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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第二章 アリシア編

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67.これは厳しいわね……

 現地に着くと、膠着していたはずの戦闘は再開されているようだった。

 鉱山地帯に馬で入るのは危険なため、全員を馬から降ろさせる。そこにはジャンとマックスの馬もすでにいた。

 アリシアは救護班の設置位置を確認し、そこに簡易のテントを張らせる。


「筆頭、俺らはどうします?」

「すぐに救援に、と言いたいところだけど情報がほしいわ。少しマックスを待ちましょう。来なければ、私が一小隊を率いて東に……」


 と言いかけたところで、「筆頭」と叫びながらマックスが現れた。いつもながら、ナイスタイミングである。アリシアたちの到着時刻を計算して報告に来るのだろう。


「マックス! 状況はどう!?」

「っは! 現在は北側と東側で交戦中! 我が軍の守備は北が厚く、東が手薄になっておりました! 先に東が襲われ、北の守備の一部が東に援護に向かい、その道中を狙われた模様です! 敵は鉱山の穴を利用し、奇襲をかけられた我が軍は苦戦を強いられています!」

「ジャンはどこに!?」

「北側で将らしき人物を発見、そのまま追跡中です!」


 どうやら炭鉱を使って移動しているようで、敵兵力がいかほどかはジャンの報告を待つ他ないようである。しかし現在交戦中でストレイア軍が苦戦しているとなれば、情報を待っている場合ではない。

 アリシアは自軍に振り向き、声を上げた。


「第一小隊並びに第二小隊、東に加勢を! 第三小隊、北に援護に向かいなさい!! 第四小隊はこの場に待機、医療班の護衛を続行! 衛生兵は二班に分かれ、怪我人の救出に当たりなさいっ! 医療班はこの場で治療、危険が迫ればすぐに撤収して構わないわ!」


 それぞれに指示を出したアリシアは、第一小隊と第二小隊を引き連れて東に向かった。フラッシュは第三小隊とともに北に、マックスは引き続き情報収集と伝達役である。


 東に加勢に向かう途中、幾度か奇襲に遭った。進行方向からは見えない鉱山の穴がいくつもある。しかしアリシアは、救済の書が脳裏に知らせてくれることで奇襲を察知し、仲間を守りながら敵を倒すことに成功していた。


「っく、これは厳しいわね……第三小隊は……っく……」


 異能のお陰で第一、第二小隊は死者なく来られたが、第三小隊で死者が出ていることがアリシアにはわかっていた。

 助けに行きたくとも、持ち場を離れるわけには行かず涙を飲む。

 この鉱山区で奇襲を察知するのは至難の技だ。アリシアも救済の書を習得してなければ、すでに何人も死なせてしまっていたことになる。

 アリシアは自身の異能に感謝しつつ、足を前に踏み出した。その先に、自軍が敵兵と交戦しているのが見える。


「アリシア筆頭、ストレイア軍を確認しました! 我が軍は押されている模様です!」

「第一小隊、突撃!! 第二小隊は回りこみなさい! 奇襲には気を付けるのよ!!」


 兵の報告に、アリシアはそう応えると第一小隊とともに突撃した。


「アリシア様!」

「アリシア筆頭ーー!」


 先陣切って突っ込むと、苦戦を強いられていた兵から声が上がる。


「みんな、よく耐えてくれたわ! 今から巻き返すわよ!! 戦える者は私について来なさい!!」


 オオオオオッという、兵の怒号のような叫び声がこだまする。その声を背に、アリシアは益々奮い起つ。

 そして勢いよく大剣を振り上げ、躊躇することなく、敵軍に突っ込んでいく。

 アリシアは敵兵を剣ごと折って斬り伏せた。そして近くに仲間がいないのを確認し、体ごとグルンと水平切りをして、数人を死に至らしめる。

 オクスの構えから突き出してきた敵兵に対し、横に踏み込んで躱すとそのまま剣を振り上げ、腕を切り落とした。


「まだまだッ!!」


 上体を右に倒したアリシアは、クロスアームを元に戻すテコの力を使い、相手のこめかみをたたき割る。

 倒れた相手の向こう側にいた敵兵をそのままの勢いで突き殺すと、引くと同時に柄で背後の敵の顔面を押し潰した。

 たった一瞬で十人近くの敵を斬り伏せ、いやが上にも自軍の指揮は高まっていく。


「アリシア様ーー!!」

「皆、筆頭に続けーーッ!!」


 その間にもアリシアは二人斬り、三人斬り、鬼神のような強さを見せつけていく。消沈していたストレイア軍は盛り返し、回り込んだ第二小隊と連携して敵を追い詰めていった。


「っはあ、ふう……」


 ある程度の片が付くと、アリシアは部下に任せて周りを見回した。第一小隊と第二小隊に死亡者はいないはずだ。怪我人が何人も座り込んではいるが、救済の異能ですべての者を守りきれたはずである。

 ここにいた敵勢は、ほぼ殲滅した。その様子を確認し、アリシアは声を張り上げる。


「第一小隊、北に加勢に行くわよ! 第二小隊、一班と二班はこの場に待機、残りの者は怪我人を救護班の所へ連れていきなさい!」


 北にはフラッシュ率いる第三小隊がすでに交戦しているだろう。第三小隊の仲間の顔が、何度か脳裏を過ぎって消えてしまった。つまりそれは、すでに何人かの仲間が死亡してしまったということだ。それでも、アリシアは急いで駆け出した。


(フラッシュは無事のようね! そろそろジャンの報告がほしいところだけど……どこまで行ったのかしら!?)


