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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第二章 アリシア編

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58.例え、その身に

 ルティーの話によると、事の起こりはこうだった。


 ルティーは魔法力を高めるために、積極的に回復魔法を使っていた。それは王宮にいる時はもちろん、家に帰ってからも同じだった。

 大勢の人の前で水の書を習得してしまったルティーは、水の魔法士として有名になってしまっていたのである。

 そんなルティーの家には絶えず誰かが来ていて、ルティーは魔法力が切れるまで、ちょっとした傷でも丹念に治してあげていたという。

 しかしある日、癒しの最中に予期せぬ出来事が起こった。それは、水の魔法士が最も恐れるという、暴発だ。


「暴発自体はそんなに大きくなくて……でも、それを受けた女の子は……」


 ルティーはすぐさまもう一度魔法を詠唱し、その暴発で受けた傷も治してあげた。しかし、治してもらおうとして暴発を食らってしまったその少女は、心に深い傷を負ってしまったという。

 その少女の両親が、その日から毎日ルティーの家にやってきては恨み言を吐いていくようになった。少女はちょっとした音に反応するようになり、まともな生活ができなくなってしまったと。娘の人生を奪ったルティーが憎いと。果ては、莫大な慰謝料まで要求してきた。


「ですから……私は家を出たんです……宿舎なら、一般人は入れないようになっていますから……」


 しかし宿舎に入った後も、ルティーの家の方に押し掛けていた。困り果てた両親に、ルティーはひとつの案を出す。それは戸籍上の親子という関係を、絶つことだった。

 法律上、ルティーと縁を切ることで、莫大な慰謝料を払わずに済むようにしたというのだ。ルティーは未成年なので、慰謝料の支払い義務は二十歳になるまで免除される。なので、今のうちにお金を貯めておくつもりだと言った。そのことを相手の両親に誠心誠意伝えると、一応の了解は得られたらしい。それでもたまに、ルティーの両親に嫌味を言っているらしかったが。

 アリシアがルティーの身を案じると、王宮にも宿舎にも一般人は入れないので大丈夫とのことだった。


「ご両親とは会っていないの……?」

「いいえ、週末にこっそりと会いに来てくれています」


 アリシアが聞くと、ルティーは寂しそうに笑った。ルティーの両親も、仕方なしに法律上の縁を切っただけだろう。しかしそんなことになる前に、一言相談してほしかった。


「どうして黙っていたの? 暴発のことも……暴発があった時には、ちゃんと報告するようルーシエに言われてたでしょう? 暴発率を計算するために。どうして報告を怠ったの?」

「……申し訳ありません……」

「ルティー。理由を知りたいのよ」


 そう言うとルティーは首を竦め、アリシアから逃げるように視線を逸らす。


「ルティー」

「言えなかったんです! すみません……! 暴発なんて起こしてしまう水の魔法士は、アリシア様のおそばにいられないと……そう思って……!」


 ルティーの小さな体がさらに縮こまり、震えなから理由を話してくれた。

 確かに暴発率が十パーセントを超すようなら困りものだが、軍医からの報告もないようだし、その確率は一パーセントにも満たないだろう。


「あのね……魔法系の書を習得した者に、暴発はつきものなのよ。そんなことで、軍を追い出したりしないわ」

「でも私には……これしかないんです。剣を扱えるわけでもないし……水の魔法士としてしか、アリシア様のおそばにいられない……」


 アリシアは震えるルティーの肩に手を置いた。

 そばに仕えたいというその気持ちは嬉しい。そして軍のトップにいるアリシアのそばにいるためには、ある程度の実力が必要だという彼女の考えも正しいだろう。


(なにもしないでと言った理由はこれなのね……)


 アリシアは、ルティーの思いにようやく気付けた。

 ルティーは元の場所には戻れないのだ。彼女は言わないが、そんなに多くの者がルティーの家に訪れていたのなら、魔法力が切れて癒せなかった者もいるだろう。小さな反感を持っている者がどれだけいるかわからない。

 そしてルティーが家にいる限りそれは続き、両親と縁を切らぬ限り、その反感は両親へまでも向かってしまうのだ。

 ルティーの代わりに慰謝料を払うことはできても、それではなんの解決にもならない。また同じことが繰り返されるだけである。一番の解決方法は、ルティーの中の水の書を取り出して、元の生活に戻すことだ。

 しかしようやく見つけた水の魔法士を、ストレイアが手放すわけがない。そしてそんなことを独断で行えば、いくらアリシアでも立場が危うくなってしまう。

 だからルティーは、なにもしないでと言ったのだ。アリシアの立場を守るためだけに。それに気付いたアリシアは、悔しさで奥歯を噛み締めた。


(私のために……私を気遣って……)


 なにかしたくとも、なにもできない状況なのだとアリシアは思い知った。


「ルティー……あなたって子は、どれだけ………!」


 無力な自分が情けなくて、それでも彼女を守ってあげたくて。

 アリシアはルティーの頬にそっと手を置き、謝罪する。


「あなたにはつらい思いを……本当にごめんなさい……っ」

「アリシア様、そんな、もったいない……私はアリシア様のおそばにいたい、ただそれだけなんです」


 ルティーの人生を変えてしまった。

 この少女が生きるはずだった道を、大幅に。


「どうか、おそばにおいて下さいませ。私にはもう、アリシア様しか……」


 ルティーの瞳から、突如として涙が流れ出た。

 今のルティーには、誰もいない。両親も、学校の友人も。いきなり放り込まれた大人だらけの世界で、頼れる人はたった一人。そんなルティーを、アリシアが拒否できるはずもなかった。


「ルティー!」


 アリシアはルティーを強く抱き締める。

 頼ってくれたことが嬉しく、本音を吐き出してくれたことが嬉しかった。そして、ずっと我慢していたであろう涙を流してくれた。


「ずっと、私のそばにいなさい! あなたは私にとっても必要な存在よ。例え、その身に水の書がなくても……わかるわね?」

「アリシア様……!!」


 利害だけで己の存在意義を見い出すのは難しい。

 多くの者を、そのカリスマで虜にしてきたアリシアにはわかっていた。また一人、自分という存在を生きる指針にする者ができたのだと。

 しかしアリシアがここまで同情し、そして愛情を注ぐのは珍しかった。変わってしまったであろうルティーの幸せを、自分の手で守っていかなければという強い思いが、アリシアに決意させる。


「私のそばにいることを後悔させないわ。だから、ずっと付き人でいなさい。恐怖や悲しみから、あなたを守ってみせる」


 アリシアは、ルティーの目を見て言った。

 ルティーを孤独にさせないように。逆恨みによる恐怖が彼女を支配しないように。これからはルティーの笑顔がたくさん見られるように。その努力をすることを心に決めて、アリシアは笑う。

 そんなアリシアの男らしい姿を見たルティーは、するすると涙を流しながら頬を染めた。


「一生、ついていきます。アリシア様……」


 そう言ったルティーの顔もまた、微笑みを讃えていた。アリシアはそんな彼女の頭をよしよしと撫でる。


「いいね……仲」


 向かい側でジャンがミルクティーを飲みながら、ぼそりと呟いていた。

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