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いい人卒業試験  作者: 山田匡徳
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「きぎょう……?」

「ああ、きぎょうっていうのは起こす方だからね。企てる方じゃなくて。実はね、僕は大学を中退してフリーターしてたんだ。でもだんだんお金がなくなっていった」

 急に業者の名前を出した金山に身体をこわばらせた。

「ある日、電柱にたまたまその相談所の広告が貼ってあるのを見たんだ。一発逆転するしかないって思った」

「とういうことは……起業はもうしてるのか?」

 金山は首を横に振った。

「その相談所では起業の方針やいくら出資が必要か、何から始めるかとかいろいろ教えてもらえるんだけど当然講義料はいるし、何より起業の出資は自分でまかなわないといけない」

「ええ……。てことは銀行に借りに行ったんだ?」

「いや、大泉さんからはできるだけ借金をしないように自分でまかなった上で借金をしろって言われたんだ。出資額が小さい方がハードルも低いしね」

「でも、創太くんは金がないから起業しようとしたんだろ?」

「そこなんだよ」

 金山はビジネスかばんから二枚の書類を取り出した。

「僕は大泉さんから『誰でも儲かる皆が幸せになれる最強の商売方法』を受講したんだ」

 塚原は察した。

「その講義はけっこうお金かかるんだ。けどね、友人や知り合いに紹介して受講させれば三万円の報酬をもらえるからすぐに元が取れると思って」

 三万円――。

「ってことは講義はいくらしたんだ?」

「十万」

「え?」

 塚原の驚きを隠せない顔を金山は楽しんでいるように見えた。

「高いと思うだろ?最初は僕も元を取れるかって心配してたんだ。でも安心してくれ。なぜならその商売は皆が幸せになれるからね。簡単に説明すると僕がお金に困っている人、例えば伊藤くんにその大泉さんの講義を受講させる。僕は報酬をもらい、伊藤くんは最強の商売方法を知る。これから伊藤くんはどんどん儲けていくさ。幸せは伝染するんだよ」

 金山は本気でそう思っているのだろうか。だとしたらむしろ大泉に利用されているかわいそうな人といえる。

「秀平くん、是非大泉さんの講義を受講してみないか?お金はすぐに戻ってくるよ」

 無理に決まってる。人を騙そうとするなんてできることではない。

「僕はお金の心配ないから。今回は遠慮させてもらうよ」

「そうか……」

 金山はそう言うと料理に目線を向けた。意外とあっさり諦めてくれたようだ。

「僕の三万のために受けてくれ――」

 そんな風に言われたら上手に断る自信はない。

「秀平くんは今何をしてるんだっけ?」

 「普通の」話に戻れそうだ。

「今ね、菓子メーカーで働いてるんだ。といってもあまり大きい会社じゃないけど」

「お菓子?どこなの?」

 金山が身を乗り出した。

「ニシダ製菓。『ポテトの畑』とか他には『ピーナッツボール』とかわかるかな?」

「ああ、どっちもわかる。楽しそうでいいな」

「いや、僕は総務部だからあまり商品企画には関われないんだ」

「そうなんだ。でもすごいじゃん」

 金山はわくわくしたように話していた。自分の仕事が褒められると照れ臭いものだ。

「秀平くんは今の仕事に満足してる?」

 塚原は少し考えた。

「まあまあかな。月に一度の商品のプレゼンが楽しみだな」

「へえ、そんなのあるんだ。商品企画がしたかったの?」

「うん」

 塚原はそう言うと肉料理に手をつけた。

「いっそさ、転職しない?」

 思わぬ提案をされた。

「もちろん業界は一緒でさ。他の会社行けば商品企画部に行けるかもしれないよ」

 確かにそれができれば本望だ。簡単にことが進むとは到底思えないが。

「でも退職してからの数ヶ月は金銭の面が不安だろ」

 塚原はうなずいた。

「その不安をかき消すためにもやることやっていた方がいいと思うんだ」

 金山が大泉の話に戻そうとするのを察した。その商売をなんとか断らなければならない。

「……気持ちはうれしいけどお断りするよ。皆誰だって得意不得意あるだろ、職業にも。僕は人を誘うのが苦手なんだ」

 金山はそこまで聞くとため息をついた。

「あんまりこういうことは言いたくないけどそんな気持ちでよく商品企画をしようなんて言えるな」

「ん?」

「商品企画するってことはつまり商品化実現のために商品のよさ、コスパとかいろいろ説得するんだろ?知り合いも説得できなくてどうするつもりだ」

 確かにプレゼンは得意ではない。だが、商品と受講は違う。

「創太くん、それは違うよ。僕は商品を売り込むときは不器用ながらも頑張れるんだ。でも僕は大事な人やいい人に自分が好きでもないものを押しつけるほどメンタルは強くない」

「押しつける?」

 塚原の言葉に金山の表情が変化した。言い方がまずかったか。

「いや、別に君が僕に押しつけているとは言ってないよ。僕がやったらって話だから」

 なんとか言葉を繕った。

「僕は君を騙すとかそんなつもりないよ。疑ってる?」

 塚原は手を横に振った。

「そうじゃないよ。ただ僕は……そこまで金を必要としてないから」

 金山は机を指で小さくたたき、顔も渋くなってきた。

「君は僕が翻訳してあげないと人の心をくみ取れないようだね。まあ、君はいい人だから僕が純度百パーセント君のために紹介してると思ってるのだろうけど」

 いや、それは前までの話だ。人を百パーセントとまではいかなくても九割信じていたのが今では下がりつつある。

「はっきり言おう。僕は君のためだけに紹介してるわけじゃない。僕も金に困っているんだ。二人で金を手に入れて幸せになろう。な?金を手に入れながら転職するチャンスなんだよ」

 やめてくれ。これ以上そちらの世界へ連れていこうとしないでくれ。


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