表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第二章 アリシア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/88

05.嬉しくないと言えば、嘘になるのよ

 ジャンはストレイア軍に入り、筆頭大将であるアリシアの直属の部下となり──そしてそれから、三年の月日が流れた。


 彼とは上司と部下という関係だが、プライベートでは姉と弟のような存在である。

 ジャン、マックス、ルーシエ、フラッシュという若くも優秀な部下たちに恵まれ、アリシアは忙しい毎日を過ごしていた。


 ある休日、アリシアはジャンとともに家にいた。休みが重なった日は、なんとなく一緒に過ごすようになっているのだ。彼は当たり前のようにアリシアの前でミルクティーを飲み、寛いでいる。


「アンナはまだ学校か。もう幼年学校の四年だったか?」

「そうよ。この間十歳になったわ」

「早いな。ロクロウがいなくなって十一年か」

「そんなになるのね。昨日のことのように思い出せるけど」


 アリシアは雷神の姿を思い浮かべる。出ていった時のままの、雷神の若い姿を。彼は童顔だったので、今も変わらず若く見えるかもしれないと想像しながら。


「生きてるかな、ロクロウ」

「生きてるに決まってるわよ」

「そろそろ戻ってくればいいのに」


 ジャンはたまに雷神の話を持ち出す。雷神のことを話せる人間が他にいないからだろう。ジャンは雷神に懐いていないフリをしていたが、やはり彼の安否は気になるらしい。


「……あのね、ジャン」


 そうやって雷神を気にかけるジャンに、アリシアは今まで言わなかったことを伝える決意をした。

 真剣な表情のアリシアを見て、ジャンはミルクティーをソーサーに戻している。


「なに、筆頭」

「ロクロウだけど……もうここには帰ってこないわ」


 ここはもう『拠点』ではない。アリシアは今まで、ジャンにこの話をしていなかった。雷神の帰りを待つ少年の気持ちを、踏みにじるような事実は。しかし、ジャンもすでに二十二歳である。もう子どもではない。


「もう来ない? そう言ってロクロウは出てったわけじゃないだろ」

「そうだけど、ロクロウの性格を考えればわかるでしょう。すべての遺跡を踏破しないと、満足するわけがないもの」

「じゃあ踏破し終わったら、戻ってくるってことだ」


 ジャンの言葉に、アリシアはまっすぐ彼を見る。そして「確かに」と納得して頷いた。今まで考えもしていなかった未来が急に開け、アリシアの目は自然と大きくなった。


「いつ、帰ってくるかしら!?」

「変わり身早いよ、アリシア筆頭」

「遺跡は無限のようにあると思ってたけど、いつかは終わりがくるわよね!」

「まぁ簡単には踏破できないだろうから……せいぜい長生きしなよ」

「ええ、ロクロウが帰ってくるまで死ねないわ!」

「戦場では俺が守るけどね。甘い物、食べ過ぎ」


 ジャンはお茶請けに出していた、クッキーやチョコやジャムを指差す。それを毎回一人で全部食べるアリシアを見て、あきれているのだ。


「そ、そうね……控えるわ。……ちょっとだけ」


 最後の『ちょっとだけ』を、小さな声で呟く。聞こえているのかいないのか、ジャンは相変わらず色気のたっぷり含んだ目を流してくる。その視線から、アリシアは逃げるように顔を逸らした。


「わ、わかってるわよ。今日はもうやめるわ」

「それがいいね」


 アリシアは手に取っていたクッキーを元に戻し、溜め息を吐きそうになっていつものように微笑む。長生きすれば、本当に雷神に再会できるような気がして。幸せの神様が、引き合わせてくれると信じて。


「まぁ、我慢できなくなったらいつでも言って」

「え? お菓子を食べさせてくれるの?」

「いや、そうじゃない」


 ジャンは微笑む。悪魔が笑うと、こんな笑みではないだろうかと思わせる笑みを。それは、色気と悪戯が入り混じった、ジャン特有の表情だ。そんな笑みと妖しい視線を送りながら、ジャンはさらりと当然のように言った。


