27.まさか、お二人がこんな関係だったなんて
トラヴァスのことを気にしながらも、なにもできずに過ごしていたある日のこと。
所用で文官の部屋に行った帰りに、ふと窓の外を見る。すると小さな女の子の姿が視界に入り、アリシアは立ち止まった。
ピンクのドレスを着たその子は、広い中庭の木陰に隠れるようにしていてアリシアは首を捻らせる。ここを出入りする女の子などルナリア以外にいないだろうが、護衛騎士をつけていないのが気にかかり、アリシアは中庭に向かった。
「ルナリア、今日はなにをして遊ぶ?」
「フリッツお兄様、私、この間のカードゲームがしたいです!」
「カードか、今日は持ち出すのを忘れたんだ。ごめんね」
そっと近くと、二人のそんな声が聞こえてきた。どうやらルナリアがフリッツと会っているだけのようだ。
(お二人は仲がいいものね)
こんな風にこそこそとしか会うことのできない二人を不憫に思い、アリシアは見なかったことにしようとその場を立ち去ろうとした。が、その時。
「ルナリア、好きだよ」
「フリッツお兄様、私も」
チュッという音が聞こえて思わず振り返る。
頬にキスしているのかと思ったが、違った。アリシアがかつて雷神と何度もしたことのある、恋人同士のそれだった。
二人が唇を重ね合わせている姿を見て、アリシアは思考を巡らせる。
(まさか、お二人がこんな関係だったなんて……どこまで進んでるのかしら。頭痛いわ)
見なかったことにして立ち去りたかったが、大人としてそれではいけない。
フリッツはまだ十三歳、ルナリアは十二歳である。
それでなくても、二人は近親者なのだ。フリッツの父親が、レイナルド王ならば、であるが。
「フリッツ様、ルナリア様」
仕方なく後ろから声をかけると、二人は可哀想なくらいビクッと体を跳ね上げた。
「アリシア……!!」
「み、見たの?!」
「見ました」
事実を告げ、まっすぐに見据える。フリッツとルナリアは、実に罰が悪そうに肩を縮めて視線を落としていた。
「お二方とも、わかっていますね?」
「お願い、アリシア! 誰にも言わないで!!」
ルナリアに涙目で訴えられる。誰にも言わないでと言われても、こちらには報告義務があるのだ。
アリシアだって言わずに済むならその方がよかった。ラウ派とリーン派の確執が深まるのは容易に想像がつく。ルーシエではないが、胃薬を飲みたい気分だ。
「そうして差し上げたいのは山々なのですが、立場上、報告しないわけには参りませんので」
内心、面倒なものを見てしまったと思いつつもそう告げると、フリッツがルナリアを守るように一歩出て声を上げた。
「僕たちを見逃してくれたら、トラヴァスを救ってあげるよ」
唐突のその言葉に、アリシアの耳がピクリと動く。
この少年王子は、己の母親がトラヴァスになにをしているか知っているとでもいうのだろうか。
「なんの話でしょうか?」
「知らないなら教えてあげる。母上は、いつもトラヴァスに自分を抱かせているんだ。これがバレたら、トラヴァスは斬首。わかるよね?」
その言葉は、おそらくは真実だろう。フリッツの部屋はヒルデの隣であるし、なにかしら勘付いていてもおかしくはない。
どうやらフリッツは、交渉という名の脅しをしてくるつもりのようである。これをどう躱すべきかと頭を働かせた。
「フリッツ様のおっしゃることが本当だという証拠はあるのでしょうか。私はトラヴァスに何度か聞き取りをしていますが、そういった事実はないと聞いています。ヒルデ様にお聞きしても、同じではないでしょうか。それともフリッツ様はその情事を目の前でご覧になったのですか?」
「それは……」
「仮にそれらが事実だとしても、トラヴァスの命ではなんの交渉材料にもなりません。それを公表すれば、ヒルデ様が裁かれるのはもちろん、フリッツ様……そして兄上であらせられますルトガー様にも影響が出るのですよ?」
もちろん、トラヴァスの命では交渉材料にならないというのは嘘だ。しかしあえてそう告げる。
おそらくフリッツは、王族の権限でもって、トラヴァスの命を保証するからルナリアとのことを黙っておけとでも言いたかったのだろうが。しかしそこはまだ十三歳。穴だらけの交渉だった。
アリシアへの交渉が不発に終わったフリッツは、悔しそうに口を歪ませている。しかしこの時アリシアは、王族の特権を駆使すれば確かにトラヴァスの命は守れることに気が付いた。もちろん王族ではないアリシアには、どうすることもできなかったが。
「申し訳ありませんが、このことはレイナルド様にご報告いたします」
おそらくは、監視がきつくなるだろう。二人きりでは二度と会わせてもらえないはずだ。
だがそれも仕方がない。間違いがあってからでは、困るのだから。
「フリッツお兄様とはもう、こうして会えなくなるの……?」
「ルナリア……ッ」
ポロポロと涙を流すルナリアを見て、胸が痛まないわけではない。
しかし仲の良い兄妹だと思っていたからこそ温かい目で見守っていたが、こうなってはしまっては別だ。
アリシアは二人をそれぞれの部屋に送っていった後、レイナルドに報告の文書を作成する。
今日は謁見の取りつけが不可能だったので、時間のある時に見てもらうしかない。
しかしこの報告が惨劇を呼ぶことになるとは、この時のアリシアには思いもしていなかった。




