2 結婚運
翌日、冴はうっかりはさまりっぱなしだったチップを根津に返しにいった。
「おおっ、読んだか?エロいだろ。」
「読んでない。昨日はちょっと忙しかった。」
「未亡人が泣いたのか?慰めてやったんだな?アソコを舐めてやると絶え入るような声音で鳴くんだろ?」
「その妄想もう捨てろ。」
根津とおしつけあいしていると、立川がやってきて言った。
「なーおい、ちょっと聞いてくれよ。」
二人は立川を見た。…さえない顔色だった。
「…どしたの。」
根津が訊ねた。立川が言った。
「…俺、死相出てるって言われた…」
冴は眉をひそめた。
…たまに死相が出る人間は確かにいるが、冴が見た限り、立川はとりあえずここ1年は殺しても死なないはずだった。
「誰に。」
冴がきくと、立川は言った。
「…大弓。」
…昨日食堂にいた占師だった。
根津が顔をしかめた。
「タッチ、なんで大弓なんかにかかわりあうのさ。…あいつ問題ある女だって昨日飯んとき言ったろ。」
「…どう問題あんのかなと思って…。」
「確かめにいくなよ、そんなことォ。」
「…俺、死ぬのかな?」
「インチキにきまってんだろ、本気にするなよ。」
「…立川、少しくわしく話せ。」
根津を遮って冴は言い、近くの椅子を立川のために引いてやった。
立川が座ると、冴もそのへんの椅子を引いて座った。
「…大弓の占い、ほんとにあたるのかなと思ってさ、昨日の放課後、見てもらったんだよ。…あいつ、中庭でよく占いやってるからさ。」
「…それで。」
「俺の結婚運みてくれよって言ったら、見てもムダだって。じきに死ぬからっていうんだ。」
「…それは随分乱暴な占いだな。カードの一枚もめくったのか?」
立川は首をふった。
「……たんなる腹いせのような言葉に思える。大方、何かお前の喋ったことが断片的にとどいていて、その中に、大弓の気に触る発言でもまじっていたんじゃないか?向うの誤解かもしれん。気にするな。」
冴は肩をしっかりつかんでそう言って、最後にかるく揺さぶってやった。すると立川はじわっとなみだぐんだ。
「ありがとう月島。月島のウツクシイ顔でそう言われると、断然月島が正しいにちがいないって気がするよ…」
「…顔は関係ないが、まあ、元気を出せ。」
「…ところで藤原にきいたぜ、未亡人と二人で暮して、充実した性生活おくってるんだって?」
「あいつの妄想をいちいち本気にするな」
…まもなくホームルーム5分前の鐘が鳴った。
+++
その日の学食は、冴は須藤と二人だった。学食を使うめんつはいつも違う。弁当をもってくる者もあったし、購買のパンをかってすませる者も…、日によっていろいろだった。毎日通っているのは友人たちの中では冴くらいだろう。冴は実は、学食のメニューを日々の夕食の参考にしているのだった。
「…月島、納豆食うなよ。その美貌で…」
「…顔は関係ない。…納豆は体にいいぞ。安いしな。世界にほこる健康食だ。」
その日も、片隅の席は人だかりになってた。
「…須藤、きいたか、立川の話。」
「…タッチはお人好しで、危機監理能力がちょっと足りない。」
須藤は小声で言った。
「…ヒステリー女なのか?」
冴が言うと、須藤は少し考えている様子だった。
「…まっ、なんにせよ、お前は近付くな。」
「俺は基本的に女には近付かん。」
「賢明だな。…お前のその顔に何か詰問でもされようものなら、それが『最後に雑巾使ったやつだれだ』とかいう問いでも、女は狂うな。…帰り道でパンツはいてない女に待ち伏せされて精液盗まれるぜ。」
須藤はそういって、ホイコ-ローの皿を綺麗に片付けた。
「…なあ、月島、お前は考えたこともないかもしれないが…実際どう思う?エリアで結婚できないのは、貧乏な女か、貧乏な男か、どっちなんだろう。」
