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セーニョの先で見ている  作者: トシヲ
片手の指だけでは掴みきれない
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10

 食事か睡眠どちらかをとっていれば、例え病気にはなったとしても死ぬことは無い魔人のアンブロシアーナは、朝の訪れとともに目を覚まして寝台を降りた。


 さっと身支度を終わらせて、花瓶から花を数本抜いて、窓から飛び降りる。明るい時間なのだから普通にドアから出れば良かったと気付いたのは、着地をしてからだ。



 アンモビウムの花。フリードリヒが好きな花なのだろうか、多くの世界線で目にしているように感じる。


 アンモビウムの花言葉に「永遠の悲しみ」があることから、魔人の国では単体でのプレゼントにはあまり適さない。ただその繊細なガラス細工のような花びらが美しく、また摘んでから長く綺麗な姿を保つので、他の花に添える形で飾られる事は多々あった。



 ――永遠の悲しみ。まるで何度やり直しても悲しい結末を迎えてしまうと言われているみたい。


 決してアンモビウムを嫌いとは思わない。懐かしく、愛おしいという気持ちが心にいつもあるが、この状況でアンモビウムの花は少し不吉にさえ思えてならない。



 茂みを越え、なんとかたどり着いた庭。古い像や雨水が溜まっている噴水、劣化した柱のような装飾が放置されて、まるでそこだけ忘れ去られた過去の世界のようだ。


 花も雑草も乱れ、手付かずで汚れてしまっている花壇、あらゆるところに伸び放題の蔦。それらを眺めながら進んだ場所に、名の無い墓石があるはずだった。


 あるはずだったが、それはどこにもない。


 緑色の芝と古ぼけたガラクタ、その向こうは城壁しかなかった。


 一つ前……4番目の世界線で墓へ訪れたのは14歳の頃だった。あの時から2年前となる今現在、すでにフリードリヒの母親は亡くなっており、墓が無いはずがない。


 王族として用意された、もっと相応しい墓からわざわざここへ移転させたとでも言うのだろうか? しかしいくら魔人と人間の文化や考え方が違っていても、わざわざこれほど手入れの行き届いていない場所に墓を移動させる必要はあるのだろうか。


 ――わざわざ移動させて、墓石に名前も刻まないなんてことあるのかな。


 アンブロシアーナは本当にその墓がフリードリヒの母親……前王妃のものなのかさえ怪しくすら感じた。思い返してみれば、フリードリヒはいつもアンブロシアーナに何かを隠して生きていた。


 ――わたし、本当にあの人のこと何も知らないな。


 知っているのは顔、裏表のある性格、紅茶を淹れられること、ピアノが得意なこと、少し寒がりなこと、エレアノーラからの手紙を大切にしまっていたこと。


 ――いつかちゃんと知れたらいいな。


 アンブロシアーナは花を手に持ったまま踵を返し、来た道を戻っていく。


 日が昇り暖かくなるにつれて、どこからか蝶や蜂、虻たちが活動しだして花と花を行ったり来たりしている。


 忘れ去られた庭園は寂しいようで、優しい風が吹く落ち着く場所だった。


※アンモビウム(和名ではカイザイク)の白い部分は実は花びらではなく総苞で、花は中央の黄色い部分のようです。作中では花の形状をイメージしやすいように、また登場する国や人物などに合わせて花びらと表現しています。

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