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セーニョの先で見ている  作者: トシヲ
片手の指だけでは掴みきれない
20/62

02

 婚約は一時保留となり、アンブロシアーナは早くに人間の国の王宮へ入った。


 相変わらずあの手この手で嫌がらせを繰り返す王女や貴族令嬢に悲しみや寂しさを抱きながらも、ようやく自分一人だけで使える部屋を与えられ、胸を撫で下ろす。


 5番目にあたる今回の世界では、ローレンツの追っかけをしている貴族令嬢たちが多く敵に回ることになった。


 記憶を保持して、確かに大人になっているはずだというのに、アンブロシアーナはどこか自分が年相応に幼いような気がしていた。


 義姉らは肉体的には年上でも、生きている時間では自分の方が長い。だというのに、些細なことに悲しみや苦痛を覚えてしまう。そんな己を何とか抑えて込んでいるような状態だった。



 ここでのフリードリヒとは数回顔を見た程度しか関わりが無いが、元々彼の方が魔人に対してあまり抵抗感が無いためか、ただの好奇心からか、度々アンブロシアーナの様子を伺っているようだった。

 アンブロシアーナは今日も渋々と茶会に参加をしているが、誰も座ろうとしない隣の席に腰を掛けたのも彼、フリードリヒだった。


 ちらりとその端正な顔を見ると、15歳のフリードリヒはいつもよりも優しい目をしている。1番目の世界……初対面で抱いた第一印象とは少し違う印象だ。


 ほんの些細な偶然からあらゆる事が変わり、一度として同じ歴史を刻んでいない全ての世界。フリードリヒが愛しいエレアノーラとまだ恋愛関係にあるから、表情も自然と柔らかいのだろう。


 ほっと安堵して他の令嬢たちを見ると、そこにエレアノーラらしき少女はいない。そしてローレンツの姿もなかった。


 ――強引でわがままだと思われても良い。フリードとエレアノーラさんを幸せにするために、わたしがちゃんとしないと!


「今日もローレンツ殿下はいらっしゃらないのですね。魔の国の王女であるこのわたしのお願いを、あの方は、また無視するのですね」


 はっきりと、強めに意識して放った言葉に一部の王女や令嬢は嘲笑し、フリードリヒやその他の者が凍りついた。それからやや焦った様子で無理矢理笑顔を浮かべている。


「アンブロシアーナ様、今日は僕、第6王子のフリードリヒが、ぜひあなた様のお話をお伺いしたく」


「あなたに話すことは何もありません。わたしはローレンツ殿下と婚約をするためにここへ来たのです」


「まあ、フリードリヒ殿下に、よくそのような無礼なことを! やはり魔人の国のお方は粗暴でいらっしゃるのね」


「無礼なのはわたしを無視なさる方々です。次、ローレンツ殿下がわたしを無視しましたら、一度我が国へ来て頂きますとお申し付けください。それでは、わたしの用はもう済みましたので、部屋へと戻らせて頂きます」


 ――いじわるしてごめんなさい、フリード。でもわたし、絶対にあなた以外と結婚するから。だから、わたしなんて嫌いになってね。


 早足にその場を立ち去って、ドキドキと騒ぐ胸を抑えて柱の影に隠れてしゃがみ込む。


 誰かに強くものを言って聞かせるような真似はあまり経験が無く、酷く緊張した。

 わざとわがままを言って困らせようとするのにも、かなりの疲労感を感じる。


 ――脅してでも絶対にローレンツと結婚しなきゃ。今度こそ、絶対にフリードは幸せになるのだから!


 ぐっと拳を握って立ち上がる。他に行くあても無いので部屋に戻ろうとした時、視界の隅から、先ほど茶会に置き去りにしてきたフリードが現れた。


 柱の影にいたアンブロシアーナに気付いてまっすぐ歩いてくる彼の顔は、ほんの少しだが不機嫌そうにも見える。


 今回はこんなに早く本性を出してくるのだろうかと、少しわくわくするような気持ちで逃げずに待った。逃げるのも不自然だと思ったのだ。


「アンブロシアーナ様、先程は兄が大変ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」


「……あなたが謝ることではないです」


「いいえ、国交に関わる問題ですから、僕にも関係があります。しかし、失礼ながらアンブロシアーナ様、なぜローレンツなのです? これまで接点などありましたでしょうか?」


「それは……祖国にいた時に第5王子が大変弓がお上手と聞いたので。魔人はお強い方に惹かれるのです」


 嘘だが、でまかせではない。以前の世界でもローレンツは弓が上手く国内で開かれる大会で騎士たちに混ざってかなりの成績をとっていた。

 もちろん興味など持っていないのだが。


「弓、ですか」


「もういいでしょう。わたし、お部屋に帰りたいんです」


「お送りします」


「結構です! そういうのはローレンツ殿下にして頂きたいのです!」


 これ以上話をしていると、自分が妙に人間の国に詳しいことがばれてしまう。間者の容疑を持たれては困る。


 5番目の世界に入ってからは、あまりフリードリヒに対して以前ほど特別な感情など抱いていなかった。だがこうして面と向かって会話をしただけで、こうも胸が疼くものかと自分自身に驚いてしまう。


 初めは毒殺されそうになったり大声をあげられたりと嫌な目に合わされてばかりで、仕返しでもしてやろうと思っていたというのに、今では自分のことなど後回しにしてでも幸せにしてやりたいと思う。



 ――何回好きになっちゃうのかな。これからもずっと好きなままなのかな。フリードとエレアノーラさんが結ばれた後、わたしはどうなるのかな。


 全速力で走ってフリードリヒを撒き、部屋に戻ると頭の中に懐かしいピアノの音が蘇る。今の部屋も十分すぎるほど美しい装飾の施された家具が並び、快適さで言えば全く申し分ない。


 しかし足りないものが一つだけあることに気が付くと切なさにじわりと涙が浮かんでしまう。



 ――もう、フリードのピアノを側で聴くこともないかもしれないんだ。

 

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