「…俺はエリア育ちじゃないから、その価値観はよくわからん。」
「…エリアの一部には、その結婚困難を解消するために、どちらかの性の人間を大幅に追放するべきだって意見がある。そうすれば、残ったやつの少なくとも片方の性はみんな売れるだろ。極端な供給不足でさ。」
「…気が狂ってる。」
「…そう思うか?…まあ俺もそう思うよ。でもそんな思想がエリアの追い詰められた人間の末路ってわけ。…月島、実家はどこだといってたっけ。」
「U市だ。」
「…そのくらい田舎なら、のんびりしてたんだろ。なんでエリアになんかでてきたんだ。立身出世か。馬鹿だな。どうせ全部コネだよ。」
「…」
「…俺は、正直、学校がおわったら、外にいこうかとおもってるんだ。税金も安いし、…風もエリアとおなじように吹いてる。紫外線くらいなんだっていうんだ?それでもみんな生きてるじゃないか。…エリアにはなにもねーよ、夢も希望もな。外でなにか小さな商売でもしたい。早死にしたっていいんだ。」
冴は納豆の乗った飯をかきこみ、味噌汁を飲んだ。
「…商売ならエリアのほうがいいだろ。金持ちがたくさんいる。1つ売れたときの単価が違う。」
「…それは田舎モンのドリームだぜ。税金が半端ねえから。」
「…実際そうやって稼いでいるやつもいる。」
「…魂を削ってナ。馬鹿馬鹿しい。生きるためにかせぐのか、かせぐためにいきるのか。どっちよ。…エリアではな、人間は、税金をとるための頭数合わせにすぎないんだよ。」
「…どう生きるかは貴様の自由だ。」
冴が突き放すと、須藤は苦笑した。
「…まあ、おまえみたいなやつにはわからんだろうな。…おしえてやるよ。大弓はな、去年の秋頃に、親が破産して都落ちよ。大弓自身は幸い買手がついてな。どっかの重役だったらしいぜ。大弓、けっこうかわいいからな。女子高生好きのひひじじいだろ。」
「…だった?」
「ああ。なくなったんだよ。…大弓のやつ、馬鹿だから、『死相が見えてた』とかいいふれてよ、疑われてケイサツ沙汰。結局、大弓がやったわけじゃなく、自然死だったと立証されたから、お咎めなしだったけど。」
「…大弓が疑われたというのは…ああ、生命保険か。」
「そう。あと遺産。…まあ、結婚してなかったから、実質そんなに貰わなかったらしいが、それでもあいつが一人でエリアでやってくぶんには、不自由ないらしい。」
…なるほど、愛人長者というわけだ。しかもそれを学校中が知っている。…今はまだ、結婚相談にナーバスにもなるだろう。
「…立川にもおしえてやればよかったのに。」
「…しらねーのがおかしいんだよ。いなかったお前はともかくとして。一時期すげー噂だったんだから。…まあ藤原も知らなかったけど。」
「ふうん、…そういうことだったのか。」
…そして案外と、そのひひじじいと恋に落ちてたりしたのかもしれない。
冴は家主の顔を思い浮かべて、ちょっと複雑だった。冴の可愛い家主さんも、変態の親父と大恋愛した。
「…ところで月島、根津からきいたんだが、お前、中年の未亡人と凄く充実した性生活を…」
「家主は男で大学生だ。」
+++
「冴ー、冴、冴。」
幼児が母親を呼ぶように冴を呼びながら家主が部屋にやってきた。
冴はボードに数式を展開させていた。
…冴の可愛い愛しい家主さんである陽介は、冴の後ろにたって、手許を覗き込んだ。
「…どうでもいいけど、ここ、まちがってるぜ。」
「…陽さんが来たから動揺したんですよ。」
「…ねえ、ごはんまだー。」
…わざとなのだ。一時間早い。
「お腹すいたんですか?」
「んー…退屈なんだ。冴が宿題とかやってると。…あそぼー。」
「…あと30分まってください。」
はっ、と気がつくと、陽介は手をさしいれて、とっとと数式をなおし、さらさらと続きを書き込んでいる。
「陽さん、やめてください。」
