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「よし。取り直して今度は塚原の出番だ」
「いや、でも僕は東南アジアの知識なんてないですよ。彼らに何を聞けばいいかわかりません」
「それなら知らない路線で相手の揚げ足を取ってやれ。とりあえず君のセンスを見てみたい」
鈴木に背中を押された。
自分は無知だ。自分は無知だ。何でも聞いてやる――。
目が合った。先ほどの二人組の男だ。すぐに目を逸らした。
一人、また一人と通行人が立ち止まる。金が落ちる音がはっきりと伝わってくる。呼びかけ人と目が合わない。早く声をかけてくれ――。
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」
一人の女性が塚原を呼び止めた。
「何でしょう?」
できるだけ表情を変えないように女性に応えた。
「私たちは今、アフリカの恵まれない子どもたちへの寄付を募っています。皆様から千円以上の寄付を頂いておりますので是非協力していてだけませんか?」
千円?金額指定の募金に心が揺れ動く。しかし、今聞くべきはそこではない。
「あの、アフリカと言いますけどアフリカのどこにお金を届けるつもりですか?」
「特に貧困で苦しんでいる南スーダンやリビアの子どもたちを対象とした活動を行っております」
なるほど。すぐに言葉が出てきたあたり、二人組のときのようにはいかないようだ。
「わかりました。では、募金の用途はどうなっているのですか?」
「私たちはNGO法人POWの下請けの一つなので用途を決めてはおりませんが、POWの活動報告はこちらでご覧いただけます」
そう言うと女性はスマホの画面を見せた。塚原はスマホを借りた。確かにそこには活動報告が載っている。ここまでできているなら間違いない。
「わかりました。今は手持ちがないので百円だけですが」
「ああ……ありがとうございます……」
女性の反応は渋いものだった。気分がすっきりしないまま鈴木のいる場所へ身体を向けた。
鈴木と目が合った。背後からずっと見ていたようだ。
「どうでしたかね、さっきの対応は?」
場所もサイトも確認した。対応は間違っていなかったはずだ。
「フン、まだ甘いな」
鈴木は呆れた顔をしていた。
「えっ?でもれっきとしたNGO団体が下請けとして頼んでいるって」
「そうだとしてもさっきの人たちが本当に下請けかどうか確実な証拠はあったのか?」
「いえ、そこまでは……」
塚原の声は小さくなった。
「それに、そもそもその団体は存在するのか?存在していたとしてもそれがまともに金を現地に届けているのか?」
「ちょっと待ってください」
鈴木の問いかけに混乱した。
「いや、そんなに頭に入りませんよ。そんなに考えるなんてとても現実的じゃない」
「言いたいことはわかる」
鈴木は塚原の肩を叩いた。
「確かに人を疑うのは大変だ。君の場合、人を疑ったり冷たいリアクションを見ることにストレスを感じるから普通の人よりも他人を疑いにくいだろう」
塚原はうなずいた。
「でもな、俺はこの試験を通して人を疑うことを覚え、実践して社会で生きてほしいと思っている」
「はい」
「世の中には騙したり、都合よく利用しようとする奴らがうじゃうじゃいる。被害者はほとんどがいい人を捨てきれなかった人間だ。俺は悔しいんだ。君のような人間が騙され続ける現状が」
塚原は顔を上げられなかった。
「騙される人間は相手が嘘をつかないという前提に立っている。今の塚原もそうだろ?」
「はい」
「次行くときは……そうだな。この人はこうしてくれるだろうなという期待を捨てろ」
言葉の意味は深く理解できなかったがうなずいた。
「……ちょっと落ち込んじゃったか。今日は引き上げるか」
鈴木は牛丼チェーン店へ連れていった。
「好きなの頼め」
鈴木の好意を遠慮し、並盛の牛丼を注文した。
二人はしばしの間、黙って食事をした。
「俺な、チェーン店好きなんだ」
鈴木に顔を向けた。
「チェーン店ってバカな店員がいない限り、どこ行っても同じ対応してくれるだろ。だからぼったくりとかのハズレもないし、味も保証されている。今日いた募金の女性が悪者かはわからないけどネームバリューがあるチェーン店のように安心できないよ」
確かにそうだ。大企業が何かやらかせばたちまちネットにその業が知れ渡る。自分は無意識に大きな名前を信用していたのか。
「企業経営ってすごいな。その名前を聞いただけで大丈夫だって思える信頼をこの店は勝ち取った。俺が今、こうしてぼったくりの心配とかせずに安心して食べているのは過去に信頼を積み上げてきた人たちのおかげだ」
人を疑うのは大切なことだ。だけどいつも疑っていたらきりがない。だからこの店のように息抜きを安心してできる店があることは幸せだ。
「三百五十円になります」
商品に対して適切な金銭を払うだけで済む――。客引きを一瞬思い出し、小銭を渡した。




