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セーニョの先で見ている  作者: トシヲ
片手の指だけでは掴みきれない
21/62

03

 これまでの世界線よりも力を持ち、なるべく堂々と強く生きているつもりのアンブロシアーナに、王女たちは未だしつこく文句を付けたりなどしていた。


 ローレンツの取り巻きをしている貴族令嬢たちも引き連れて、アンブロシアーナを囲むようにして歩くその様は小さな獲物を襲う野鳥の群れのようだ。


「ローレンツ様があなたみたいな魔人を選ぶわけがないでしょう!」


「そうよそうよ」


「魔人なんかと国交を結ばなくても私達は困らないのよ」


 反応しては相手の思う壺だと無視して歩き続ける。はしたなく、王女の一人がアンブロシアーナのドレスの裾を蹴飛ばしたとしても、視線をただまっすぐ前へ向けて歩き続けるしかなかった。


「いい加減何かおっしゃったらどうかしら? 無視の方が無礼だとご自分で言ったのよ」


 母親から譲り受けたお気に入りのドレスなど、着なければ良かったと初めて後悔する。アンブロシアーナの足を止めようと王女がドレスの裾を踏んづけると、それまでなんとか抑えていた怒りが湧いて唇を噛んだ。


「まあ、怒ったのかしら。怖い顔」


「皆さん見て、獣のような目をしているわよ」


「ほうら、見やすくしてさし上げる」


 その場にいる王女たちの中で最も年長者にあたる少女の手がアンブロシアーナの髪を鷲掴みにして無理矢理取り巻きの令嬢たちの方へ顔を向かせた。


 普段は目立たないが、瞳も人間とは違うのだ。感情が高ぶった時、下手をしたら光ってるように見えるかもしれない。


「放してくださいっ!」


 魔力はあっても肉体がまだ12歳のアンブロシアーナは、魔人よりも少し成長の早い人間の少女にすら抵抗が難しい。魔力さえ使えば簡単に逃げることもできるが、そんなことをしては大怪我をさせてしまうかもしれなかった。


「こんな気味の悪い髪、切ってしまいましょう」


 最初からそのつもりだったとでも言うように、王女が事前に準備していたのだろう小さなナイフを取り出した。


 ――少し脅かすだけ、ほんの少しだけ、炎を見せるだけ


 アンブロシアーナはいつの間にか爪が伸びてしまっている手に少しつずつ力を流していき、あまり大きくならないよう慎重に炎を灯す。


「お姉様、大変、早くそれを放して!」


 アンブロシアーナと年の変わらない少女の叫ぶような声が、耳に刺さるように鋭く聞こえた。そのほんの一瞬のうちに、アンブロシアーナの髪を掴んでいた手が、まるで突き飛ばすように顔を放る。


 そのままバランスを保つことができずに転ぶ際、なんとか手の炎で床に焼き跡をつけぬようにと消したものの、それよりも早くにアンブロシアーナの手を誰かが握ってしまった。


 魔力を抑えることに夢中で、受け身も取れずに転ぶはずだったアンブロシアーナに、いつまでも痛みは襲ってこない。耳に届いたのは自分の体が床に打たれる音ではなく、誰かの小さい呻くような声、そして息を飲むような音だ。


「っ……姉上方、いい加減になさってください……良いですか、国交を結ばぬということはアンブロシアーナ様がお帰りになるということだけではありません。戦争に繋がるかもしれないという事なのですよ」


 アンブロシアーナが転ばぬようにとしっかりと支えている青年が15歳のフリードリヒだと気付いたのは、怒りの感情を隠しきれていないその声を聞いたときだった。


「せ、戦争になったところで勝てば良いのよ」


「戦争になればたくさんの人が死にます。姉上のせいで、兵が何人も死ぬのです」


 アンブロシアーナの耳にフリードリヒの言葉は入ってこない。そんなことよりもひどい火傷を負った彼の手のひらのことで頭がいっぱいになってしまっていた。



 ――時間を、戻して……



 魔導書は答えない。治癒魔法の能力も持たないアンブロシアーナにはなすすべがない。


 フリードリヒの手からは無情にも甘い香りが漂ってきて、それが4番目の世界線での最後の光景を頭に蘇らせていく。



 蜘蛛の子を散らしたようにそれぞれの方向へ逃げていく少女たち。


 フリードリヒは腕の中のアンブロシアーナを見つめる。彼は眉間に皺を刻んでいるものの、口元には笑みを浮かべていた。痛みを堪えているのだろう、少しだけ弱々しい笑みだった。


「ご無礼をお許しください、アンブロシアーナ様」


「ふ、フリード、リヒ殿下、手が……」


「……大したことはありません」


「早く、早く冷やさないとっ!」


 いくら脅かすためだけの小さく弱い炎でも、か弱い人間の肌には、熱くてたまらなかっただろう。もしかしたら一生火傷の痕が残るかもしれない。


 次々に涙が溢れて止まらないアンブロシアーナの頭をフリードリヒの左手が優しく撫でる。


 フリードリヒがアンブロシアーナを安心させようとする時の仕草だ。婚約者ですらない、危害を加えた自分に何故フリードリヒが優しくしてくれるのかわからない。


「もっと早く助けられていたら、こうやって泣かせてしまうこともなかった」


 アンブロシアーナはフリードリヒのことがわからない。何が本当で何が嘘なのかもわからない。だからこれも彼が自分ではなく国のためと思ってやっていることなのだと思う他ない。


 その身を呈した彼を、理想の王子と言わずに何と言うのだろう。


 何度も、何度もアンブロシアーナはその姿を見てきた。だから彼の本性など、もうどうでもいい。



 ――どうか、これからは自己犠牲をやめて自分のために生きて欲しい。フリードリヒが幸せになれる未来をわたしも生きたい。

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