「…このタイプは、ここでこの公式を使うと早いんだ。」
「陽さん! 勉強になりません!」
「…こっちはまずこうやって…」
…それがものすごいスピードなのだ。シロウトが暗算では到底そろばん1級についていけないというような、そんなような感じなのだ。
「そうするとここでxをこう…で、代入するだろ、で、この公式が…」
書くのも早い。
この男はこれで、文系だ。恐ろしい。どれだけ国語ができるんだ、という気がする。
…冴はあきらめた。
「…どうしたいんですか。」
「ん、出かけたい。」
「どこへ。」
「どこでもいい。ショッピングセンター行く?なんか探してなかった?」
「ああ、ガラムマサラ…」
「それだ。いこ。」
いこ、とかしげる小首の可愛さときたら。もう殴りつけたいくらいだ。
我慢できずにキスした。陽介は目を閉じて甘えてくる。
…このまま床に引きずり倒そうが、倒したあと気絶するまで口を塞いでなにかしようが、机に座らせてズボンを脱がそうが、脱がした後出て来たものをくわえてイタズラしようが、両足を縛ってはずかしい格好をさせようが、なんなら可愛がるついでに多少殴ろうが、多分赤い蝋燭で責めようが、そうひょっとしたら水攻めにしても、何の文句も言わず、冴の過酷な愛撫に陽介は満足してくれるだろう。…男相手とはいえ、たしかに、性生活は充実している冴なのだった。
…勿論そんなことはいちいちしない。相手がそういう自分の凶暴性を受け止めてくれるとわかっていることだけで、冴は今のところ充分に満足していたし、多分それは、陽介のほうもそうなのだった。二人ともそれなりに他の誰かの前では、自分のこうした性癖を持て余したこともあるし、隠したこともある。
冴はボードの画面を保存してから電源を落とし、クローゼットから上着を出して着ると、まだ「ねえもっと…」という顔でうっとり冴をみつめている陽介を促して、部屋から出た。
「…百合子さんと、最近連絡は…?」
「おふくろ?全然。なんで?」
「ガラムマサラもウコンもどっかにあるんじゃないかと思って。」
「うーん…なんかで話ができたらきいてみるよ。でも基本的に俺のほうから連絡はできないんで、買ったほうが早いと思うよ。」
二人は鍵をしめて外に出た。陽介が車を車庫から出して、二人で乗って、ちょっと遠いショッピングセンターに行った。
ショッピングセンター内の専門店街にある輸入食品の専門店で、オリーブオイルとビネガー、それにスパゲティの3キロ袋と、ベーコンを一塊、あとは珍しいたべやすそうなチーズなどと一緒に、目的のスパイスを数種類を買った。
農協流通窓口に、新米がならんでいたので、量り売りのものを1食分買い、その場で7分搗きで精米してもらった。
「おいしそうだね。」
「たまにはいいでしょう。幸い、今日の分まだ炊いてないから。」
二人で荷物を分けて持ち、広いショッピングセンターの中を散歩した。
…他人から見たら、どんなふうに見えるんだろう、と思う。
似ていない兄弟か。親戚か。学校の友達がパーティ-のしたくか。
…ホモのカップルか。
「…冴はさー、学校ではどんなヒトなの?」
「…無口で優しい男ですよ。」
「…たまに友達とか、つれてきてもいいんだよ。俺、にぎやかなの別にきらいじゃないよ。」
「…それはいやだな。」
「どうして。」
「…陽さんと俺の生活空間に、他人をいれたくないから。」
「…大袈裟だよ。」
「…俺の陽さんあいつらに見せたくないし。なんか俺の清らかな陽さんがお前らに見られると穢れるわってかんじ。」
「…まさかそれはない。べつにきよらかじゃねーし。」
「おおありです。きよらかです。」
ショッピングセンターの出口で、S23高等部の制服を着ている女子をみた。
陽介がコソッと言った。
「…リボンが緑だ、同級生だぜ、冴。」