「ロクロウの代わりなら、いつでも相手になるよ」

「……ジャン……」


 アリシアはジャンの言葉を受けて、溜め息をつきかけてしかし飲み込み、少し困って微笑む。どう言おうか、と少し迷ったが、結局アリシアは自分の心に素直に言葉を紡いだ。


「その気持ちが嬉しくないと言えば、嘘になるのよ。私を女扱いしてくれる人なんて、今はあなただけだもの。でも、私はロクロウ以外の人とそんな関係になるつもりはないわ」

「そう言えるってことは、我慢できてるからだ。言ったろ。我慢できなくなったらって。今は、頭の片隅に置いておくだけでいいんだよ」


 フッとジャンらしい笑みを向けられ、アリシアは言葉を詰まらせた。先ほどジャンに伝えたアリシアの言葉に嘘はない。アリシアは、雷神以外の人となんて考えられないのだ。この先一生、誰かと付き合うことも、ましてや結婚することもないだろう。一生独身、決定である。


(一生、一人……)


 もしも雷神が帰ってこなかったら、と思うとゾッとした。つい先ほどまで雷神は帰ってこないものとして考えていたというのに、もしかしてという希望を見出してしまうと、急に一人が怖くなった。

 アリシアは視線を泳がせ、そして最終的にジャンの瞳に辿り着く。妖しくも優しい瞳が、こちらを見据えていた。アリシアの瞳よりも深い緑のその瞳。それを見ると、親近感と安心感を抱く自分がいることに気付く。

 ジャンの言う通りだ。確かに今はいい。けど将来、寂しさに耐えかねる時が来るかもしれない。


「ジャンの言葉……いつまで有効かしら」


 それを聞いて、ジャンはまた笑った。今度は若干、楽しそうに。


「俺が死ぬまで有効だよ」

「ありがとう。心の端に留めておくわ」

「ん……そうしておいて」


 ジャンの気持ちが胸に沁みた。なにかを伝えたい気持ちはあったが、上手く言葉にならない。そんな風に戸惑うアリシアを、ジャンはどこか嬉しそうに見つめていた。


「ただいまぁ」


 ジャンの瞳を見つめていると、玄関からアンナの声が飛び込んできた。学校を終えて戻ってきたのだ。


「おかえりなさい、アンナ」

「ただいま、お母さん。ジャン、来てたのね。いらっしゃい」

「ああ、お帰り。今日もシウリス様のところに行くのか?」


 アンナはよく、シウリスのいる王妃の生家に遊びに行く。シウリスに呼び出されるため行かなくてはならないのだが、アンナ自身も嬉しそうに通っていた。


「ううん。シウリス様は明日からしばらく王都(ラルシアル)を出るから、今日は忙しくて無理だって」


 アンナの言葉に、確かに予定ではそうなっていたとアリシアは頷いた。

 第一王妃のマーディア・リーン・バルフォアと、第一王女で現在十五歳のラファエラ・リーン・バルフォア、そして第ニ王子のシウリス・リーン・バルフォアの三人が公務に出るのだ。

 王妃のマーディアは、シウリスの後でもう一人、第二王女となるルナリア・リーン・バルフォアを出産している。まだルナリアは五歳のため、公務には同行しないが。


「シウリス様は王妃様に付いてご公務をされるそうね」

「まだ十歳で公務とは、王族は大変だな。俺にはできそうにないね」

「あっはは、私もよ!」


 先ほどまでの雰囲気が消え、アリシアはホッとしたような、少し残念なような気持ちで笑った。


「私、暇だから勉強してくるわ。お菓子もらっていい?」

「ええ、いいけどあまり食べ過ぎちゃ駄目よ! 長生きしなきゃいけないんだから」

「……お母さん、いきなりどうしたの?」


 アンナは首を傾げながらもクッキーをお皿に取り分け、自分の部屋に戻っていった。


「……危なかった。言っちゃうところだったわ。ロクロウがいつか戻ってくるかもしれない、って」

「言ってもよかったんじゃ?」

「変に期待させない方がいいもの。さて、晩御飯食べていくでしょ? 手伝ってちょうだい」


 アリシアがそう言うとジャンは立ち上がり、差し出したジャガイモを文句もなく剥き始めた。

 当たり前のように隣にいるそんなジャンの姿を、アリシアはジッと見つめる。その視線に気付いたジャンが、そっと目を細めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
[良い点] たくさん感想書いてごめんなさい! でも伝えたい気持ちがあるときに! ジャン、いい男になったーーーー!!!! この回、ドッキュン回です! 何回も何回もドキドキしました、やべい、やべいよー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