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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第二章 アリシア編
41/88

30.悪い話じゃないはずよ

「筆頭大将自らが私を呼びにおいでとは、いかがなさったのですか?」


 アリシアの執務室に入ったトラヴァスは、訝しげに声を上げた。

 いつも誰かを呼ぶ時は部下に頼んでいたので、その疑問も当然だろう。


「今、私の直属の部下たちは忙しいのよね」

「ああ……ルナリア様の件でしょうか」

「そうよ。まぁ座ってちょうだい。紅茶でも淹れてあげるわ」

「アリシア筆頭にそんなことはさせられません。私が……」

「いいから座ってなさいな。それとも私の淹れるお茶が飲めないとでも?」

「いえ、そういうわけではありませんが……それでは失礼いたします」


 少し高圧的な態度は、これから交渉するための牽制でもある。

 大人しく応接セットのソファーに腰を下ろした姿を見て、アリシアは紅茶を淹れると彼の前に持っていった。


「どうぞ。お砂糖いる? それともジャムかしら?」

「いえ、そのままストレートでいただきます」


 そう言いながら、なにを警戒しているのか、トラヴァスは紅茶を飲むフリだけしてカップをソーサーに戻している。

 それに関しては追及せず、アリシアはいつものようにジャムを紅茶に溶かした。


「一応クッキーも出しておくわね」

「お構いなく」

「私が食べたいのよ。あなたは食べそうにないけど」


 チクリと責めるも、トラヴァスはなにも変わらぬ無表情のままだ。

 この青年をどう攻め落とそうかと、アリシアはクッキーをサクサク食べながら彼をじっと見つめた。まだ十九歳である彼は、その無表情と貫禄からか、三十歳くらいに見える。が、顔立ちはとても凛々しい。


