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いい人卒業試験  作者: 山田匡徳
22/23

「私はですね、NPO団体『ミクシーズ』の職員、原本(はらもと)と申します。ミクシーズについて順に紹介させていただきます。あなたにはさっき聞いたから……あなたは日本の子どもたちは裕福だと思いますか?」

 若者は塚原を見て言った。

「そうですね。外国に比べれば断然裕福だと思います」

「いい言い方ですね。比較対象を外国にすれば日本全体としてはかなり裕福です。しかしながら国内では現在、中間層と低所得層の差が大きな問題となっております。例えばですね、お二方は学生時代にご家族とどのくらいの頻度で遊びに出かけられましたか?」

「私は平均……そうだな。二週間に一度くらい外食したり一緒に買い物しましたね」

「僕は……不定期ですけど二か月に一度は隣町行きましたね」

 塚原はなかなか出かけたがらない父親を思い出した。何かと理由をつけては要求を断られていた。

「なるほど、ありがとうございます。低所得層は大衆向けのファミレスですとか有名なハンバーガー屋にも行けずに本当にご飯一杯とちっこいおかずを食べてる家もあるんですね。私は実際にそういう家の調査をさせていただいたんですけどおかずはコロッケ一つだけの食事とか、あとはサラダだけの家とかですね。もう毎日の食事も困難という感じでした。お二方は普段、もっと栄養摂られてましたかね?」

「はい」

「ええ、まあ」

 塚原は農家の祖父母に恵まれ、野菜を多めに摂っていた。

「私もそれなりに親に食わせてもらっていたので衝撃を受けました。子どもたちは意外なことにもうそれが当たり前だと思っていたので親への不満はあまり感じていないようでした。職員が子どもたちに子ども食堂ができたら行きたいかと尋ねると多くの子は『安いなら行きたい』と答えました。あの年齢でもう親のことを気遣っているのだなと感心し、それとともになんとかしてあげたいと思いました」

 子どもたちに直接会うことはできない。それでも鈴木を納得させることができれば……。

「それからどうなったんですか?子ども食堂は?」

 女性が若者に尋ねた。

「はい。実際にボランティアを集めて建物も借りて原価ギリギリで食事を提供しています。こちらが現場の写真ですね」

 若者が差し出した資料にはボランティアの顔写真、子どもが料理を食べる場面が載っていた。一部の子どもには顔にモザイクが付けられていた。

「このモザイクが付けられている子は?」

 塚原は写真に指をさして尋ねた。

「掲載の許可が得られなかった子たちです。まあ、複雑な事情がありますので」

 気持ちは理解できる。同級生が持っているものを買ってもらえず劣等感を覚えていた自分を子どもたちに重ねた。

「話を続けます。我々が子ども食堂を営業していくために必要な資金の利用方法は二つあります。一つは食料、それから光熱費、家賃などの諸々の経費。そしてもう一つはボランティアの資格取得援助費用です。これは何かと言いますと栄養士の資格をボランティアが取るために将来的に学校に通わせるための費用です」

「栄養士の資格がないと子ども食堂ってできないんですか?」

 質問を忘れないようにする。

「必ずしもいるわけではありません。ですが、そういうのがないと不安だという親御さんは多いのです。実際、私たちが呼びかけても無資格だと知ると断られる方も多くいました」

 この人なら信じてもいい。詐欺師ならこんなことは言えないだろう。

「あの、その仕事のやりがいを聞かせていただいてもよろしいですか?」

「やりがいはやはり子どもたちの笑顔ですね。美味しそうに食べているのを見ると皆んな我慢していたのだなと思います」

 女性が財布から千円札を取り出した。

「これを」

「いいんですか?こんなにいただいて」

 喜びと驚きが若者の声からわかった。

「がんばってくださいね」

 女性はそう言うと去った。

「お話を聞いていただきありがとうございました。よろしければ我々の活動にご協力いただきたいのですが」

 鈴木を納得させるための確証とまではいかなくても納得させる要素……若者の熱意、証拠写真、現在の具体的な状況は揃った。残りは――。

「あの、これだけ聞いてもいいですか?」

「はい」

「資金を手に入れたら今後、子ども食堂をどのようにしてきたいと思いますか?」

「はい。私たちは現在、ボランティアの人手不足で困っております。今後、有償ボランティアに転換しないと子どもの人数に対して人員が足りなくなってしまいます。そのためにも多くの資金が必要です」

 未来の像もわかった。

「ありがとうございました。これを使ってください」

 千円札を募金箱に入れた。

「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」

 若者の礼を聞き、資料を受け取ると塚原は鈴木の元へ戻った。


「どうだ?レコーダー聞いていいか?」

「はい。これなら募金して大丈夫です」

 塚原はレコーダーと資料を鈴木に渡した。鈴木は音声を聞きながらときどき資料を見た。

「なるほど」

 鈴木は若者とのやり取りを全て聞いた。

「それからこれは怪しい募金屋の方です」

 鈴木は大学生の男とのやり取りも聞いた。

「これはバカだな」

 鈴木は呆れたのか苦笑いをしていた。

「塚原、上出来じゃないか。これでこの試験も合格だ」

 鈴木に言われ、一安心した。

「俺も募金してくるわ。ちょっと待ってな」




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