロシアーナは女性に奪い合われて楽しそうにしている騎士団長を横目に大人しく椅子に座っていた。こうしてぼんやりしているとついお昼寝をしてしまいそうになる。


 そんな退屈そうなアンブロシアーナを見兼ねたように、それまで口を閉ざして儚げな令嬢オーラを放っていたエレアノーラが真剣な顔で手を掴んできた。


「え、エレアノーラさん?」


「舞踏会なんて楽しいのは大人だけですもの。さあ抜け出しましょう」


「メス猿、いきなりアンブロシアーナ様を脅すな」


 ジークフリードがエレアノーラをメス猿と呼んだ事に、それまで愛想のいい笑顔を浮かべていたフリードリヒが目を見開きわなわなと震え始める。


「ジギ、エレンになんて事を」


「オホホホ、今日も威勢が良いですわね。そうと決まればお外で薪割り対決と致しましょう!」


「ジギ、エレンに薪割りなんて教えたのは君か」


 エレアノーラに手を引かれて椅子を降りて走り出す。するとそれに気付いた使用人たちがさっと顔を蒼くして道を塞いだ。


 それでも普段からそういうことに慣れているのだろう、体の小さな4人はすばしっこく大人の制止をすり抜けてダンスホールから飛び出した。


「猿、アンブロシアーナ様をよこせ!」


「任せたわよ!」


 一番体が小さく歩幅の短いアンブロシアーナを軽々とジークフリードが背負い、無我夢中で走っている。


 その後ろをいつかのジークフリードとそっくりの鬼のような形相をしたフリードリヒと、今にも転びそうな足取りで疲れ切った顔の使用人たちが追走している。


「しっかり掴まって」


「うんっ」


 彼の母親と同じ良い香りのするジークフリードにしがみついて、密着する恥ずかしさに目をつぶる。大好きなジークフリードの温もりに安心と期待が膨らんで、世界がチカチカと眩しかった。


 やがて使用人を撒ききった4人の子供たちがたどり着いたのは木々に隠れるようにひっそりとした小さな小屋だった。


 違う未来でアンブロシアーナがジギに会いに来ていたあの小屋だ。


「ここは私たちの秘密基地なのよ」


 あれだけ走って息切れ一つしないエレアノーラの元気すぎる声にアンブロシアーナは思わず目を輝かせる。


「秘密基地?」


 子供ならきっと誰しもが憧れ欲するものだ。この小屋がそうなった事が嬉しくないわけがない。


 今ここにはジークフリードだけでなくエレアノーラもフリードリヒもいる。この4人で遊んでいるのだと改めて実感して、嬉しさに思わず背負われていることも忘れてぎゅうとジークフリードを抱きしめる腕に力を入れた。


 そこではっとして、ジークフリードの肩をとんとん叩いて下ろして欲しいと言うと、彼は仕方なさそうにゆっくりアンブロシアーナを地面に下ろした。


「私は薪割り対決の準備をするわ! 斧を探してくるから待っていて!」


 笑顔が眩しいが物騒なお嬢様の言葉に、今日だけで何度目なのだろうかフリードリヒの表情が強ばった。


「エレン、そんな危ないもの触ったらだめだ!」


 まだここへ来たばかりだというのに再び小屋を飛び出していく忙しないエレアノーラ。その背中を追いかけるフリードリヒを見送って堪えきれずに笑っていると、アンブロシアーナの頭を後ろから優しい手のひらがポンポンと優しく触れる。


 撫でられると頬が熱くなってしまう。


 おんぶをやめた後、視界から一時的にいなくなっていたフリードリヒがすぐ後ろにいた。


「なあ、アン」


 優しく呼びかけられてアンブロシアーナは振り返る。彼と目が合うよりも早く頭に輪のようなものを乗せられたアンブロシアーナは驚いて目を見開く。まさかと思いながらも指先で触れてすぐにそれが何なのかわかった。


「ジギ……これ……」


「花冠。今度は俺からと決めていた」


 好きな人に愛を伝えるために魔人たちが貴重な花を集めて作る花冠。アンブロシアーナが2回、それを説明できないままジークフリードに渡した花冠。


 花冠を受け取ったアンブロシアーナの視界がぼやけて、頬にぬるい雫がぽたりと垂れて道筋を作る。


 これこそ本当に夢をみているようだった。


「覚えていてくれたの?」


「……俺がアンを忘れるわけがないだろ」


 衣擦れの音。自分の顔のすぐ横にある好きな人の顔。背中や後頭部をいつも自分より大きくある手が優しく、そして強くまさぐる。


 抱き締められた幸福感にアンブロシアーナも夢中で両手を彼の背中に伸ばしてしがみついた。


「ジギ! ジギ大好き!」


「アン、ありがとう。俺を知っていてくれて、俺を覚えていてくれて、俺の名前を呼んでくれて……愛してる」




 やがて16歳で死ぬ運命にあった王子が19歳になる頃、その双子の弟王子は魔人の国の女王のもとへと婿入りをした。


 高貴な黒髪の花婿は始祖エドワードの生まれ変わりと国民たちに愛され、両国は友好国としてその後も親しくあり続けた。



 いつしか神話のエドワードとセオドアは同一視され、人間、魔人、獣人らの祖と呼ばれることとなった。


 太陽の国と月の国、両国を結ぶ大きな道は整備が進み、今も多くの人々で賑わっている。



(おわり)

■あとがき

 タイトルに使ったセーニョという言葉は音楽用語です。セーニョという目印のところに戻って繰り返して演奏するというものなのですが、繰り返した後はフィーネ、またはフェルマータの所で終わらせます。

 幼い頃に、フェルマータが人の目に似ているなと思ったのでタイトルに「見ている」を付けました。

 また、本作でピアノが得意で楽譜が読めるキャラは……

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