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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第一章 雷神編
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02.今日は受け取ってもらうぞ

ブクマ9件、ありがとうございます!

 フェルナンドの家では、年末に皆で大掃除するのが恒例になっているらしい。

 実は、雷神は綺麗好きだ。雷神の生まれた地域では玄関で靴を脱ぎ、裸足か靴下、もしくは室内専用の履き物でしか家の中を歩いたりはしなかった。

 いつもは宿を取り、一年分を先払いして、部屋をとことん綺麗にする。そしてその部屋ではいつも裸足で過ごすのだ。

 だから、雷神はいつものように床を徹底的に掃除した。この家のすべての床を、顔が映るくらいピカピカに。

 雷神が這いつくばり、裸足で掃除しているものだから、アリシア達は恐縮していた。


「なにもそこまで磨かなくても、どうせ汚れちゃうわよ?」


 せっかくピカピカに磨いたところをアリシアの土足で汚され、雷神は手で避けるようにと指示を出す。それを見たアリシアは横に飛び退いてくれ、雷神は汚れた部分を拭き上げた。そしてまた、現在立っているところを避けろと促す。


「ちょっと、これじゃあキリがないんじゃないのかしら!?」


 あきれたようなアリシアの言い分に大きな笑い声を上げたのは、家の主であるフェルナンドだ。


「はっはっは! これだけ綺麗にしてくれたんだ、汚すのはもったいない! 俺達も裸足になるか!」


 そう言ってフェルナンドは豪快に靴を脱ぐ。それを見て慌てたのはアリシアだった。


「父さん!? この時期に裸足だなんて、風邪引いちゃうわよ!」

「靴下を二枚重ねれば、ほぉら、あったかいわよ」


 ターシャも靴を脱いで、靴下を重ね履きしていた。それを見て、アリシアも仕方無いというように靴を脱ぎ始める。


「まぁ……これも健康的でいいかもしれないわね! 父さんの水虫が治るかもしれないわ!」

「あ、こらアリシア! 水虫をバラすな!」


 あはは、とアリシアが笑い、うふふとターシャが笑い、最後にはわっはっはとフェルナンドも笑った。まったく、底ぬけに明るい家族である。


(というか、水虫の男の靴を俺に履かせたのか……移ってないだろうな)


 溜め息をつきそうになり、下手な笑顔で誤魔化した。

 結局玄関には雷神の提案でマットが敷かれ、そこで靴を脱ぐようにと取り決めがされた。最初は面倒だとボヤいていた彼らだったが、靴を脱いだ開放感が病みつきになったのだろう。軍学校に通うアリシアの冬季休暇が終わる頃には、すっかりその習慣が固定されていた。


 雷神の、フェルナンドの家で過ごす生活は快適だった。アリシアは軍学校の宿舎に戻ってしまったが、フェルナンドとターシャはまるで息子のように扱ってくれる。この時、雷神は二十二歳であったので、実際に二人の息子でもおかしくない年齢だったのもあるだろう。

 雷神は遺跡探査で家に戻らぬ日もあったが、自由にすればいいと拘束されることはなかった。

 おはようとおやすみの時にされる、フェルナンドの乱暴な頭の撫で方、それにターシャからのハグや頬にされるキスだけは慣れなかったが。


 やがて春になり、アリシアは十八歳で軍学校を卒隊した。彼女が正騎士になって家に戻ってくると、より一層家は賑やかになる。フェルナンドもターシャも明るい人物だが、アリシアには華があるのだ。彼女がいるだけで家が明るくなり、フェルナンドの笑い声もさらに大きくなる。

 不思議な人物だな、と雷神は思った。

 彼女がいるだけで、なぜか心がほっこりとする。どんな罪も、彼女なら許してくれそうな錯覚さえ覚える。そんな、存在だった。



  ***



 雷神がフェルナンドの家に住み着いてから、半年が経過した。

 この近辺の遺跡は複雑で、探査はおもったよりも時間が掛かりそうだ。

 半年も過ごしていると、この王都ラルシアルにもすっかり慣れた。遺跡帰りには毎回寄る場所もある。


「ねぇ、もしかして孤児院に支援してるのって、ロクロウ!?」


 ある日、雷神はアリシアにいきなりそう問い詰められた。

 彼女の息が頬に当たるくらい近寄られてしまった雷神は、彼女を払いのけながら、特に隠す必要もないので首肯してみせる。

 するとアリシアは「やっぱり!」と飛び上がるような勢いで喜び、うんうんと首がもげそうなほど顔を上下に動かした。


「背格好を聞いて、そうじゃないかと思ったのよ。どうして黙ってたの?」

「別にわざわざ知らせるほどのことじゃないだろう」

「今度の休みに、一緒に行ってくれない? 前からボランティアに興味があったんだけど、ああいうところってどういう顔で行っていいかわからないのよね」

「別にあんたは、いつもの飛び抜けて明るい顔で行けばいい」

「あら、私って明るいのかしら?」

「自覚がないのか……」


 アリシアは、いつもと変わらぬ笑顔で笑っていた。



 次のアリシアの非番の日、雷神は彼女と共に孤児院へと赴いた。着くと同時に何人かの子どもが駆け寄ってくる。


「ろくろーだぁ!」

「今日はなにくれるのー?」


 雷神は服の必要な子には服を与え、靴の必要な子には靴を与えた。前回に来た時になにが必要なのか、見極めるのだ。絵を描くのが好きな子には絵の具を。勉強が好きな子には本を。


