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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第一章 雷神編
5/88

05.どっちなんだ?

 翌朝、お宝を換金しようと家を出ると、フェルナンドに後ろから声を掛けられた。


「ロクロウ、ちょっと待ってくれ。ちょっとその……話がある」

「話……」


 フェルナンドはいつもと違い、難しい顔をしている。昨夜、アリシアに手を出したとでも思っているのだろうか。言っておくが手を出されたのは俺の方だぞ、と心で反論しながらフェルナンドと対峙する。

 フェルナンドは庭に設置されてある長椅子に腰掛け、促された雷神もそこに座った。


「ええっと、その、だなぁ。昨日、ロクロウはアリシアと……」


 なにかが歯に挟まったようにモゴモゴと、この男らしくなく尋ねてくる。どうやらさすがに言いにくいらしい。いや、聞きたくないだけだろうか。早く事実を伝えてやらなければと、雷神は口を開いた。


「アリシアには手を出してない。安心してくれ」

「な、なにい!? ロクロウ、俺の可愛いアリシアに誘われて、無下に断ったのか!? なんって奴だ!! アリシアのどこが悪いんだ、言ってみろ!!」

「フェルナンド、アリシアに手を出してもよかったっていうのか?」

「そんなことをした男は、ぎったぎたに切り裂いてスープの出汁にしてやる!!」


 どうすればよかったと言うのだろう。父親心は複雑なようである。とりあえずはスープの出汁にはされずにすみそうだと、雷神は少し笑った。それを見たフェルナンドがハッとしている。


「ロクロウ……」

「ん?」

「あ、いや……」


 フェルナンドはいつもと同じように、雷神の頭をガシガシと撫でた。


「……痛い」

「わっはっはっは! わっはっはっはっは!」

「なにがそんなにおかしい?」

「これが笑わずにいられるか! わっはっはっはっは!!」

「……ッフ」


 相変わらずよくわからぬことで笑う男だ。しかしそんな彼が、雷神は嫌いではない。


「で、話はそれだけか?」

「まぁな。アリシアがロクロウのことを好きみたいだってターシャが言うもんで、つい気になってなぁ」

「……え?」


 フェルナンドの言葉に雷神は驚き、彼のガタイのいい体を見上げた。


「『え?』って……告白されたんだろ、アリシアに」

「まさか」

「ん? じゃあターシャの思い違いか?」

「さぁ」


(アリシアが、俺のことを)


 そう思うとついにやけそうになって、雷神は慌てて口元を隠した。


「アリシアは男勝りだが、いい娘だぞ」

「あんたは俺とアリシアをくっつけたいのかそうじゃないのか、どっちなんだ?」


 フェルナンドの意図が読めずに、雷神は直接問い掛けた。すると彼は、やはり難しい顔をしたまま雷神を見ている。


「フェルナンド?」

「正直、娘を応援したい気持ちが半分、したくない気持ちが半分だ」

「まぁ、あんたはアリシアを溺愛してるからな。複雑なんだろう?」

「いや、それもあるが、少し違う」

「じゃあなんだ」


 雷神は、自分のような根暗な人間が相手では嫌なのだろうと思った。なにせ、死んだ魚のような目をしているのだ。この家族から見た雷神は。


「……俺は、本当は……娘じゃなく、息子が欲しかった」

「……」


 フェルナンドのいきなりの告白に、雷神はなにも言えなかった。あれだけアリシアを溺愛しておきながら、おかしな話だと思う。


「この家は、武人の家系だ。優秀な将として名を残している者も多い。そしてこの家は、代々男が継いできた」


 アリシアは一人っ子だ。男の兄弟などいない。欲しくてもできなかったのだということが察せられる。


「アリシアなら、いい将になれると思うが。問題ないだろう?」

「アリシアは、すべてを犠牲にしているんだ。優秀な将にならなければと、男に負けぬように、男のように、男以上に、男を目指してしまっている部分がある」

「ああ……そんな感じはするな」

「アリシアの努力は、並大抵のものじゃない。いずれは将になれるだろう。だが、すべての男をライバル視してきたアリシアは、恋愛に疎くてな。男の友人は多い方なんだが……ターシャも俺も心配していたんだ」


 雷神はなんと言っていいかわからずに、フェルナンドの顔を見つめる。そのフェルナンドは眉を潜め、悲痛な面持ちで言った。


「嬉しい気持ちはあるんだ。アリシアが普通の女の子のように、お前に恋をしてくれて。……だがこの家の主としては、アリシアにはストレイアの将と結婚して、世継ぎを産んでほしいと思ってる」


 そこまで聞いて、雷神は頷いた。彼の言いたいことがわかったのだ。

 まるで男を目指すかのように成長したアリシア。自分の納得行く地位に上り詰めるまで、結婚など考えもしなさそうな娘が、フェルナンドには不安の種だったのだろう。

 彼からすれば、アリシアがトップに上り詰めるより、早く結婚して世継ぎを産んでほしいに違いない。

 だが残念ながら、アリシアが好きになった人物はストレイアの将ではなく、トレジャーハンターだった。


「別に、アリシアが望むんであれば、相手がストレイアの将じゃなくても構わないんだ」

「大丈夫だ、フェルナンド。俺はアリシアに手を出すつもりはない」


 否定される前に、雷神は自らそう切り出した。


「やはり、お前はこの地に留まる気はない……そういうことだな」

「そうだ。それに、俺はアリシアにそういう感情は抱いてないからな」


 自身の言葉なのに、胸に棘が刺さるのを感じる。

 もう一年もすれば、この近辺の遺跡は調べ終えるだろう。そうすれば、この地に留まる意味はない。

 フェルナンドが危惧しているのはそこだ。もしこの地にいると宣言するなら、フェルナンドも喜んで迎え入れてくれたに違いないだろう。


 雷神は、この家に婿として迎え入れられる姿を想像して、首を振った。


 コムリコッツの古代遺跡は世界各地に散らばっている。一生かかっても周りきれるかわからないのだ。コムリコッツの謎を、秘術を、すべてを知り尽くしたい。

 そこまで考えて、雷神は自嘲した。友人を殺した秘術を、まだそこまで追い求めている自分に。いや、だからこそ雷神は、友人の死を無駄にしないためにこだわるのかもしれないが。


「心配しなくていい。俺はあと一年で出て行くことになるし、そうすればアリシアもそのうち職場恋愛でもするだろう。いずれはあんたの思い通りになるはずだ」

「来年のアシニアースにはいないのか。そう宣言されると寂しいなぁ。もうちょっと、ここにいる気はないのか?」

「フェルナンド、俺を追い出したいのかそうじゃないのか、どっちだ」

「いやー、はっはっは! もちろん、俺達の家族としていてくれる分には、一向に構わないんだがな!」


 それは、アリシアの兄という立場として、家にいてほしいということだろう。


(家族──兄、か)


 しかしアリシアが兄として見られないなら、雷神は邪魔な存在でしかない。深みにはまる前に、早くここを出た方がいいかもしれない。

 雷神は、アリシアの微笑みとキスを思い返して、それを押し潰すように目を瞑った。


「……すまんな、ロクロウ」


 フェルナンドから謝罪の言葉が紡がれ、雷神は口の端を吊り上げた。


「なにを謝る? アリシアやあんたたちがどんな考えを持っていようと、俺の行動は変わらない」

「……そうか。なら、いいんだ」


 その後、フェルナンドは溜め息を吐きそうになったのか、豪快に笑っていた。

 雷神は悲しい笑い声を聞きながら、本一冊分軽くなった荷物を持って、その場を離れた。

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あなたを忘れる方法を、私は知らない

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