「…だれかな。知りません。今女にまったく100パーセント興味がないので。」
…あるわけない。かわいい家主さんで視界はいつもいっぱいなのだ。そばにいないときは、脳内で常に記憶映像を再生している。
「…無理しなくていいよ、冴、…冴はほんとはすごく女にモテるんだろ?」
「だとしても関係ないですよ。」
…冴は実際女難のタイプといっても過言でないくらいに女には深く多数の縁がある。陽介の言うとおりなのだが、…陽介に軽蔑されたくないし、家からたたき出されても困るので、今は女断ちしている。ちなみに、田舎の母親や、陽介を紹介してくれた人物からも、陽介にばれないようにしろと厳命されている。
通り過ぎようとしたところで、突然その女子が言った。
「B組の月島でしょ?」
先に陽介が反応した。
「…友達?」
冴はその女に一瞥くれただけで、陽介の腕をつかんでひっぱった。
「…冴、いいの?」
「知らないやつです。行きましょう。」
…いいもわるいもない。…こんなシチュエーションがマトモな流れなわけがない。冴は過去の経験でそれを知り尽くしていた。
陽介は少し戸惑って、冴に従った。
すると後ろから叫び声が追って来た。
「インチキよばわりしたやつには、みんな呪いがかかるんだ!」
冴は陽介を先に行かせるように押した。それから目線だけでその女子を「確認」した。
…よくない色がでているな、と思った。
+++
「…こわかった。俺正直だめなのよ、あのタイプ。水森だって苦手なのに…。」
「大丈夫ですよあの程度のやつは。水森なんかとは全然勝負になりません。雑魚です。」
車を自動で走らせながら、陽介は買った炭酸水をのんでいた。車は衛星の誘導に従って、安全に自宅に向っている。
「…インチキよばわりって、したの?」
「…今思い出せる話で間違っていないなら、…俺じゃありません、一緒にいたやつが言ったんです。」
「ああ…冴目立つから…冴だと思われたんだ…」
「…よくあることです。」
「…どしたの、あのコ。」
「実は本当に顔は知らないんです。…隣のクラスの人気占師らしいんですよ。大弓とかいったかな。…噂をききつけたうちのクラスの立川が、結婚運を相談しにいって、『あんたは死ぬから結婚運なんか見ても無駄』と。」
「…」陽介は冴のほうを向いた。「…死相がでてるの?その立川くんは。」
「…出てないでしょ、そんなもの。」冴は言った。「でも、人からいわれて本気にしていると、不運を呼びますから。…何か誤解でもあって腹をたてているんだろうと、気にするなと俺は言ったんです。…そのときとなりでインチキに決まってると言ってたやつがいたもので…。」
「…なるほどね。…死ぬから結婚運なんか見ても無駄、か。可哀相に。」
…陽介が同情するのを聞いて、あろうことか、冴は少し立川に嫉妬した。しかし何事もなかったかのように黙っていた。
陽介は続けた。
「…なんでそんなこと言うんだろ?…ごたつくだけなのにな。」
「そうですね。注目をあつめたいのかもしれません。…前歴もあるらしいです。」
「前歴?」
「…パトロンの男性が昨年亡くなっているそうなんですが…」
「! 冴、それ、雑魚じゃないから!!」
「…ですが、亡くなったあとになって死相が見えた、といっただけですからね。そのときは遺産相続関係を疑われて、警察によばれているそうです。…なんにせよ、あの水森の一家に比べれば可愛いモンです。あのバァ様なんざ、もう人間とは呼べない。神ですよ。」
冴は陽介の手にあるビンをつんつんとツメでつついた。陽介は炭酸のビンを冴に渡した。冴はそれを一口あおった。
「…ま、そんなローカル有名人です。かかわり合うつもりはなかったし、これからもありません。」
「…冴、立川くんの結婚運、みてやればいいじゃん。…可哀相だよ、立川くん。」
