⑮
鈴木に指定された場所は、飲み屋街からは少し離れているものの人通りの多い道路だ。
金曜日の夜、多くのサラリーマンが帰ろうとする中、大声で突っ立っているのは募金の呼びかけだ。
鈴木は何を考えているのだろうか。作戦の中身が気になって仕方なかった。
「お待たせ。写メはこの前言ったように消してくれたよな?」
「この通り。宮山にばれたら大変ですからね」
塚原はスマホを鈴木に見せて言った。
「塚原くん、今日ここに呼んだのは君に言葉で闘う力を養ってほしいと思ったからだ」
塚原は首を傾げた。
「君には宮山の家へ行き、宮山の奥さんと三人で話し合わせる」
「三人で?」
鈴木はうなずいた。
「宮山はきっとこう言うはずだ。『俺は家事、育児をちゃんとやってきた』って。宮山の奥さんがまともな人だったらそれを嘘と認めるだろう」
「じゃあそうすればいいんじゃないですか?」
「わからないぞ。奥さんは宮山を擁護するかもしれない。そしたら君の勝ち目は一つ。相手に嘘をついていると認めさせることだ」
無意識に奥さんが正直者という前提を刷り込んでしまっていた。
「でも……それとここに来ることの関係は?」
「見えるか?募金している人たちが」
嫌でも見えるほどここには募金を呼びかけている人がたくさんいる。今も財布から金を取り出し、募金している人たちがいる。
塚原はうなずいた。
「それで?」
「いいか?俺は別に募金自体を否定しているわけじゃねぇ」
鈴木の声がやや小さくなっていた。
「そうですね。いいことじゃないですか」
鈴木はうなずいた。
「問題は募金をしている人たちだ。よく見てみろ」
募金の光景を見ているうちに鈴木の言わんとすることに気がついた。
「ああ、そういうことですか。みんな大人しそうな人たちですね」
「そういうことだ。あいつらもまたいい人そうな人を狙ってやがる」
募金を呼びかけている人たちは、子連れの女性や大人しそうな男性によって募金を要求していた。
「いい人そうな人が狙われる、そういう意味ではあいつらは客引きと変わらない。あんな風に寄られたら彼らも断りづらいだろう」
自分も少し前までは仕方なく金を出していただろう。
「塚原くん、今日の試験の内容は何も知らずに募金をしている人たちを救うことだ」
「救う?どういうことですか?鈴木さんが言っていた作戦とはどう結びつくんですか?」
「さっき俺は、相手に嘘をついていると認めさせろと言ったよな?」
塚原はうなずいた。
「ここはちょっとした募金街で正式に募金を認められた人たちもいるんだが、それに乗じて偽物が金を騙し取ろうとしているんだ」
騙し取る……頭の整理がついた。
「嘘をついている人たちに嘘を認めせて騙されている人たちに金を下ろさせないようにすればいいってことですか?」
「そうだ。嘘を認めせる練習をこの活動を通してしてもらおう。さっきも言ったが、あいつらはいかにもいい人そうなのを狙ってくる。それに怯むなということも兼ねて、これからあいつらに嫌な目を見せてやろう」
ついてこいと言うように鈴木は手招きをした。
「お兄さん、ちょっと話聞いてくれますか?」
二人組の募金団体が一人の若い男性を呼び止めていた。
「世界には今日も食べるのに困っている人たちが大勢います。あなたが今日コンビニで使うお金を世界中に届けてくれませんか?」
困惑している男性はかばんに手を伸ばしていた。すぐにでも立ち去りたいのだろうか。
「ちょっと待った」
鈴木は二人組の前に立った。
「あっ、もしかして募金してくださるんですか?」
「ああ、もちろん。ただし、あなたたちに透明性があるって判断したらね」
虚をつかれたような顔で二人は鈴木を見つめていた。
「そのお金はどこに送るつもりですか?」
鈴木が聞いた。
「ええと、東南アジアへ送ります」
「東南アジアといっても広いでしょう。もっと具体的に、どこの国のどの地域に送るつもりですか?」
「それはですね……」
「マレーシアのクアラルンプールです」
戸惑う男をもう一人の男がフォローした。
「ほお、恵まれないという割には都市部に送るんですね」
鈴木からは自信が伝わってきた。
「べ、別に東京や大阪だって貧困層はいるわけで……何もおかしくないでしょ」
「それもそうだ。では、ゆくゆくは他のどの地域へ送るつもりですか?」
「それは……マニラとかバンコクです」
「なぜマレーシアを最優先に?」
鈴木の質問は続く。
「それは……まあ、思い入れがあって」
「思い入れとは?」
一人の男が舌打ちをした。
「別にあなたに言うことじゃないですよ。さっきからなんですか、あんたは」
男が苛立っているのがはっきりわかった。
「そうですか。人に金を要求する割には自分たちのことは隠すんですね」
「もういい。あんたからは何も受け取らない。お兄さん、僕は心優しいあなたから心優しい東南アジアの子どもたちへ――」
「君、よく考えな。こんな不透明な人間に一円も払う価値はあるのか」
二人の男と鈴木は若い男性に視線を向けた。
男性は腕組みをしていた。
「……僕もさっきの理由聞いてからにしたいです」
男は再び舌打ちをした。
「もういいや。さっさと行ってくれ」
鈴木は満足そうに歩いていった。塚原と男性は鈴木についていった。
「いやあ、悪かったな。初対面なのに驚かせちゃったかな」
鈴木が男性に顔を向けた。
「いえ、助かりました。ありがとうございます」
男性は礼を言うとため息をついた。
「僕ってこんな弱そうな見た目をしているからよくああいうのに声かけられるんです。なんか疲れたなあ」
男性は物悲しそうな顔をしていた。
「それじゃあ、僕は帰ります。どうもありがとうございました」
男性はやがて見えなくなった。
「いいんですか?彼も試験に誘えばよかったのに」
「忘れてた」




