⑫
「次の試験は長期に渡って行う。説明をするのでセントラルカフェへ日曜の午後一時に集合。ある人に会ってもらう」
カフェへ向かう途中にも若干の不安が拭えなかった。今度は飲み屋街のように一期一会というわけにはいかないようだ。鈴木は何をさせるつもりだろうか。谷澤と向き合うにはまだ時期尚早であるし、メンタルでも鍛えるのだろうか。
カフェの入口で待ち構えていたのは鈴木と一人の若い女性だった。身長は塚原とほとんど変わらず、器量のいい人だ。
「初めまして。塚原秀平です」
「田中美佳です。よろしくお願いします」
田中が会釈をし、塚原もお返しをした。
「この人は、俺の過去の卒業生の一人だ。ちょっと協力してもらおうと思って」
「田中さんが何かしてくれるんですか?」
「話は注文してからにするか」
鈴木に続いて店内に入ると窓側の席に案内された。ほどよい賑やかさで話をするにはちょうどよい。
注文を終えると鈴木は水を一口飲んだ。
「二人には模擬恋愛をさせる」
塚原は首を傾げた。田中の顔を見たが、表情は変わらなかった。
「塚原くんは女性と付き合ったことは?」
鈴木が聞いた。
「いえ、25年間一度も……」
「そうか。女性は苦手か?」
「はい」
理由を聞かれるのを待ったが、鈴木は聞いてくることはなかった。
「なぜ君に模擬恋愛をさせるかというとだな。君には異性との付き合いの距離感をつかんでほしいからなんだ」
「距離感……?」
「お待たせいたしました」
店員が三人分の飲み物を置いたのを確認すると塚原は再び鈴木に顔を向けた。
「異性との付き合いはな、その人の人柄が出るんだ」
田中は鈴木の言葉にうなずいた。
「一般的に通常の友人関係より恋愛は気を遣う。これはなんとなくわかるだろう。なぜなら付き合うまでには友人として話すよりも長い過程を経るから簡単に関係を崩せない。だから非常に気を遣うんだ。今回はその付き合うまでの臨場感は味わえないが、もう付き合っている二人がこれからも付き合いたいと思えるような恋愛をしてほしい」
もう付き合っている……か。
「恋愛っていうとデートのことですか?」
「まあ、その辺りは二人に任せる。デートしてもいいし、ただ話すだけでもメールをするだけでもいい。田中を満足させて自分も満足できる三か月にしてくれ。言っておくが、田中とできるのは手をつなぐだけだ。他は田中が了承しない限りできないからよろしく」
塚原はうなずいた。初対面の人間と手をつなぐだけでも心が落ち着かないだろう。
鈴木はコーヒーを一気に飲むと水も飲んだ。
「何をすれば合格っていうのはないから今回の試験では一番肩の力を抜いて楽しんでくれ。ただし、心配になったら田中にアドバイスさせる」
「どんなアドバイスですか?」
「それは付き合ってみたら発覚するから今は何とも言えないな」
塚原はうなずいた。
「そういうわけで田中、塚原をよろしく頼むぞ」
「はい」
「田中さん、よろしくお願いします」
「よろしくね」
田中は笑顔で答えた。人付き合いには慣れているという印象だ。
コーヒーを飲みながら考えた。この恋愛に何を求めればいいのだろうか。普通は楽しんだり、胸を高鳴らせるものだろうが、付き合っている体というのはまた感覚が違うだろう。
「二人とも、俺は先に帰る。塚原、あと一回客引きを断る試験を行うからまた連絡するよ」
「わかりました。お疲れ様です」
鈴木が去ると向かいに田中が座った。
「まずは自己紹介からしよっか。さっきも言ったけど私は田中美佳。美佳でいいよ。美しいに佳作の佳ね」
「わかりました。じゃあ僕も秀平で。優秀の秀に平らです」
「秀平くんね。よろしく」
「よろしくお願いします。あの、もう始まってるってことでいいんですよね?恋愛は」
「うん。慣れないかもしれないけどもっと楽でいいからね。この恋愛はいざ秀平くんが付き合ったときに望む恋愛ができるようにという目的でするんだから。だから本当に付き合ってる体で、ね」
「はい」
塚原はコーヒーを飲んだ。いつもよりほろ苦く感じる。
レモンティーを飲む田中と目が合った。塚原はすぐに目をコーヒーに向けたが、田中からはかすかに笑い声が聞こえた。照れ隠しなのだろうか。
「今日はまだ時間あるね。これからこの辺でも歩いていかない?」
「いいですね。行きましょう」
塚原はトイレに行くと鏡を見た。髪と服のしわを整える自分の顔はどことなくこわばっている。自分のような人間が女性と二人きりなど今まで考えられなかった。きれいな女性に似つかわしくない男が隣にいていいのだろうか。
考えるな。これは試験だ。
頬を少しだけ緩めるとカフェを後にした。