「なんでしょうか、アリシア筆頭」

「あなたって無表情だけど、顔は整ってるわね。中々の男前よ!」

「はぁ……ありがとうございます」

「モテるでしょ?」

「根がクソ真面目なのでそんなには。まずまずです」

「ローズと付き合っているって聞いたけど?」

「はい」

「うまくいってるの?」

「それなりに」

「結婚しちゃいなさいな」

「時が来たらそうします」


 アリシアの問いにそつなく答えるも、その意図まではわからなかったようで不審がっているのが感じ取れた。


「筆頭は、そんなことを言うためにわざわざ私を呼んだのですか?」

「いいえ?」

「では、一体どんな話でしょうか」

「そうねぇ。あなたにとっては理不尽な話、でしょうね」


 アリシアがニッコリと答えると、トラヴァスの無表情は少し崩れて、眉を寄せている。そんな彼に、アリシアは半眼で薄く笑って見せた。


「トラヴァス。あなたは騎士であり続けるためには、なんでもするつもりがあるんでしょう?」

「それはどうでしょうか。私は軍学校では優秀だと言われ続けてきましたが、無表情でも心のある人間です。なにがきっかけで騎士を辞めるかはわかりません」

「あら、あなたはなにをしてでも騎士にしがみつくかと思っていたわ」


 不敵な視線を送るも、トラヴァスは相変わらずの冷めた目でこちらを見ているだけだ。トラヴァスはそれから少し間を空けてから、口を開いた。


「私は筆頭の気に触ることでもしてしまったのでしょうか」

「いいえぇ、まさか。どうしてそう思うの?」

「今のはまるで、騎士職を剥奪されたくないならば言うことを聞けという脅しに聞こえたものですから」

「あら、よくわかったわね。その通りよ」


 素直に驚いて見せると、さすがのトラヴァスも一瞬顔を歪ませた。アリシアとしては遠まわしに言ったつもりなのだが、この男には筒抜けだったらしい。

 逆に言えば、この男に対して周りくどい言い方は意味がないということだ。そっちの方がアリシアにとっては楽ではあるし、効果的だと方向性を変えることにした。


「私は筆頭大将だから、たかだか一騎士の進退くらい自由に決められるわ。少々理不尽な理由でも、でっち上げればどうにだってできちゃうのよね」

「……まさか、尊敬するアリシア筆頭大将までもがそのような考えをされるとは、思ってもおりませんでした」


 無表情の中にほんの少しの苛立ちを感じ取ったアリシアは、胸を痛ませた。もちろん普段は権力を振りかざすなど、したりはしない。


「トラヴァス。今、『筆頭大将までもが』って言ったわね?」


 アリシアの揚げ足を取った発言に、トラヴァスは口元をギュッと結んでいる。失言だったと思っているのだろう。


「確かに隊長や将もそれなりに権限はあるものね。まぁ筆頭大将()ほどではないけど。そうね、私以上というと……王族、かしら?」


 耳に入っているには違いないのに、なにも聞こえなかったとでも言うように紅茶を口元に寄せているトラヴァス。やはり飲んでいる様子はなかったが。


「ネタは上がってるのよね」


 アリシアはフウッと紅茶を冷まし、コクリとそのジャム入りを飲んだ。とろりとした感触が喉を潤してくれる。こういう交渉は得意ではないのだ。どうしたって喉が乾く。


「……ネタ?」

「ヒルデ様との蜜事よ。無理やりさせられているんでしょう?」

「なにをおっしゃっているのかわかりかねます」


 トラヴァスの反応は、見事なほどになかった。

 少しでも動揺してくれれば、つけ入る隙はあるというのに。


「信じてもらえないかもしれないけど、私はあなたの味方よ。絶対にトラヴァスを死なせたりはしないわ」

「先ほど筆頭は、私を脅すと発言していましたが。そんなあなたをどう信用しろと?」

「そうしなければいけないほど、私も切羽詰まっているのよ。話だけでも聞いてちょうだい。トラヴァスにとって、悪い話ではないはずよ」

「蜜事がどうという話は私にはわかりませんが、聞くだけというなら聞きましょう」


 話だけでもという言い方はまずかったかしらと思いつつ、アリシアは続けた。結局は知ってもらわなければいけないことだ。

 ただし情報の漏洩は首が飛ぶので、そこだけはうまく隠して誤魔化さなければいけない。


「ここから先は、あなたがヒルデ様に無理やり蜜事をさせられていると断定して話すわ」

仮定(・・)としての話なら、いくらでもどうぞ」


 このシラを切る態度をどうにかして崩したい。そう思いながらアリシアは話を進める。


「私の調査では、あなたの他にも二人、同じようなことをさせられていた騎士がいたわ。もう二人とも、騎士を辞めているけど」


 ジャンの話では、一人目がロメオという男、二人目がルードンという男だ。


「そうですか」

「その二人には、マックスが交渉中よ。ヒルデ様の浮気相手だと証言してもらうようにね」

「もしそれが事実だとしても、彼らが言うことはないでしょう。もう四代も前の王妃様の話ですが、関係を持った相手の男は斬首されていますし」

「そうね、現在でも恐らくは斬首となるでしょう」

「諦めた方がよろしいのでは?」

「もしも王族の特権によってあなたの命は保証されると言われれば、どうかしら?」


 そう言うと、トラヴァスは一瞬だけ意外そうに目を見開いた。


「王族の特権……いくつかありますが、この場合は罪人の保護ということですか」

「ええ」

「無理でしょう。過去にこれを行使した王族は少ない。罪人を保護するということは、民衆からの支持を落とすことと同意義。どのお方と約束を取り付ける気かは存じませんが、誰であってもその特権を行使する可能性はないに等しいものです」

「でももし、すでにその約束を取りつけていると言ったら?」


 実際に具体的にはまだなのだが。しかし望むことを叶えてやるという約束はしてくれているのだ。ヒルデを処刑できるような証拠を集められたなら、ではあるが。


「……どなたです」


 乗ってきた、とアリシアはすぐにその名を口にした。


「シウリス様よ」

「……」


 トラヴァスからの返事は、ない。

 しかし手を顎に持っていき、何事かを思案しているようだった。


「トラヴァスが証言してくれれば、シウリス様の特権によって命は守られるわ。そうすれば、ヒルデ様の不貞が明るみに出て裁かれることになる。投獄されれば、二度とヒルデ様があなたに手を出すこともなくなるでしょう。それは、トラヴァスにとっても悪い話じゃないはずよ」

「……確かに、もし私が王妃様の不貞の相手だと仮定すると、好条件のように思いますが」

「なにか問題でも?」

「特権を行使するとシウリス様の口から語られていないことが、信用ならないのではないでしょうか。書面は偽造しようと思えばできなくはないかもしれない。仮に私が王妃様の不貞の相手ならば、シウリス様の口から公言してもらわぬ限り、証言をすることはないでしょう」


 トラヴァスのその言葉を聞いて、アリシアは『よし』と拳を固めた。

 つまり今の言葉は、シウリスがトラヴァスの身の安全さえ保証してくれれば、証言はするという意味だ。

 トラヴァスだって、今の状態がいいとは思っていないはずである。食いついてくるとは思っていたが、予想以上の好感触にアリシアは笑みを見せた。


「どちらにしても、あなたがヒルデ様から解放される〝時〟は来るわ。しばらくは耐え忍びなさい」


 黒幕がヒルデであれば、そのまま処刑されてトラヴァスは解放される。黒幕でなくても、証言者がいればシウリスがヒルデを処刑にまで持っていくだろう。

 現在苦しめられているトラヴァスは、どちらにしても近々解放されるのだ。


「私はヒルデ様に迷惑を(こうむ)っている事実などはありませんが……」


 そう言ってトラヴァスは、ゴクリと紅茶を飲み干した。


「ありがとうございます、アリシア筆頭。とても美味しい紅茶でした」


 彼はお茶のお礼だけを言って、執務室を出ていった。

 その顔は無表情でも、どこか晴れやかに見えた気がした。


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