㉑
休み明けの平日の夜、残業を終えると塚原は再び募金街へ来た。雰囲気は以前来たときとほとんど変わらない。
「おお、塚原」
塚原に気づいた鈴木が欠伸をしながら近づいてきた。
「眠いんですか?」
「ああ、さっきまでバイトしてたからな」
鈴木がバイト――。鈴木の私生活への関心はないわけではなかった。鈴木はできるだけスケジュール調整の要望に応えようとするが、鈴木は日常生活を犠牲にしてまで自分と付き合ってくれているのか。
「内容はこの前と一緒だ。前は言い過ぎたけど相手が嘘をついているという確証まではエル必要はない。募金するに値すると俺に思わせることができれば合格だ。はい、ボイスレコーダー」
鈴木はボイスレコーダーを差し出した。
「……これは?」
「君と募金屋の会話を俺に聞かせてくれ。それを聞いて俺が募金するに値すると考えればそれでよし」
「わかりました」
塚原はボイスレコーダーを忍びこませると顔を洗うように両頬を触った。
募金を呼びかけている人々を見ると一人の大人しそうな男性が男に声をかけられているのに気づいた。男の方へと歩いていく。
「募金していただけますか?」
男に言われ、男性は無言でポケットから財布を取り出した。
「あ、ちょっと待ってください」
塚原の声に反応して男と男性と目が合った。
「……はい」
男が困惑したように言った。
「あの、今募金しているんですか?」
男の口角が上がった。
「そうなんです。私たちは大学生だけでフィリピンへ旅をしてフィリピンの現状を知り、子どもたちへ私たちができる支援をしたいと思っております。よければですね、募金のご協力お願いします」
抽象的な説明だ。
「わかりました。ただし、あなたたちの透明性が確認できたらの話ですが」
「透明性……?」
男の眉間にしわができた。
「あなたたちが具体的に誰とどういう活動をどこでどのようにし、どこで報告するのか教えてください」
数秒して男からわずかに声が漏れていた。
「ああ、そういうことですか。私たちは三人の大学生で活動しております。今は活動資金がないため現時点で報告できることはございません。資金がたまりましたらですね、フィリピンへ赴き子どもたちと交流をしたいと考えています」
なるほど、過去の実績はないということか。
「いや、もっと具体的に教えてください。フィリピンの子どもたちとあなたたちがどう接点を持ち、どういう交流をするのか?」
「いえ、ですからそれについてはこれから決定していきます。資金の額にもよりますし」
塚原はやんわりと断ろうと締めの言葉を言おうとした。
「もういいですよ。あなたみたいな面倒な人は初めてです。そちらのお兄さん、我々の活動にご協力いただけませんか?」
それが人に頼む態度か。客引きに抱いた怒りの感情がまた湧いてきた。言いたくなる気持ちを抑えようとぐっと我慢した。
硬貨が落ちる音がした。男性は塚原を一瞥すると立ち去っていった。
「ふう。素直に募金してくれりゃいいのに」
男が嘲笑うように口角を上げた。
「俺を納得させろ――」
鈴木の言葉を思い出した。
「ちょっといいですか。あなたたちは人からお金をもらうんです。その透明性、意義を人に伝えるのは当然でしょう」
「そんなことしなくてもさっきの人は五百円玉を黙って入れてくれたぞ」
男はニヤニヤ笑っていた。
「銀行の融資って知ってるか?事業に金が必要なときは借りる側はいかにして利益を得るかを説明してようやく契約が成立する。あなたもそれぐらい誠意を見せるべきだ」
「じゃあ募金しなくていいだろ。さっきからうっせぇよ」
これはダメだ。塚原は見切りをつけ、男から離れた。
募金の様子を見ると皆、何事もないように募金の呼びかけを無視している。先ほどの男性は珍しい人間の一人だ。客引きのときもそうだった。止まるのはほんの一握りのいい人、もしくは純粋に興味を惹かれた人だけ。募金屋は、はなからほんの一握りの獲物だけ狙っているのだろう。
塚原は再び立ち止まる人を見つけた。
男のことを思い出し萎えそうな気持ちを奮い立たせ、募金屋の若者に近づいた。
「すみません、何の活動をしているんですか?」
女性に話をしている若者に塚原は話しかけた。
「こんにちは。私たちは日本の貧困の学生のための活動をしております。よかったらお話聞いていかれますか?」
いきなり募金ではなく話から入る……これは期待できる。
「はい、お願いします」
塚原は若者にうなずいた。
「すみません。もう一度最初からでもいいですか?」
「はい。私はかまいません」
若者の問いかけに女性は笑顔で答えた。塚原は女性に会釈した。




