⑥
一面の雲がどこかへ去った快晴の朝、社内掲示板に何人もの人が集まっていた。
何事かと塚原も前の人々が退くのを待った。
掲示板を見終わった塚原の同期と目が合った。
「あっ、塚原くん。おめでとう。見てよこれ」
前の男性が横にどき、掲示板を見ると目を見開いた。塚原の商品が採用され、今後商品化の検討がされるという。人前を気にし、飛び上がような気持ちを抑えて平常心を装った。
塚原はもう一度自分の名前を確認して部署へ行こうとした。
「何だ、この人だかり」
谷澤が塚原を見て言った。
「この間の商品化の候補が決まりました」
塚原はそれだけ言うと谷澤と距離を取った。自分の商品化候補決定を知られたら面倒に絡まれるだろう。
その日の終業間近、塚原は企画部署員の長野から呼び出された。さっそく商品について話されるのだろう。
長野についていくと小さな小部屋に入れられた。
「そこにお座りください。大変話しにくいのですが……」
塚原は察した。それにしても没には早すぎではないか。
「何でしょう」
「さっき塚原さんと同じ部署の谷澤さんからお伺いしたのですが……谷澤さんが塚原さんのアイデアの大本を作ったのに塚原さんのアイデアということに納得がいかないようです。それは本当ですか?」
突然の捏造に塚原はしばらく声が出なかった。どう反応するのが正解かもわからない。
「どういうことですか?全くそのようなことはありません。僕が考え、僕が発表しました」
長野も苦い顔をした。
「谷澤さんが言うには塚原さんにご自分のアイデアを奪われたようで……」
呆れた。一体どのような経緯をたどればそうなるのか。
「塚原さん、大丈夫ですか?」
長野の声に気づき、うなずいた。よっぽど動揺していたのだろう。
長野も困惑しているのかぶつぶつと独り言を言っている。
「谷澤さんを呼んできますね。少しお待ちください」
しばらくすると長野とともに谷澤が小部屋に入った。谷澤は目を合わせようとしない。
「お座りください」
谷澤が座ると長野も座った。
「私としてもですね、お二人の間に食い違いがあるようで困惑しています。まず、谷澤さんからご説明願います」
谷澤は気だるそうに塚原の顔を見た。
「私は最初にタピオカを使ったチョコレートを考えました。それを『こんなのでどうか』と塚原くんに見せたところ、何を勘違いしたのか塚原君は自分の商品としてプレゼンを作成してしまったのです。それに気づいたのは会議の二週間前でした。塚原くんのパソコンをのぞくと私の考えた案が奪われていました。塚原くんにそれを言ったところ『これは僕の案です』と返されました。仕方なく私は別の案を作成しましたが、今となっては納得いきません。実質私の案ですよ、これは」
最初から最後までパソコンを見られたこと以外は嘘だ。
塚原は首を横に振ってから立ち上がった。
「全くそのような事実はありません。私は大本の構想を自宅で考え、それを職場でまとめていただけです」
「嘘をつくな」
谷澤の威圧するような視線とぶつかった。
「お二人とも、何か証言者とか証拠のものはありませんかね?ない場合はいろいろ問題が生じるため今回の商品化への検討は中止となります」
「ちょっと待ってください。少なくとも発表したのは僕です。なぜ商品化自体中止になるのですか?」
塚原は震え声を出した。
「というのもですね、この会社において他部署の商品化は大変な名誉でございます。そのため我々としてもクリーンな選考をしたいと考えておりますので今回のようないざこざがありますと健全な運営が阻害されてしまいます。どちらを表彰すべきか決着がつかない場合、今回はなかったことになります」
理不尽な説明に理解が追いつかなかった。
あれだけ子どものころの夢を叶えようと奮闘していたのにこんな結末になるなんて――。
「ないようでしたら私は失礼します。今回の商品化候補については後日お知らせいたします」
長野が小部屋を出ると、谷澤が「おい」と言った。
「バカじゃねえの。先輩を立てるのが下の役目だろ。素直にそうでしたっていえば済んだのによ」
「何であんなこと言ったんですか?僕、悪いことしましたか?」
塚原は覇気のない声で言った。
「別に悪いことはしてないけど普通部下の手柄は上司の手柄だろ。胸に刻んどけ、三流社会人」
谷澤は怒気を含んだ声で言った。
どこまで自分は都合のいい人にならなければいけないのか。
にじみ出た涙を拭くとデスクに戻り、宮山の仕事に取りかかった。
塚原は紙に書かれた電話番号を入力すると間違いがないか三度確認した。
コールの音が一回一回鳴っていく。
「お電話ありがとうございます。いい人卒業試験、鈴木でございます」
つながった。塚原は一安心した。
「あの……僕、前にあなたに助けていただいた者です。覚えていますか?浦和の飲み屋街のぼったくりに連れられそうになったのを――」
「ああ、君か。この前はびっくりさせちゃったね」
鈴木は飲み屋街で会ったときのような声に変わった。
「いえ、今となっては感謝しています」
「それで……電話かけてきたってことは――」
「はい」
塚原は一呼吸置いた。
「僕、卒業試験受けてみたい……いや、受けます」
現状を変えたい塚原は藁にも縋るような思いだった。
すぐに返事が来ると思っていたが、鈴木は黙っていた。
「鈴木さん?」
「その意気はうれしいが、まずは君が試験を受けるべきなのかごく簡単な質問をする」