 あまり離れては異能の力は発揮されない。単独で敵の大将を追って行ったというジャンの行方が気になる。

 しかし今彼がどこにいるのかわからない以上、やるべきことはフラッシュとの合流、そして敵の撃破だ。

 アリシアは元来た山道には入らず、敵が行軍してきたと思われる開けた道を急いだ。

 もうここの敵は倒したのだ。早く合流しなければという妙な胸騒ぎが、アリシアの判断を鈍らせた。


 第一小隊の先頭を行き、アリシアはフラッシュの元へと急ぐ。早く鎮圧し、ジャンの顔を見たい。今までこんなに不安になることなどなかったというのに、結婚を約束した仲になったからだろうか。アリシアは、一心に駆けた。


「アリシア様ッ!!」


 突如、後ろから部下の声が聞こえた。

 瞬間、背に火をつけられたかのような感覚に襲われる。


「……っくぅ!」


 熱い。

 いや、これは痛みだと気付いた時には、アリシアの背から血が噴き出していた。


「ハアアァアッ!」


 振り向きざま、切りつけてきた敵を逆に斬り倒す。次々に坑道から現れる敵を、後方から駆けつけた自軍が応戦する。


「アリシア様、こちらへ!!」


 一人の兵がアリシアを下がらせ、支えてくれる。致命傷ではないが、大剣を持つのは不可能な状態だ。これでは第一小隊に合流したところで、足手まといになってしまう。


「私をルティーのところへ連れていって!」

「はい!」


 部下の一人がアリシアに肩を貸してくれ、もう一人がアリシアの剣を担いでくれた。

 痛い。こんな痛みを感じるのは久々だ。

 アリシアは、焦慮に駆られていた自身を猛省した。急くあまり、自分が隊列を乱してしまっていたのだ。上に立つ者として、あるまじき行為である。

 部下に支えられつつ救護班のテントに入ると、ルティーが走り寄ってきた。


「アリシア様!!」

「ルティー早く治してちょうだい。すぐに第一小隊と合流しないと……」


 そういうと、なぜかルティーは身を硬化させ、つらそうに眉を下げた。


「申し訳ございません、アリシア様……もう、魔力が……」


 謝意の言葉と同時に泣きそうになっているルティーを見て、アリシアは慰めるように言葉をかける。


「そうよね、これだけ大きな戦闘なんだもの。尽きていて当然だわ。気にしなくていいのよ、致命傷じゃないんだし。後のことは、みんなに任せるわ。有能な部下が勢揃いしてるんだもの……」


 そういうと、アリシアは目を瞑った。魔法で治せないとなると、今回はもう戦場には出られない。こんな状態で戦いに出ても、足手まといになるだけだということはわかっている。

 アリシアは、斬られた瞬間を思い返した。


(斬りつけられるより、部下の声の方が早かったわ。以前なら、対処できてたはず。それができなかったということは……)


 うつ伏せになったアリシアは、うっすらと目を開けた。ルティーが泣きそうになりながら、傷の手当てをしてくれている。

 不思議なことに、年齢的な衰えを感じても、悔しさは感じられなかった。


(潮時、なのかもしれないわね)


 娘のアンナは、もう筆頭大将になってもいいくらいの器になっている。

 ルーシエはもちろん、ジャンやフラッシュやマックスも、アリシアがいなくても十分にやっていけるだけの力がある。彼らを勝手に心配し、焦っていた自分の方が引退すべきなのだろう。

 引退、という言葉を浮かべて、アリシアは一人口角を上げた。


(このまま引退したら、ジャンと結婚ね……)


 引退後の自分も悪くない、とアリシアは想像する。

 ジャンと二人で。

 彼を家で迎える人生。

 共に過ごしていく一生。


(どうしてかしら……なぜか、泣けちゃうわ……)


 それらを想像し始めると、現在の戦況など考えられなくなってしまっていた。動けなくとも指示は飛ばせるというのに、あの優秀な部下たちなら完璧に動いてくれるはずだと。


(結婚式は、どこか遠くで二人だけで挙げるのもいいかもしれないわ。ああ、でもフラッシュを呼ばないとうるさそうね。式が終わったら少し旅行をして……今から楽しみだわ)


 脳裏に浮かぶ、ジャンの笑顔。しかしその笑顔が、瞬く間に険しい表情に変わった。


「ジャンッ!!!!」


 アリシアはその顔が浮かんだ瞬間、飛び起きた。想像のジャンが険しい顔をしたのではない。これは、この感じは。


「アリシア様!?」


 背中がビリッと痛む。だが、今はそんな痛みを気にしている場合ではないのだ。脳裏に点滅する危険信号。高鳴る動機。


(どうして、ジャンが……!!)


 アリシアは立てかけてあった己の剣を取ると、救護テントから飛び出した。


「アリシア様!! いけません!! アリシア様ーーーーーーッ!!」

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