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アンブロシアーナはなぜか第5王子のローレンツと婚約したいと言った。魔人側が具体的に相手を決めて婚約を申し込んで来たのはこれが初めてだ。
アンブロシアーナは誰かの婚約者としてではなく、王子を選ぶために国賓として招かれた。だというのに相変わらず知能の無い姉たちはアンブロシアーナに寄って集って愚かな行動に走る。
廃位になった王妃の息子のフリードリヒ。今の王妃らの目を気にしながら生きているあいつは、この世界線でもどうせ見て見ぬふりをするのだろう。
毎朝事前に奴と打ち合わせて同じ服を着るようにしている俺は、いつでも飛び出せる準備をしていた。
この日はいつになく姉の一人が楽しげに笑うので、良からぬことを企てていることも明白だった。
アンブロシアーナの髪を切るだのなんだのと言い、刃物を取り出した姉に俺は殺意を抱かずにはいられない。咄嗟にその殺意を抑え込もうと息を整えてから駆け出すと、アンブロシアーナは脅かすためか手に小さな炎を持っていた。
ようやく身を守るための抵抗を覚えたアンブロシアーナに俺は感激もしていた。いつもいつもされるがまま泣いて帰ってくるアンブロシアーナが自分で自分の身を守る事ができるようになってくれたなら、俺がいなくなった後も余計な傷を負わずに生きていけるだろう。
しかし慣れない事をしたからか詰めが甘い。アンブロシアーナは魔人のくせにバランスを崩してしまう。
そのまま足を止めずに駆けて転びそうになるアンブロシアーナの手を握ると、想像していたよりもその炎は強く俺の手を焼いた。普通の炎とも違う、燃料を必要としない不思議な炎は人間にとって毒となるのかもしれない。
俺はアンブロシアーナを助けたつもりでいたが、それが過ちだと気付いたのはすぐ後だった。
彼女が懲罰房から出た後、俺は騎士見習いの鎧を纏ってアンブロシアーナの監視役を本来その役に付くはずの兵から代わらせた。
部屋に閉じこもっているアンブロシアーナを外に連れ出すまでは良かったが、俺が手に傷を負った事を知ってからなぜか機嫌の悪いフリードリヒと偶然出くわした。
俺は散々毎日毎日奴にアンブロシアーナのせいではないと言い続けているというのに、奴は俺の手のためにと軟膏やら何やら用意して朝も傷を見つめて眉をひそめていた。
毎日これほど悔いているアンブロシアーナから話しかけられたというのに、フリードリヒはそれを無視して逃げていく。
どうしてフリードリヒが俺の思い通りに動いてくれないのかわからない。俺が奴の半分にも満たない存在だから、考えも何も理解できないのかもしれない。
理解できるわけがない。俺はどれほど機嫌が悪かったとしてもアンブロシアーナを無視したり遠ざけたりなどできるわけがない。
俺は鎧の中からフリードリヒの背中を睨み付けていた。俺の半分以上のものを持ち、アンブロシアーナの心さえ奪ってしまった奴が憎くて羨ましくてどうにかなってしまいそうだった。
騎士見習い用の鎧をようやく脱ぎ捨てて、手の包帯の上から革のグローブをはめる。フリードリヒと全く同じ服の上から大きめの服を着込んで、顔をさらさぬようにフードを目深に被った。
フードを透かした先はぼんやりとしか見えないが、城内の地図はもちろん配置物の距離なども長く繰り返して生きていれば見なくてもわかる。
別の服の上から着れるように大きめに、そして顔も隠せるように仕立てさせた上着はそこそこ気に入っている。使い古されたランタンを手に、ポケットにはナイフや鍵開けに使える細い鉄の棒を突っ込んで外に出た。
アンブロシアーナが窓から飛び降りても地面に無傷で着地ができる事を俺は知っていたが忘れていた。魔人なのだからそれくらいできても何ら不思議ではないと思っていたのですっかり忘れていたのだ。
アンブロシアーナは見張り番がドアの前の廊下を数人体制で監視している部屋で眠っていたはずなのに、窓から脱走したのだろう、俺の寝泊まりする小屋の近くの花壇を見ながら歩いていた。
しゃがみ込んだ背中は小さくて、まだ彼女が子供であることを痛感する。
本来の世界ならばまだアンブロシアーナは優しい両親や使用人、民に愛されて毎日笑っていたはずだ。
俺があの時、共に生きてみたいと願ったばかりに幾度となく酷い目に合わせてしまった。
俺さえいなければ、アンブロシアーナは
俺のせいだとわかっていながら、俺には何もできないとわかっていながら俺は一歩一歩前へ進んでしまう。
俺は寂しそうな、壊れてしまいそうなアンブロシアーナを見てみぬふりなどできない。
振り返ったアンブロシアーナは、月よりも太陽よりも眩しく愛おしい。俺の計画はいつも上手くいかない。




