⑬
カフェを出ると田中に言われた方向に歩き始めた。
「こっちに何かあるんですか?」
「特にないけど……どこかに食べに行こうか」
「そうですね。お腹も空いてますし」
会話が途切れた。無理もない。当日になって初めて鈴木からこの試験を聞かされたのだから。
会話をつなげよう。
塚原は頭に浮かんだ言葉のボールを投げた。
「田中……美佳さんはどこの出身なんですか?」
真っ先に無難な質問が浮かんだ。
「出身?滋賀だよ」
「滋賀ですか。滋賀の大津ですか?」
「私は田舎町出身だから大津にはあまり言ってないの」
「そうなんですか。僕も町出身だけど県庁所在地にはほとんど行きませんでしたね」
「そうなんだ」
田中は見かけに寄らず会話を得意としていないのだろうか。それとも不本意な時間なのだろうか。
会話のキャッチボールは続いた。
「趣味とかってあります?」
「趣味か。アパレルショップとかスイーツ巡りかな。たまに大学時代の友達や先輩と合コンもするけどね」
「合コンですか。僕みたいな人間が行っても大丈夫ですかね?ある程度華がある人たちばっかり来てそうだけど」
行く気はなかった。それでもなんとなく自分を承認してほしかった。
「そんなに構えなくても大丈夫だよ。あんまり女の子には自信ない?」
「はい」
これでは職場の先輩と昼飯に行くような気分だ。傍から見ても恋愛もどきには見えないだろう。
「なんか嫌なことでもあったの?よければ聞こうか?このままだとただの会話で終わっちゃう気がする」
田中も今のこの雰囲気に違和感を抱いていたようだ。
「いいんですか?僕としてもその方が恋愛の練習をしやすいと思います」
「よし。そうとなれば……あの店でいいかな。小腹を満たそう」
田中が指をさす先には一軒のサンドウィッチ屋が建っていた。
「行きましょう」
店内に入ると店員に席を案内された。洒落た店に似つかわしいカップルが何組か座って会話をしている。そのうちの一部が注文しようとカウンターに並んでいる。
「私買ってこようか?注文決まってるなら」
「あっ、いいですよ。せっかくだからおごらせてください」
ここは一つ彼氏らしいことをしてみたい。
「いいよ。まだ今日あったばかりでしょ?」
「大丈夫です。もう注文は決まりましたか?」
田中は諦めたように「じゃあこれで」と定番メニューを指さした。
「わかりました」
塚原は前の客に続いて並んだ。
不思議な気分だ。恋愛には見えなくても田中がいるだけで前の客たちと同じ立場になれたような気がする。鈴木は楽しめと言っていた。今のこの気分だけでも家に持ち帰る価値がある。
「お待たせしました」
塚原は二人分のサンドウィッチが入ったバスケットを置いた。
「ごめんね。気を遣わせちゃって」
「いえ、気にしないでください」
塚原は手を拭くと田中を見た。
「さっきの話……」
「何でも話していいよ。うまく答えられるかわからないけど」
「僕が女性が苦手な理由、聞いてくれますか?」
「いいよ」
塚原はサンドウィッチを一口食べた。味が薄い。
「僕は昔から人付き合いは得意な方ではありませんでした。ですが、幸いにも同性には恵まれ男友達はできました。なぜ女性がダメなのかというと……些細なことに聞こえるかもしれませんが、女性のリアクションが苦手なんです」
「リアクション?」
「例えば中学生だったとき、僕が女子に話しかけるとそんなに驚くかってくらいびっくりされたんです。確かに僕はその人に話しかけたことはありませんでした。でも他の同級生はそんな反応はされていませんでした。高校生のときも女子数人から陰口をたたかれてるのを聞いてしまいました」
「陰口?悪いことでもしたの?」
「いえ、むしろ逆です。僕はクラスから少しでも好かれようと役目を買ったのですが、実力不足だったため結果を残せませんでした。それが気に入らなかったのか出しゃばりだと思われたようです」
田中は腑に落ちていないようだ。わずかに首を傾げている。
「嫌な思い出は女の子しかないの?それに全員に嫌なことされたわけじゃないでしょ?」
「そうなんですけど……なんていうんだろうな。また同じ反応を見るのが嫌なんですよ。でも男とは仲良くしたいから多少衝突があっても乗り越えてきました」
自分でも納得のいく説明ができなかった。本当は仲良くしたいのに同性以上に嫌われたくないから壁を張ってしまっているだけかもしれない。
「まあ、人それぞれ思うところはあるから偉そうなことは言えないけど……少なくとも今日見た限りでは秀平くんだけ特別扱いされる理由なんて思うけど」
塚原はうなずいた。
「気にしなくていいよ。鈴木さんも言ってたでしょ、楽しめって」
「はい」
「お互いが満足か。どういうことか秀平くんもよく考えておいてね」
田中と会話を終え、次の土曜日に会う約束をした。過去の話をし、少しだけ肩の荷が軽くなった。




