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セーニョの先で見ている  作者: トシヲ
それは四百四病の他というもの
12/62

04

 ――流されちゃった……


 フリードリヒの事を最後まで拒絶してやると決めていたにも関わらず、頬にも額にもキスをされてしまったことに羞恥が何度も蘇る。

 さすがに14歳のアンブロシアーナを彼が抱く事は無かったが、前の世界線と同様に一つの居室、同じ寝台を二人で使うことになってしまった。


 前の世界線では、城の者たちは気味の悪い魔人に部屋どころか家具、専属の使用人さえ与えることを惜しんだ。そんなアンブロシアーナを哀れんで、フリードリヒが渋々自室に招き入れたようなものだったが、今回は仲睦まじい二人を引き離せまいと、恋多き王が使用人らに同室にするようにと直々に命じたのだ。


「アンもお茶を飲むだろう?」

「いりません」

「ほら、庭師からローズマリーを貰ったんだ」

「い、いりませんっ!」

「もう入れてしまったからお飲み」

「うぅ……」


 仕方なく椅子に腰を掛け、テーブルを挟んだ向こう側のフリードリヒに差し出された紅茶を飲む。フリードリヒは口調こそ丁寧だが、やや強引さを滲ませる。それが本性だと知っているアンブロシアーナは、今度こそは流されまいと決めているのに、人間の国の紅茶は実に芳醇で、更に質の良いハーブなどのフレーバーまでもが鼻をくすぐり誘惑してくる。


「ごちそうさまです」

「焼き菓子もあるけど」

「ううぅ……」


 食べ物を粗末に扱うのは良くないことだと幼い頃から父に教えられ、実際にその食べ物を用意する人々の様子を見た事のあるアンブロシアーナに、食べずに無駄にすることなどできるはずもない。

 可愛らしい花の形をした小さな焼き菓子を口に入れると、香ばしいナッツの香りがほわほわと広がってアンブロシアーナの頬を緩ませてしまう。

 そんなアンブロシアーナの顔を見て、一体何が面白いのか、フリードリヒは楽しげな笑顔で自分で淹れた紅茶を飲んでいた。



*****



 アンブロシアーナはこの世界線でもフリードリヒの継母である王妃とその息子、娘に悩まされていた。

 王子たちは直接アンブロシアーナに何か危害を加えるというほどのことはしないが、会うと必ず馬鹿にしたように笑ったり、逆に彼女が見えていないかのように無視をしたりなど、態度に魔人への嫌悪が曝け出されていた。


 娘たちは相変わらずアンブロシアーナをサロンへ来いと言っては場所や時間について誤ったことを伝える

。そして待ちぼうけ、一人ぼっちで座っている姿を嘲笑ったり、遅れてきた事を強く非難したりした。


 世界線ごとに少しずつ違いが出ているので様子を見るつもりだったが、これまでと何ら変わらぬ彼女らの態度にアンブロシアーナはなるべく関わらないようにと決めた。


 しかしその判断があまり正しいものでなかったとアンブロシアーナが知る事になったのは、季節の変わり目などに定期的に行われる行事の最中さなかだった。


「魔人の姫はなんともいい加減で、サロンやオペラに時間通りに来ないどころか、最近では顔すら出さぬと聞きました」


 その理由を知っていながら他の王族や貴族、使用人たちのいる中で王の前に立たせ、アンブロシアーナを王妃は叱責した。

 アンブロシアーナは王妃に頭を下げる。面倒なことになるため口答えなどはしない。


「……申し訳ございません」

「陛下、わたくしは愛おしい娘たちが彼女に嫌われているのではと心を病んでいる様子が、堪らなく悲しいのです。相応の仕置が必要かと」

「……アンブロシアーナ姫よ、それは真か」

「はい、陛下……全て真にございます」

「理由はあるのかね」

「それは……」


 正直に言ったところで、人間たちが信じるのは泣き真似をしだした義姉たちだろう。下手に敵意を集めるような真似は避けたかった。何か上手く返し、丸く収められないかと、適当に体調が悪いとでも言うかと顔を上げた瞬間、並んでいる王子たちの中から一人一歩前へ出た。


 わざわざ振り向いて確かめずとも、靴の音の位置からフリードリヒだとわかったアンブロシアーナは、思わず目を見開いて硬直する。

 どの世界線でも彼はこういう時、なだめるような声を上げても自分から発言したりはしなかった。


「陛下、よろしいですか」

「フリッツか。話しなさい」

「はい。恐れながら、姉上たちがどうかはよくわかりませんが、姉上のご友人たちが見慣れぬ魔人を前にやや怯えていらっしゃるのはご存知ですか。アンは見たとおり小柄で人畜無害な可愛らしい女の子ですが、この美しい髪が人によっては炎に見えてしまうのだとか」

「……それはそうでしょうね。大きな炎が歩いてくるように見えて恐ろしくて堪らないというのは、わたくしも同感ですわ」

「ええ、ですから、僕がいい含めたのです。姉上のためを思うのならば、姉上のご友人らの集まる場所には極力行かぬようにと。成人前に一人で故郷を離れて寂しい思いをしている彼女に、僕が行くなと言ったのです。それで母上や姉上を傷付けたと言うならば、全て僕の責任です。罰ならば、僕が今夜牢で頭を冷やします」


 フリードリヒにそんな事を言われたことなど、この世界線どころか朧気な記憶のすみからすみまで探ってもない。

 アンブロシアーナは彼が魔人を庇って罰を受けると言う意味がわからない。そんなことをしたところで、一体彼に何の得があるというのだ。


「お待ちください、フリードリヒ殿下は何も悪くなどありません。全てわたくしが悪いのです……牢ならばわたくしが入ります」

「互いを庇い合い、何とも仲睦まじいな。王妃よ、フリッツも姫もこう申している。お前はどうしたいのだ」

「わたくしはただ……そうですわ。アンブロシアーナの髪が全ての原因なのですから、その髪を染料で染めてはどうかしら? 色さえ染めてしまえばサロンにも来やすくなるでしょう」

「それはなりません。そんなもののために彼女の美しい髪を染める必要はありません」

「フリッツ! このわたくしに口答えをするおつもり?」

「陛下、魔人特有の髪を染めれば、それは魔人を拒絶したものと同じではないですか。この婚姻が和平のためなのであれば尚の事、染めるべきではないと僕は思います」

「……うむ。今回はフリッツの意見に私も賛同する。姫や、今後サロンやオペラなど出席の義務のないものには行かんで良い。お前はフリッツの妻としての義務だけ果たすように」

「仰せのままに」


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