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麗人階級 -炸裂妄想未亡人編-  作者: 一倉弓乃
3/8

3 家庭の事情

「ハァ?結婚運?あんた学校出るまで女は禁止とお母さんにいわれているでしょ。田舎のお母さんに電話するわよ!」

 ボブヘアの毛先を古風に切りそろえた女子大学生は、本屋の棚を背景に、冴を脅し付けた。

 陽介宅への下宿を世話してくれたミズモリ・ユウは、冴の父親のことを、血のつながりはなくとも叔父と呼ぶ。父の実家や母の実家のある山の神社の娘で、3代続く霊能者の家系だ。陽介とは複雑な幼馴染らしい。

 冴は首の代わりに手を横に振った。

「いや、俺じゃなくて友達なんだが。」

「…金あんの?」

「…サービスしろよ、うちの親父はおまえんちの薪割りを、いつもタダでやってやっただろうが。」

「あんたの親父には毎年冬中世話になったし感謝もしてるけど、その借りをあんたのダチにかえす筋合いはないわ。こっちはプロなのよ。ちゃんとみてほしかったら金払え!」

「いくら。」

「20分1万。」

「…ふざけるな。」

「ふざけてないわ。毎月20人みてるわよ。婆は倍の値で30人見てるわ。」

「…」

「やめとくでしょ?」

「…おまえって、金持ちから金搾り取る搾乳器みたいな生き方だな。」

「あらやだ、手絞りよ?」

 水森ユウはそういって、牛の乳絞りの手付きを幾分卑猥に再現した。冴はげんなりした。

「…いい。俺たち貧乏学生だから。他あたる。」

「ちょっとお待ち。」ユウは立ち去りかけた冴の制服の裾をつかんで留めた。「…どうしたのよ、いきなり変なこと言い出して。」

 冴は簡単に説明した。

「…友達がちょっと、…隣のクラスの怪しい占師に、死相がでてると言われて、結婚運を占ってもらえなかったんだ。可哀相だなと思って。」

「…まあ、結婚なんて、なるようになるし、死相なんてそうそう出ないわよ。…普通、見えても言わないのが業界の常識だしね。」

「俺もそう思う。」

「…そんなことより、久鹿とケンカしたんじゃないの?…顔が疲れてるわよ。お祖父様ゆずりのタンビなお顔が。」

「…別に。」

 …ケンカしたから疲れたわけじゃなくて、ケンカしたあとしつこく修復儀式をしたから疲れているのだ。…だがさすがにそうは言えない。ちなみに陽介のほうは今日は沈没していて、ダイガクをサボっている。

 …朝ぎりぎりで時間がなくて、おもちゃの手錠でベッドにつないだまま来てしまったのだが。鍵はみつけただろうか。早く帰らないとな、と思った。…まさか繋がれたままあのへんの床で汚れて泣いてないだろうな、などと、人には言えないタイヘンな妄想が走って、おまけに少しざわっと萌えた。

「…向こうのほうが年上だからとか、家主だからとか、そんなことで折れてやらなくていいのよ。あいつは変にインテリだから、話せばわかる人間でありたい、みたいなそういう見栄があんの。そこんとこは利用すればいいことよ。堪忍袋の緒がきれたら、切れたとはっきり言っておやり。」

「…おまえじゃあるまいし、いちいち切れたりはせん。」

「可愛くないわねえ、心配してやってるのに。…あんたそんなだからこう恨まれるのよ。」

 ユウはそういって、冴の周囲を手で払うような仕草をした。

 …なにか細い蜘蛛の巣か、とうもろこしのひげみたいなものが、ぷつぷつときれる感覚があった。

「…なんかひっぱってたか、俺。」

「…蜘蛛の森をあるいてきたみたいな有り様だわね。軽く毒のあるやつが一匹、かな。…その素人占師、これ以上かかわり合いになるんじゃないわよ。」

「…ヤバイやつか。」

「かるくだけどね。ただ、刺されドコロが悪いと、きっと苦しむわ。小さな虫なんて、そんなものよ。…困ったらあたしんとこへ来てもいいわよ。ナオト叔父の御恩、あんたに返すのは別にやぶさかでないわ。」

