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いい人卒業試験  作者: 山田匡徳
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「厳しい試験?」

 塚原は動揺した。メンタルが壊れてしまうような?

「ははは、ちょっと驚かせてしまったかな。性格が図太い奴にはなんてことはない。だが、君にはきついかもな。まあ内容は追々言ってくよ」

 鈴木は今は何も言ってくれないようだ。不安は拭いきれないものの塚原は試験を受けると心に決めた。

「鈴木さん。僕、試験受けます」

「よし。さっそく契約書にサインしてもらおうか」

 鈴木はバッグから契約書を取り出した。

 契約書にはびっしりと文字が打ちこまれており、見るのも億劫だ。契約書は三枚に束ねられており短時間では見られないものだった。

 きっと大したことは書かれていないだろう。塚原は一枚目だけをさっと見ると二枚目と三枚目には見るふりだけをしてペンを手に取った。

「ほお、もう書いてしまうのか」

 塚の字を書き終わり、原の字の書き途中に鈴木に止められた。

「その契約書の三ページ目の十五行目から十八行目、ちゃんと見たか?」

 塚原は言われた箇所を見た。理解が追いつくとぎょっとした。


「貴方が試験を四か月以内に合格できなかった場合、追加料金を頂きます。追加額については試験主催者の任意によります」


 なんだこれは。鈴木は何を考えているのだろう。

「鈴木さん、なんですかこれは。どういうつもりなんです?」

「君は今、無意識にこう思わなかったか?『契約書を読むのは面倒くさい。このくらいの契約で大したことも書かれていないだろうし、さっさと名前を書いてしまおう』と」

 鈴木に心を読まれていた。見事に心理戦に負けてしまった。

 塚原は知らずにサインをしていたかと思うと後悔し、何も言えなかった。

「安心しろ。本当の契約書はこっちだ」

 鈴木は三枚の契約書を破り、一枚の契約書をバッグから取り出した。

 今度こそはと思い、紙を注視した。そこには先ほどの条項はなく、「個人情報を守る」、「試験費に一万円かかる」といったよくある契約条項が少し連ねられているだけだった。

 塚原は安堵の息を漏らし、サインをした。

「契約書にわざとびっしり書いて不利情報を隠すっていうやり方はたまにあるんだよ。契約を促して契約書を読む時間をなくしたり、いちいち読むのが面倒っていう心理を利用したりと変な契約を結ばせてこようとする」

 きっとヤミ金融を借りる人もこんな心理を利用されているのだろう。

「塚原くん、君は無意識に俺が変な契約を結ばせたりはしないと思わなかったか?」

 鈴木はこちらの心理を知っているようだった。塚原はうなずいた。

「常に警戒心を持ちな。契約相手が必ずしも善人だとは思うな」

「はい」

 自分の甘さを悔やむ気持ちと鈴木への感心が混ざった複雑な感情で答えた。

「それでは今日は失礼する。何かあったら電話してくれ。次に俺から電話するのは第一回目の試験の通知のときだ」

 鈴木は公園から姿が見えなくなった。

 鈴木は最初から自分を試してきた。今までに会ったことのない慎重な人間だ。もしかして彼は自分よりも気の弱い人なのか。――いや、それは違う。気が弱いのと慎重なのは違う。

 あの性格に至るまで、試験を始めるまでに何があったのか。


 塚原は相変わらず宮山に仕事を頼まれた。怠けているツケが本人ではなく、塚原に回ってくる。

「いやあ、すまないね。今日も育児で」

 いつか宮山の足元をすくってやる。そのときまで我慢だ。

「ああ、いいよ。お疲れ」

 鈴木は宮山を追いつめる秘策でも教えてくれるのだろうか。


 後輩二人が退職した後、独り夜景を見ながら塚原は物思いをしていた。

 外では数多の灯りが夜を照らしていた。人間はいつから夜行性になったのだろうか。さっさと床に就いてくれれば怯えた犬も人間に捕まらないのに。

 向こうのビルの灯りは同じく残業組か。彼らは今、何を思っているのだろうか。家族がいる者はとっくに夕飯でも囲っているのだろうか。

 こんな時間に何をやっているんだ。自分でもない、親しい友人のためでもなくいらない仕事をしている自分がわからなくなってきた。

「絶対試験に合格してやる――」

 夜空に誓った。




 



 


 

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