「ミダ、絵の具セットだ。シュゼット、人形でよかったか」


 そう一人一人に声を掛けては渡している。


「寄付という形で院にお金を渡したりはしないの?」

「しない。俺がこの地にいるのは長くとも三年だ。寄付を一生できるならともかく、頼りにされても困るからな。子どもらにも、特別高いものは渡さない」


 そう言って、雷神は最後に残った少年に声をかけた。


「おい、ジャン」


 ジャンという名の少年は、気だるそうに振り返る。まだ六歳の少年がする顔ではない。


「ロクロウか……なに」

「今日は受け取ってもらうぞ。……これだ」


 そう言って雷神は一本の短剣をジャンの目の前に出して見せた。アリシアの目が丸くなる。子どもになんというものを渡すのか、という顔だ。

 しかしジャンは、気だるそうな表情から一転、力のこもった目でそれを受け取った。


「俺の短剣を見ていただろう。俺のはやれないが、これもそれなりのもんだ。古代遺跡から発掘した、魔力の込められた短剣だからな」


 ジャンはその説明を聞き、短剣を鞘から抜いた。その鋭さに心を奪われたかのように、ジャンは短剣に見入っている。古代遺跡から発掘される剣は、基本的に切れ味の変わらない、不思議な力が備わっているものが多い。

 装飾は豪奢ではないが、刃の煌めきは宝石の何倍にも勝るものだ。


「斬りかかってこい、ジャン」


 その言葉に、ジャンは躊躇いもなく雷神に向かって斬りかかってきた。この思い切りのよさがいい。雷神は少年の刃を己の短剣で軽く受け流す。


「いいぞ。どんどんこい!」


 少年は息を切らせながら、一心不乱に短剣を振るった。それをすべて受け止め、雷神はジャンの心に応える。ようやくこの少年も一歩前進できた、と心で笑って。


 やがてジャンが動き疲れた時、雷神は己の短剣をしまった。そして肩で息をするジャンに向かって問いかける。「楽しかったか」と。


「……別に」


 少年はそう言って短剣を鞘に納めた。どこか高圧的で、人を見下したかのようなジャンの発言。この少年が誤解を受けるのはこういう態度からだろう、ということを雷神は察する。


「またやろう。ただしその短剣を俺以外には向けるなよ」

「わかってるよ」


 ジャンは面倒そうにプイと横を向いてどこかに行ってしまった。アリシアはなんとも言えぬ顔で腕組みをしている。


「……あんた、そんな顔もできるんだな」

「あら、変な顔も素敵でしょ?」

「なにか言いたいことがあるんだろう。さっさと言え」

「それじゃあ遠慮なく言っちゃいましょうか」


 アリシアはスッと息を吸い込むと、怒涛のように質問を被せてきた。


「あんな小さな子に短剣を持たせるなんて、危険過ぎない? 特別高いものは与えないって言ってなかった? 斬りかかってこいなんて、一歩間違えば二人とも怪我をするのよ? あの子はどういう生い立ちなの? どうして特別扱いしてるのかしら?」


 思った以上の質問を浴びせかけられて、雷神は少し困惑しながらもひとつひとつ答えていく。


「俺は昔、四つのガキに脇差を持たせて剣を教えたことがある。大丈夫だ、ガキはガキなりにわかってる、心配ない。あの剣は売れば高いが、遺跡で拾ったもんだ。金を出して買ったわけじゃない」


 わざわざ買って与える分には高価な物を買うつもりはないが、拾った物をあげるには問題ないつもりだ。それがアリシアに伝わっているかは怪しいが。


「それに俺は強いから、あんなガキの攻撃で怪我をすることもさせることもあり得ない。あとは……あいつの生い立ちだったな。そんなのは知らん、本人に聞け。俺には関係ない。えーと、それから……」

「あの子を特別扱いする理由よ」

「別に特別扱いしてるつもりはないんだがな」

「じゃあどういう意図であの短剣を渡したの?」


 その質問に、雷神は一拍置いて答えた。


「あいつ、子どもなのに大人みたいな目をしてたろ」

「……ええ、そうね」


 雷神は去って行ったジャンの深い緑色の瞳を思い返す。達観した目。周りを蔑むような目。人を見下すような目。物憂げな目。

 さらには雷神と同じ漆黒の髪が、周りのすべてを拒絶しているように感じられた。


「なにか夢中になれるものを探してやりたかった。それがあいつにとっては短剣だったってだけだ」

「そうなのね」

「見てろ。あいつは今に変わるぞ。なにかを見つけられた奴ってのは、必ず変わる」

「そう。あなたも見つけられるといいわね、ロクロウ」


 アリシアがあまりに自然に言ったので、雷神はそれに反応することができなかった。

 ただ緑眼の美女は、金色の髪をなびかせながら雷神に微笑みかけていた。

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