…冴はイラっとした。
「…俺はそういうことはわかりません。」
「じゃあ水森んとこつれてってやれば。」
「…なんで俺がそこまでするんですか。ちょっとゴミはらってやっただけで、もうすでに絡まれてるのに。」
「うーん、まあ、そうかもだけど…。」
陽介は、返して、という感じで手を差し出した。冴はその手にビンを返した。
「…冴は今まで一度も考えたことなかったの?もしかしたら自分がだれとも連れ添わずに、孤独に一生を終えるかもしれないとか、そういうことは…。」
陽介は一口のもうとした格好のまま、止まって考えて、ため息をついた。
「…あるわけねーか。冴だもんな。」
「…陽さんだってないでしょ。」
「…俺はあるよ。マイノリティだもん。」
陽介はそう言って炭酸水を飲んだ。
「…だからといってたいして暗くもなかったけどな。そもそも人生って孤独で当り前なものだと思ってたし。」
「…陽さん金あるんだし、いくらでも好みの相手と暮らせるとは思わなかったんですか?」
「…まずは、両思いになるのが奇跡じゃん。俺はお前と違って、男しか駄目だし。」
「…適当にえらべば、愛はあとからついてきますよ。」
「…お前、楽観的で前向きで好きよ。」
陽介はそう言ってくっくっと笑った。
「…だけどそううまくはいかねーよ。…お前だってガッコ-おわったら逃げるんだろ?」
「…逃げるって…別に逃げ隠れはしませんよ。」
「…でてくんだろ?」
陽介はカラになった炭酸のビンにフタをして、後ろの座席のゴミ箱につっこんだ。
「…しかたねーじゃん、男同士は結婚できないし、…おまえは別に我慢しなくても、女の引き取り手あまたなんだろうし…、俺がとめられっかよ。…人生は普通のほうが楽だ。俺は祝福して送りだすよ。」
「陽さん…そんなひどいこと、今言わなくたっていいじゃないですか。」
冴は憂鬱になって言った。
「…ガッコ-のあとのことなど何もきめてませんよ。…もし俺があんたのところに残りたいと言ったら、あんたは子離れシーズンの野生動物みたいに鬼になって俺を追い出すつもりなんですか?」
「…」
陽介は黙った。
冴はため息をついた。
「…俺があんたのこと愛してるって、少し自覚してくださいよ、自分は愛されないっていうその頑固な思い込みは、どこの川原から拾って来た巨石なんですか?俺の愛しかたが悪いですか?…毎回縛ってムチでもくれてやったほうが安心できるというならそうしましょう。…親父の行きつけのSMクラブで、プロの女王様から鞭打ちくらいすぐならってきますよ。」
「…そんなことは思ってないけど…ただ、人生なんてもんは、何一つ自分の思い通りになんかいかないだろ?」
「…だから悲観的でいれば傷付かなくてもすむんだと?…相手を傷つければ、それと引き換えに自分は傷付かなくてすむんだと?」
「…」
陽介は困ったような顔になった。
…まったく、言ってやらないとわからないんだから、この人は…と、冴は思った。
「…うがちすぎた未来予想で、あらかじめ悲しみに備えるのはおよしなさい。時間のムダだ。」
冴がそこで話をやめようとすると、陽介は言った。
「…冴はいいかもしれないけど、俺はそうやって少しずつ心の準備しておかないと、…いきなりそのときがきたら、耐えられないから。」
…陽介は前の恋人とは死別し、その前の恋人は、突然遠くに連れ去られる形で終わっている。冴もそのことはよく知っていた。
それでも、下手な情けは命取りだ。
「…親父はあんたにそんな悪癖を残すために、あんたと暮したわけじゃないと思いますよ。」
殺し文句をいうと、陽介はついに黙った。
…本当は陽介だってわかっているのだ。
ただ、不安だから、言わずにいられないのだろう。
…冴は悲しくなった。結婚運を見てもらいたいのは俺達のほうだ、と思った。