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いい人卒業試験  作者: 山田匡徳
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 「いい人」――。自分はそれにピッタリのはずだ。

「まず一つ目。君は自分のことを『いい人』だと思うか?」

「はい。こんなに都合のいい人間は他にいないんじゃないかって思います。周りから見れば」

「はい。では二つ目。『いい人』を脱した先にはどのような自分を描いているか。要は自分の理想像だ」

 理想像……つまり今の自分の不満と反対の状況ができればいいのか。

「えと……自分がなりたい像がいくつかあって。一つは頼みを断れる人間。もう一つは嫌なことを嫌とはっきり言える人間です。それから……いや、何でもないです」

 もう一つ言おうとしたところで止めた。今言おうとしたことは果たしてこの場で言うにふさわしいのかわからなかった。

「ん?言わなくていいのか?」

「今のは忘れてください」

 鈴木はまたも間を置いた。この間に何を考えているのだろう。

「わかった。実は、質問はこれで終わりではない。後日直接会ったときに詳しい今の状況を話してもらう。今日はこれで終わりだ」

「試験は受けていいのでしょうか?」

 いろいろ聞きたいことはあったが、一番の疑問が口から出た。

「まだ確定したわけじゃない。直接会って質問した後に決めるよ。契約書も一緒にな。日時はそうだな……俺は木、金、日が忙しいので土曜がいいが、そちらの都合は?」

「はい。土曜日のいつでもいいですよ」

「わかった。では、午後一時にどこにしようかな。君はどこに住んでいる?」

「埼玉の大宮です」

「大宮か。それなら浦和公園でどうか?」

 公園――。あまり人と真剣な話をするイメージはないが。

「わかりました。一時に浦和公園ですね」

 塚原は電話を切ると鈴木から受け取った紙を見直した。

「いい人卒業……か」

 別に宮山の陰口や谷澤の虚偽だけが決心させたわけじゃない。

 利用されているという自覚は昔からあった。それに加えて妙に気を遣ってしまう自分も嫌だった。赤の他人でも断られているのを見るとかわいそうになってくる。

 いざ電話をかけてみたものの内心は大した期待をしていなかった。大事な一万円も鈴木からすれば何人もいる客の中の一人の一万円に過ぎない。せいぜいメンタルトレーニングを教えられて少しでも気が楽になればいい方だ。それがきっと一万円の対価だ。

 それがわかっていても彼に電話をかけたのは宝くじで百万円を期待するようなものだ。人生が大きく変化するのは全くあり得ないわけではない。だからこそ一片の希望を彼に託したい。それでダメなら……もうこの性格は天性のものだと諦めよう。


「ここで合ってるよな?」

 約束の時間の十分前、塚原は公園の入り口に到着した。

 子どもの声が聞こえ、家族連れや二人組が散在し、中には一人で立っている者もいる。

 白の無地の服に紺のジーンズ。鈴木に伝えられた特徴を頼りにひげ面の男を探していく。

 ――いた。鼻下と顎にひげが生え、毛はやや盛り上がり、目から生気を感じる。間違いない、飲み屋街で会った男が座っている。

「あの、鈴木さんですか?」

「おお、塚原くんだね。鈴木志郎だ。よろしく」

 鈴木が立ち上がった。

「塚原秀平です。よろしくお願いします」

 二人はベンチに座った。

「本日はよく来てくれたね」

 鈴木は目を見つめてきた。

「いえ、こちらこそお時間ありがとうございます。すみません、本題に入る前になぜここの公園をお話の場所にしたんですか?こういうのって喫茶とかに行くものじゃないですか?」

 塚原は素直な疑問をぶつけた。

「何でだと思う?」

 鈴木のにらむような表情に身体が固まった。飲み屋街で会ったときよりも圧力がじわじわと伝わってきた。

「そうですねえ……よくわかりません」

 鈴木はうなずいた。

「君、俺を見てどう思う?」

 塚原は改めてじっと鈴木の顔を見た。

「うーん。少し恐そうだけど悪い人には見えません」

 他の言葉は思いつかなかった。

「そう言ってくれるのはうれしいけど……君は育てがいがありそうだな。ここに連れてきたのはお互いに不利がないようにするためだ」

「不利?」

 喫茶ではダメなこととは。

「例えば俺の住宅に入れたら密閉空間を利用して契約を断りにくくしたり、俺が指定した店には俺の仲間がいるかもしれない。そして、もし君が指定した店に行ったら君の仲間がいるかもしれない」

 鈴木の言うことはあり得なくはないが、いくら何でも大げさだ。

「ちょっと考えすぎじゃないですか?」

「ガードが固すぎると思ったか?でもな、最低限ほぼ初対面の人間に対しては万全の警戒心を持っていた方がいいと俺は思う。」

 始めから鈴木に試されていうようだ。

 塚原は周りの家族連れやカップルを見た。鈴木は相手のために、そして自分のために彼らを一種の立会人とするつもりなのだろう。

「飲み屋街にいたときは君を怖がらせるようなことをして悪かったな。不本意ではあったが、時には緊急で動かないといけないときもあるから」

「その件については感謝しています」

 少し怖かったけど――。塚原はそう言おうとして止めた。いつまでも相手に引きずらせたくない。

「それじゃあ塚原くん。さっそくだけど君が今までにどういう嫌な思いをしてきたのか、自分がいい人であるが故にどのような不利な目に遭ってきたか、それから今後いい人を卒業することによってどのような自分になりたいのか、詳しく聴かせてもらうよ」

 塚原は何から言うか迷ったが、パッと頭に浮かんだものを言葉にした。

「最近、僕の性格でショックだった出来事があります。僕はけっこう長い間、だいたい三か月くらいですが、ある同期のために残業を代わりにしていました。彼は育児のために早く帰りたいと言っていました。僕は残業には不満でしたが、彼の言葉を信じていたのです。……ですが、彼はパチンコのために僕に仕事を押しつけていただけでした。僕は何をやっていたのだろうと思いました」

 鈴木は時折うなずきながら聴いていた。

「他にも僕に仕事を押しつけてくる人はいます。断りたいです。でも、自分の立場が変わるのが恐くて……。もし断ればもう人間関係が円滑に進まないと思うと――」

「他には?」

「僕の会社に谷澤という上司がいます。そいつは長い間、僕ら他の社員を苦しめてきました。多くの者は人格否定され、一気飲みを半強制された同期は会社を辞めました。今でも僕は彼のことを後悔しています」

「その谷澤って奴は会社の疫病神か?」

「まあ、そんなところです。僕以外にも苦しんでいる人はいます」

 塚原は他にも少年時代の自分の立場や勧誘を断れなかったことなど人に言いたいと思っていたことを吐露した。

「――他にいいたいことは?」

「言いたいことは言いました。今までの自分については以上です」

 塚原は少しだけ気が楽になった。

「もし自分を変えることができたら谷澤から苦しめられている人を救いたいし、社員からの仕事を堂々と断っても普通の自分でいられるようになりたいです。断って総スカンを食うようなことにはなりたくありません。勧誘にも気を遣って逃げるようなことは嫌です」

 鈴木はうなずいた。顎に手を当てて考え事をしている。

「よし。君への試験内容は決定した。君みたいないい人にはちと厳しい試験を課すが、それでも大丈夫か?もちろん君がピンチになりそうだったら俺もサポートする」

「厳しい試験?」






  

 

 



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