05.どっちなんだ?
翌朝、お宝を換金しようと家を出ると、フェルナンドに後ろから声を掛けられた。
「ロクロウ、ちょっと待ってくれ。ちょっとその……話がある」
「話……」
フェルナンドはいつもと違い、難しい顔をしている。昨夜、アリシアに手を出したとでも思っているのだろうか。言っておくが手を出されたのは俺の方だぞ、と心で反論しながらフェルナンドと対峙する。
フェルナンドは庭に設置されてある長椅子に腰掛け、促された雷神もそこに座った。
「ええっと、その、だなぁ。昨日、ロクロウはアリシアと……」
なにかが歯に挟まったようにモゴモゴと、この男らしくなく尋ねてくる。どうやらさすがに言いにくいらしい。いや、聞きたくないだけだろうか。早く事実を伝えてやらなければと、雷神は口を開いた。
「アリシアには手を出してない。安心してくれ」
「な、なにい!? ロクロウ、俺の可愛いアリシアに誘われて、無下に断ったのか!? なんって奴だ!! アリシアのどこが悪いんだ、言ってみろ!!」
「フェルナンド、アリシアに手を出してもよかったっていうのか?」
「そんなことをした男は、ぎったぎたに切り裂いてスープの出汁にしてやる!!」
どうすればよかったと言うのだろう。父親心は複雑なようである。とりあえずはスープの出汁にはされずにすみそうだと、雷神は少し笑った。それを見たフェルナンドがハッとしている。
「ロクロウ……」
「ん?」
「あ、いや……」
フェルナンドはいつもと同じように、雷神の頭をガシガシと撫でた。
「……痛い」
「わっはっはっは! わっはっはっはっは!」
「なにがそんなにおかしい?」
「これが笑わずにいられるか! わっはっはっはっは!!」
「……ッフ」
相変わらずよくわからぬことで笑う男だ。しかしそんな彼が、雷神は嫌いではない。
「で、話はそれだけか?」
「まぁな。アリシアがロクロウのことを好きみたいだってターシャが言うもんで、つい気になってなぁ」
「……え?」
フェルナンドの言葉に雷神は驚き、彼のガタイのいい体を見上げた。
「『え?』って……告白されたんだろ、アリシアに」
「まさか」
「ん? じゃあターシャの思い違いか?」
「さぁ」
(アリシアが、俺のことを)
そう思うとついにやけそうになって、雷神は慌てて口元を隠した。
「アリシアは男勝りだが、いい娘だぞ」
「あんたは俺とアリシアをくっつけたいのかそうじゃないのか、どっちなんだ?」
フェルナンドの意図が読めずに、雷神は直接問い掛けた。すると彼は、やはり難しい顔をしたまま雷神を見ている。
「フェルナンド?」
「正直、娘を応援したい気持ちが半分、したくない気持ちが半分だ」
「まぁ、あんたはアリシアを溺愛してるからな。複雑なんだろう?」
「いや、それもあるが、少し違う」
「じゃあなんだ」
雷神は、自分のような根暗な人間が相手では嫌なのだろうと思った。なにせ、死んだ魚のような目をしているのだ。この家族から見た雷神は。
「……俺は、本当は……娘じゃなく、息子が欲しかった」
「……」
フェルナンドのいきなりの告白に、雷神はなにも言えなかった。あれだけアリシアを溺愛しておきながら、おかしな話だと思う。
「この家は、武人の家系だ。優秀な将として名を残している者も多い。そしてこの家は、代々男が継いできた」
アリシアは一人っ子だ。男の兄弟などいない。欲しくてもできなかったのだということが察せられる。
「アリシアなら、いい将になれると思うが。問題ないだろう?」
「アリシアは、すべてを犠牲にしているんだ。優秀な将にならなければと、男に負けぬように、男のように、男以上に、男を目指してしまっている部分がある」
「ああ……そんな感じはするな」
「アリシアの努力は、並大抵のものじゃない。いずれは将になれるだろう。だが、すべての男をライバル視してきたアリシアは、恋愛に疎くてな。男の友人は多い方なんだが……ターシャも俺も心配していたんだ」
雷神はなんと言っていいかわからずに、フェルナンドの顔を見つめる。そのフェルナンドは眉を潜め、悲痛な面持ちで言った。
「嬉しい気持ちはあるんだ。アリシアが普通の女の子のように、お前に恋をしてくれて。……だがこの家の主としては、アリシアにはストレイアの将と結婚して、世継ぎを産んでほしいと思ってる」
そこまで聞いて、雷神は頷いた。彼の言いたいことがわかったのだ。
まるで男を目指すかのように成長したアリシア。自分の納得行く地位に上り詰めるまで、結婚など考えもしなさそうな娘が、フェルナンドには不安の種だったのだろう。
彼からすれば、アリシアがトップに上り詰めるより、早く結婚して世継ぎを産んでほしいに違いない。
だが残念ながら、アリシアが好きになった人物はストレイアの将ではなく、トレジャーハンターだった。
「別に、アリシアが望むんであれば、相手がストレイアの将じゃなくても構わないんだ」
「大丈夫だ、フェルナンド。俺はアリシアに手を出すつもりはない」
否定される前に、雷神は自らそう切り出した。
「やはり、お前はこの地に留まる気はない……そういうことだな」
「そうだ。それに、俺はアリシアにそういう感情は抱いてないからな」
自身の言葉なのに、胸に棘が刺さるのを感じる。
もう一年もすれば、この近辺の遺跡は調べ終えるだろう。そうすれば、この地に留まる意味はない。
フェルナンドが危惧しているのはそこだ。もしこの地にいると宣言するなら、フェルナンドも喜んで迎え入れてくれたに違いないだろう。
雷神は、この家に婿として迎え入れられる姿を想像して、首を振った。
コムリコッツの古代遺跡は世界各地に散らばっている。一生かかっても周りきれるかわからないのだ。コムリコッツの謎を、秘術を、すべてを知り尽くしたい。
そこまで考えて、雷神は自嘲した。友人を殺した秘術を、まだそこまで追い求めている自分に。いや、だからこそ雷神は、友人の死を無駄にしないためにこだわるのかもしれないが。
「心配しなくていい。俺はあと一年で出て行くことになるし、そうすればアリシアもそのうち職場恋愛でもするだろう。いずれはあんたの思い通りになるはずだ」
「来年のアシニアースにはいないのか。そう宣言されると寂しいなぁ。もうちょっと、ここにいる気はないのか?」
「フェルナンド、俺を追い出したいのかそうじゃないのか、どっちだ」
「いやー、はっはっは! もちろん、俺達の家族としていてくれる分には、一向に構わないんだがな!」
それは、アリシアの兄という立場として、家にいてほしいということだろう。
(家族──兄、か)
しかしアリシアが兄として見られないなら、雷神は邪魔な存在でしかない。深みにはまる前に、早くここを出た方がいいかもしれない。
雷神は、アリシアの微笑みとキスを思い返して、それを押し潰すように目を瞑った。
「……すまんな、ロクロウ」
フェルナンドから謝罪の言葉が紡がれ、雷神は口の端を吊り上げた。
「なにを謝る? アリシアやあんたたちがどんな考えを持っていようと、俺の行動は変わらない」
「……そうか。なら、いいんだ」
その後、フェルナンドは溜め息を吐きそうになったのか、豪快に笑っていた。
雷神は悲しい笑い声を聞きながら、本一冊分軽くなった荷物を持って、その場を離れた。