⑳
「ちょっとトイレ行かせてね」
塚原は洗面台へ行き、鏡を見た。この顔が嫌な誘いを受ける一因か?なめられやすい顔も疲れるものだ。
蛇口をひねると顔を洗った。
あれが宮山だったら……?これでは何も言えない自分のままだ。ここでぐっと強く言わないとダメなんだ。
「まだ少し残ってるな」
塚原はそう言うと残りの皿に手をつけた。高級な味を一つひとつ染み込ませていく。
「美味しい?」
金山の声にうなずいた。
「たまには高級品も食べたくなるからここに来てよかったよ」
本当は金山の話がなければもっと飯がうまかっただろうに。
かつての同級生でありたかった。彼とは。
「ねえ、昔のよしみだと思って協力してくれないか?君なら大丈夫。君みたいないい人には日頃から感謝している人たちがいるからきっと成功するよ」
金山の言葉に肉を切る手が止まった。
「一ついい?」
金山の顔を見て言った。
「なんだ?わからないこととかコツなら何でも聞いてみ」
金山の口元から笑顔がこぼれた。
「今さ、君は僕がいい人だから僕に感謝して受講する人がいるって言ったよね?」
「うん」
「それって変だと思わない?本当に相手のためになりたいって思ってるならそんな言葉でないよね?」
金山は無表情になった。
「つまり受講を勧める側は普段の自分の善意への感謝として受講しろって相手に押しつけているようなものだよね」
金山は不満げな顔になった。
「君もそうなんじゃないか?僕と友達でいる代わりに――」
「そうだよ。もちろん高校のときからこういう商売を考えていたわけじゃないけど卒業してわざわざ会うなんて大体理由わかるだろ。君なんかそんなに親しくなかったし。もっとも親しくなかった奴の方がこういうのに誘いやすいから君を選んだんだけどな」
金山は不気味な笑顔をのぞかせた。
「親しくない方が……?なぜだ。親しい人の方が君に従ってくれるんじゃないのか」
「そうじゃない。この手のやり方ってのは人との距離を上手く使うんだ。別に技術なんかいらない。君は僕が連絡したときに僕が卒業後も君と会おうとしたことに悦びを感じただろう?」
「よろこび……そうだな。高校だけの関係だと思っていたから。もっと仲良くなれるかなと正直思った」
卒業アルバムを見返したことを思い出した。
「僕は伊藤とも仲が良いのか悪いのかなんとも言えない距離だった。金に困っていたってのもあるだろうが、伊藤とはたまに連絡を取り合って『いい友人』になれたよ」
信じたくなかった。金山の人間性に心底失望した。
「もういいよ。君ほどいい奴はいないと思っていたが図太くなりやがって」
金山は五千円札を置いた。
「じゃあな。会計だけ頼むわ」
かつての友人が去り、しばらく彼の皿をじっと見た。食いかけの肉と手がついていないデザートが残されていた。
「お疲れ。よく一人で闘えたな」
鈴木が金山の席に座った。鈴木の皿を見るときれいさっぱり食事が終わっているのを確認できた。
「これ食べていいか?」
金山のデザートを指さした鈴木に塚原はうなずいた。
「塚原。試験は合格だ」
「あの……一応聞いてみますけど金山は鈴木さんの知り合いじゃないですよね?もしかしたら試験のためにわざと金山を呼び出したとか?」
鈴木は首を横に振った。
「違う。当初はそうなるかもしれなかった。塚原から友人関係を聞き出し、ちょうどいい奴に断りづらい依頼をさせようと思ってたんだけどちょうどそこに塚原から相談が来てな。それを試験にしようと思った次第だ」
そうか。結局あれが金山の本来の姿か。
「もう一度言うが、試験は合格だ。正直ここでダメだったらどうしようかってヒヤヒヤしてたけど大分成長したじゃねえか。この調子で他も行こうぜ」
塚原はうなずくので精一杯だった。
鈴木はスプーンを置いた。
「俺に巡り会わなければ君はきれいな世界を見ることができたかもしれない。今、彼の本性を知ってショックを受けているんだろう。でもこれだけは言える。今こうしていろいろなことが起きているのは君が成長したからであって周りが変わったわけじゃない。周りは元から汚い連中なんだよ」
塚原は自分に言い聞かせた。鈴木も自分も悪くない。
「ごちそうさまでした」
帰りのバスの到着時間が徐々に近づいてくる。
「これでよかったんですかね?」
「あれと友達になる価値はあったか、それを考えれば自ずと納得できるはず」
塚原はうなずいた。
「それにしても腹減ったなあ」
鈴木は腹に手をあてた。
「食べ足りませんでしたか?」
「ああ。もうちょいボリュームがあればよかったんだけどな」
「それじゃあまた東京で合流してこれから食べませんか?」
「悪い。俺は明日早いから」
日曜の朝の仕事とは何か。
「大変ですね。何があるんですか?」
「バイト」
鈴木は答えづらそうに言った。塚原はそれ以上聞くのをやめた。
東京行きのバスが先に到着した。
「それじゃあ。今日は精神的に疲れただろうからゆっくり休め」
「はい、そうします」
鈴木を見送ると連絡先を見た。金山には既にメッセージを送信できないようになっていた。
わびしさを感じるとともにほっと胸をなで下ろした。
友達になるべき人間かどうかその答えがわかった。