 ユウはひらひらと手を振って立ち去った。


+++


 家に戻ると、陽介はベッドでふっくらすうすう眠っていた。…少しがっかりしたような、でもほっとしたような心地がした。

 冴が部屋の戸を閉めると、薄く目を開けた。

「…ああ…お帰り。」

「…鍵、そこにあったんですけど…」

「ん…大丈夫。…はずして。」

 陽介は甘えるように言った。

「…ずっとこのまま?」

「…」陽介はクスッと笑った。「いや、トイレいったしシャワー浴びたし飯もくったよ。でもなんか冴に外してほしかったから、つけなおしといた。」

 …立派に変態である。

 ベッドの足に太い金環が一つずつはめてあって、それに鎖がつながっていて、…やろうと思えばその鎖に四肢を繋いで蝶よろしく展肢することもできるのだけれど…今日はその鎖の一つに手錠を繋いで、片手だけをひっかけてあった。布団をはぐると、陽介は裸のままで、体には冴が熱情に任せてつけた跡があちこちに残っていた。

「…冴、来てよ…」

 陽介は眠そうな声で誘った。

「…駄目ですよ。」

「…どうして。せっかくこんな格好で待ってたのに…」

「…まだ日が高いですよ。起きなきゃ。」

「い・や・だ。」

 手錠を外した途端、陽介は冴に絡み付いて、冴の制服をあれよあれよというまに剥いでしまった。

「ん…。冴の肌気持ちいい。」

 あらわになった裸の胸を撫で回し、そっと頬擦りする。

「…待ってたよ…はやくかえってこないかなーって…冴…」

 …触れられたところから、さー…っと波が広がってゆく。

 この接触したときの不思議な感覚は、冴にとっては、陽介が相手のときにだけ生じるとても不思議なもので…これでいつも落とされる。

「…そうですか…イイコですね…陽さんは…。」

 冴は折れた。…一気に全身気持ちよくなってしまった。もうどうしようもない。

 陽介の息が自然に上がって来た。冴はしどけなく手足に制服の残骸を引っ掛けたまま、その欲望の下に身を投げ出した。胸や腹をしつこく愛撫した手が、腰にまとわりついて太腿側から下着にもぐりこみ、そのまま下着を下ろしていった。陽介のふわふわした髪がそこにとどまって、熱心にそこを舐め回し始めた。…陽介はこれが大好きで、いつもやりたがる。…無気味な巧みさで…それはプロの風俗嬢のような…多分、前の男に仕込まれたんだろうな、と思う。冴もよくしっている、あの中年男にだ。…冴は目を細めて、熱心に口を動かす可愛い家主さんを見つめながら、その仕事にしばし酔いしれる。

 それでも最後まではやらせない。「俺の清らかで美しい陽さん」の可愛い上のお口を自分の精液で汚すのはいやだった。そもそも、こんなに陽介がコレ好きでなければ、こんな真似はさせなかったかもしれない。…いや、どうかわからないが。…もうどうでもよくなってきた。

「…陽さん、これ。」

 頭の上にぺたっと小さな正方形をおしつけると、陽介は手でそれをさぐって取った。…ゆらゆらしているものから顔を離して、潤んだ目で瞬きして冴の顔を見つめ、それから四角いちいさなパッケージを破って、いままで熱心におしゃぶりしていたものに丁寧に被せて、器用にクルクルほどいてのばした。

