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「お待たせ」
「あ、来ましたね。とりあえず歩きましょうか」
数日前、田中にデートの希望を尋ねるとあえて何も計画を立てずに行きたいと言われていた。
塚原は、余裕を持って一万円札を二枚財布に入れた。
「行きたいところあったら言ってね」
「はい」
素直に言えるならばすぐにでも食事をしたいが、時間はまだ十時を過ぎたばかりである。
行きたいところと言えばビル街だ。田舎生まれの塚原は旅行で都会に行く度に建物の高さ、鮮やかさにわくわくしていた。今でも都会の街へ行き、ただ歩くのが楽しみの一つだ。
「美佳さんは……ビル街って好きですか?」
「ビル?私は好きでも嫌いでもないかな。そんなこと考えたことなかったな」
田中だけが基準になるわけではないが、自分が他人と違う感性を持ってやしないか不安になる。ビル巡りなど田中は満足しないだろう。
「そうですか。それじゃあ郊外の方でも行ってみますか」
「今日は秀平くんに任せるよ」
「わかりました」
目的地へ行くバスの中でも塚原は考え事をしていた。
田中は前回会ったときと違い、より自然に会話ができるようになっていた。前回会話が弾まなかったのが演技によるものかと思わせるくらい、バスでも積極的に話しかけてくる。女性と二人きりの世界に塚原も新鮮さを味わっていた。しかし、女性経験もなく、感心の範囲が狭い自分は田中を退屈にさせないか不安もあった。そのため塚原はなるべく無難で固めていこうとした。
二人は郊外にある花園にたどり着いた。十年以上前に家族と行った場所がすぐに思い出され、デートには問題ないと考えて田中を連れてきた。
「すごい。こんなところ知ってたんだ」
バスから降りてすぐ見える一面の花々に田中は興奮していた。
「まあ、たまたま知ってました。そうだ、入場料は僕が払うので」
「えっ、いいよいいよ」
「気にしないでください。あっちに入場口がありますから行きましょう」
広大な地面に花々が咲いている。言葉にできないとはこのことか。田中を喜ばせるつもりがいつの間にか自分が気を惹かれている。美しさのあまり、塚原には何色の花があるとしか情報を伝えられない。
「秀平くん、あっちの方にも行ってみよう」
田中についていく間、花の匂いが鼻をとりこにした。こんなにすばらしい場所でも今回の試験がなければ二度も行く機会はなかっただろう。興味が薄くてもいざ行けばそのよさがわかるものだ。
「花の名前、わかる?」
「いや、全然わかりません」
昔、祖母から教えられた花の名前もすっかり忘れてしまっていた。
「あの黄色の花はガザニア、それからあのピンクの花はインパチェンスだよ」
「詳しいですね」
「まあね」
得意顔の田中に安心した。定番のデートスポットは間違いなかったようだ。
「喜んでくれましたか?」
「うん。来てよかったな」
二人は駅の近くを歩いていた。夕闇を照らすように照明が所々ついている。
「さあ、これから夕飯だけど……私が決めていい?」
今日一日塚原に任せきりだった田中が聞いた。
「いいですよ」
「実はね、前から行きたいところがあったの」
田中に連れていかれた店は欧米にある高級レストランのような外装をしている。
中に入ると執事のような服装の店員に席に案内された。
「トイレ行ってきますね」
塚原はトイレに入ると財布の中身を確認した。一万円札と千円札が七枚。一人分ならなんてことはないが、二人分ではどうなるか。
再び席に戻り、メニューを確認した。どうやらフランス料理のフルコースやワインがこの店の主要商品らしい。フルコースは五千円弱、ワインはグラス一本で八百円だ。これなら払えそうだ。
「私、フランス料理のフルコースにする。秀平くんは?」
「あっ、同じので」
「飲み物も頼もうか。ワイン飲める?」
「はい」
「とりあえずこれで頼もうか。すみません」
田中は懐事情も聴かずに注文した。自分で払うと言うつもりなのだろうが、結局は代わりに払うことになる。
「美味しいね」
田中が無邪気に食べる姿を見ると消えるお金にも意義を見出せた。数ヶ月だけなら自分が払ってもやり繰りしていけるだろう。
「こういう店って来たことありますか?」
塚原が聞くと田中はうなずいた。
「私はね……やっぱりやめとくか」
「どうかしましたか?」
「前にね、もう別れた人と他の高級店に行ったことあるの。でも、もう彼のことは思い出したくないから」
田中の苦い記憶を少し掘ってしまった。
「すみません」
「ごめんね。変な空気にしちゃって」
塚原は首を横に振った。
鈴木なら彼女の事情を知っているだろうか。
「ここは僕が出します」
「いいよ。けっこう高かったでしょ」
田中が申し訳なさそうに制止する動きをした。
「気にしないでください」
「でも……」
塚原は田中に応えず金を支払った。
これでいいんだ。




