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人間の国から婿入りした王子は人間の国の礼儀作法を自然とこなしてしまうため、魔族の文化に疎いところがあった。
例えば、婚約から数日後に開催された魔人の国のダンスパーティーは、人間にしてみれば酒場で行われるお祭り騒ぎと言う方が近く、身分や種族、性別に限らず踊りたい時に踊りたい相手と好きなだけ踊るものだ。
使用人たちまで腕を組んで歌い出し、言葉のわからないペットの魔獣まで吠えて飛び跳ねるものだから、さぞ驚いたのだろう。フリードリヒは呆気に取られて、殆ど立ち尽くしていた。
高貴な魔人がダンスを申し込む時、最も良いとされるのは、一礼して花を差し出すことだ。それを受け取ることで了承という意味になる。
魔人の姫であるアンブロシアーナは当然花をたくさん貰い、編み込んだ髪にそれを差し込んで髪飾りにしていた。
ダンスホールにフリードリヒが入った時、彼は魔王の后に何の説明もされず、一方的に押し付けられる形で一輪の花を持たされた。ようやくそれの意味を理解できた彼がアンブロシアーナのもとへたどり着いのは、舞踏会の終盤頃だった。
息を呑む者、目を輝かす者、姫君を横取りされたことを恨み睨みつける者、人間ごときがと嘲笑する者……たくさんの視線の中でも、王家の者として堂々としているフリードリヒから、アンブロシアーナは目を逸らせない。
恋人や配偶者には一輪の花でなく、花冠を渡すことが流行っている王宮内で、たった一輪しか花を持っていないフリードリヒを残念に思う者もいた。それでもアンブロシアーナは、たった一輪でもフリードリヒから差し出されることが嬉しくて堪らなかった。
「こちらの文化に疎く、出遅れてしまった。婿だというのに申し訳ない」
「いいえ、本当は先にお教えすべきだったのに……使用人に不手際があったならごめんなさい」
「……でも、そのお陰で僕は、今日一番可愛らしい君に、こうしてダンスのお誘いができるわけだ。どの花も君に似合っていて素敵だよ」
「わ、わたしは、この花が……あなたのくれたこのバラが、一番好き」
フリードリヒに差し出されたバラを、アンブロシアーナは左肩から垂らした長い三つ編みではなく、耳の上あたりの一番目立つところに差し込んだ。
あまりにもフリードリヒが優しく甘い言葉を発するので、つい先程まで嘲るような視線を向けていた貴婦人たちまでもが、うっとりとしたような溜息を溢す。
気高き黒髪に、細められた優しい双眸。人間の国の王子として育ち得た優雅な所作、仕草、声音……全てが注目を集めてしまう。
最後の曲は、人間の国の舞踏会でもよく流れるしっとりとしたワルツだった。
演奏家たちがわざと意地悪で人間の王子が聞いたことが無いだろう曲ばかり選んでいたのだが、アンブロシアーナを含めその場の多くの者を魅了してしまったフリードリヒのために、急遽変更したのだ。
もちろん国外に出たことのない世間知らずのアンブロシアーナは、どの曲が人間の国で知られている音楽なのかなど知りもしない。
少し安堵しているような顔のフリードリヒに先導されて踊るうちに、アンブロシアーナは自分の頬が熱く真っ赤に染まったままである事を思い出した。
――恥ずかしい……恥ずかしいけど、とっても幸せ。
「わたし、フリードのことが大好きみたい」
「嬉しいよ、アン。僕も君のことを愛している……僕たち、まだ会ったばかりなのに……きっと君は僕の運命の人だ」
欲しい言葉、夢や理想全てが筒抜けのようだ。アンブロシアーナがふにゃふにゃの笑顔で見上げると、フリードリヒもにこりと微笑んだ。