「…上にいらっしゃい。」

 口の縁にこぼれたなにかを拭ってやっていうと、陽介は冴の上に跨がった。 

「…いいですよ。」 

 陽介が、ゆっくりと降りてくる。

 …女とは違うその辛さに一瞬息がとまる。

 …それでも繋がってしまえば。

 あとはとめどない深みに、獣めいた酩酊があるだけだ。


+++


「…新刊がでたぞ、月島、買わないか?」

 週明けの月曜日、にこにこと紫色した『後輩』という同人誌チップを片手に、根津がやってきた。月島はピンク色の前巻をぱしっと机に置いた。

「…返す。まえのやつ。ほら。」

「かえさなくていい。買え。」

 …男同士のはまにあってる。…とはいえない。

「読んだか?」

「読まないというのに…。」

「読めよ。面白いぞ。」

「…お前、変な趣味だな。」

「ふっふっふっ。」

 根津は冴の前の席の椅子に勝手に座った。

「…じつはな、月島。この同人誌にでてくる男はな、モデルがいるんだぜ。」

「…怒られないのか、本人に。」

「『やめてくれーっ』ってつっぷしてたそうだ。そんだけ。」

「…なぐっときゃよかったのに…女だから手加減したな。女ってものがまったくわかっとらん。」

「そりゃそうだ。こんな本にかかれるくらいだからな。世間知らずのおぼっちゃんだって。」

「…知り合いなのか。」

「いや、俺はちょうど入部がすれ違ったので知り合いじゃあない。一方的に知ってるだけだ。」

「…しってるのか。」

「ずっと会誌読んでるからな。…文芸部の伝説の部長なんだぜ。3年間実質ひとりで…3つのペンネームつかいわけて、毎月一人で会誌作ってたんだ。」

 冴はへえ、と感心した。

「…若干ワンマン臭がするが、骨のある男じゃないか。」

「…字がきれいでなー。カリグラフィーがうまくて。毎月目次が楽しみだったな。まあ、女どもが絵にかきたくなる程度には、かあいい顔だったわけよ。そりゃお前とくらべるわけにはいかねえけどな。あっちはあっちでなかなか可愛かったわけよ。」

「…根津はその元の部長のファンなのか。それでホモの裏会誌まで読んでるわけか。」

「まっ、そういうこと。ホモにいちいち目くじらたてるのも馬鹿らしい。昔から純文学にはいっぱいでてくるヨ、どうせ俺には関係ねーんだし。…嫌悪症のやつはよっぽどなんかあんだな。」

「…俺のホモの裏会誌出したら、腹殴ったうえで股関節はずすからな。歩いて帰れると思うなよ。」

「うぬぼれんなよ。」

「なにが自惚れだ。」

「こういうもんは、変質してても愛なんだよ。お前なんぞちょっと顔が綺麗なだけだろ。態度はでけーし乱暴者だし大雑把だし思考形態は一刀両断型だし、おまえみてーな体育会系、俺のオカズにもならねえよ。タッチのふかふかまくらでもやってろっつーの。…でもな、俺はな、知ってるんだぞ月島。見たからな。」

「何を。」

 根津は急に声をひそめて言った。

「…おまえがその可愛い伝説の部長の久鹿さんと手つないで歩いてるのをな。」

 冴は固まった。

「…俺んち、ショッピングセンターの東なんだよ。お前らあの公園で風のない日はよく二人でイチャイチャとアイス買ってくってるだろ。あれがイチャイチャでなかったら、世界中探してもイチャイチャしてるカップルなぞひと組もねーや。」

「…」

「…黙っといてやるよ。誰もよろこばねーし、こんな話。部の女子だって生臭いのは嫌いなんだよ。…藤原にだって絶交されるぜ。まじで。中年の後家のほうがどんだけましだか。…ほんっとに、少し気をつけろよな、お前タダでさえ目立つんだから。」

 根津は紫のチップを冴の机のすみに置いた。

 冴は目をあげた。

「…買わんぞ。」

「…やるよ。前のやつも。…椅子で読むなよ?落ちるぜ。」

 読み終わったらおまえんとこの可愛い家主さんに渡しとけよ、と根津は言って立ち去った。

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