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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第二章 アリシア編
12/88

01.良かった

挿絵(By みてみん)

表紙/楠 結衣さん

 アリシアが家に帰ったのは、いつもより少しだけ早い時間だった。本来なら雷神が料理をしている時間帯に家の中に踏み入れる。

 台所には誰の姿もなく、アリシアはまっすぐ雷神の部屋に向かった。そしてその部屋にも誰の姿もないことを確認して、今度は両親の部屋に向かう。そこにあったはずのノートは消えていて、アリシアはしばらく空っぽの本棚をじっと見つめていた。

『拠点』の証であったノートがない、ということ。それは、二度とここには戻らない、という意味。


「……そう」


 誰もいない部屋で、アリシアは一人零した。


「元気になったのね、ロクロウ。……よかった」


 雷神のいなくなった家で、しかしアリシアはにっこりと口角を上げて微笑んだ。



 アリシアが雷神と出会ったのは、今から五年前。

 雷神が家の壁に頭をぶつけていたのがきっかけだ。


 当時の雷神の顔は、絶望で塗り潰されたかのように酷かった。このままこの人を放っておいてはいけない、と思ったほどだ。今にも死にそうな……いや、目はもう完全に死んでいた。そんな雷神をアリシアと両親は家に置くことにした。せめて元気になるまでは、と。

 最初は恋心などひとつもなかったアリシアだが、孤児院に通う彼を見て、ほんの少し心が動いた。特にジャンという少年と接する姿は、少なくともアリシアの目には慈愛の行動に映ったのだ。

 そして彼は、幸せの神様の話をすると一見馬鹿にしたようにしていたが、溜め息をつきそうになると決まって笑顔を作り出そうとしてくれていた。

 雷神が神様の存在を信じてくれていたのかはわからない。けれどもアリシアは、笑おうと努力してくれている姿が好きだった。

 そんなちょっとしたことで、アリシアはどんどん雷神に惹かれていった。そしていつかはその死んだ目を生き返らせてあげたい、と思うようになっていた。


 アリシアの家で過ごすうちに、雷神は少しずつ……ほんの少しずつではあったが、元気を取り戻しているように見えた。しかしそんな折、事件が起こる。学校の火事で、アリシアの両親が死んだのだ。

 アリシアは愕然とした。しかしさらにアリシアの心を落ち込ませたのは、雷神の目だった。彼の目が戻っていた。出会った頃の、酷い瞳に。

 瞬時にアリシアは、自分は泣いてはいけないと思った。雷神の瞳を悪化させてしまいそうな気がして。これ以上酷くなると、雷神が本当に死んでしまいそうな気がして。

 アリシアは、自分が元気にならなければ雷神も元気になれない、と信じて疑わなかった。結局は雷神と共に泣くことで、二人とも癒され、絆を深めることになったのだが。


 こうしてアリシアは、ますます雷神のことが好きになっていった。しかしそれと同時に不安も募らせる。

 雷神はフェルナンドとターシャの葬儀の後、家に帰ってこなかったことがあった。その時の不安は筆舌に尽くしがたい。両親を失い、雷神までも失いたくなかった。

 アリシアのそんな気持ちを慮ってくれていたのだろうか。雷神はその日から、アリシアが帰るまでに戻って待ってくれていた。温かい料理を作って。


 嬉しかった──けど、不安だった。


 この優しさはいつまで続くのだろうかと。雷神はここに来た時に言っていた。数年で出ていくだろうと。

 まだ遺跡探査は続くのだろうか。それとももう終わってしまっているのだろうか。

 雷神の瞳が、日に日に光を失っているのがわかったある日、アリシアはジャンに尋ねてみた。「ロクロウが元気のない理由はわかる?」と。少年は「暇だからじゃない」と答えてくれた。聞くと、最近は毎日のように院に現れているのだとか。

 それを聞いた瞬間、アリシアは確信した。雷神はすでに、近辺の遺跡を踏破していると。自分のせいで、雷神の瞳の力を失わせているのだと。

 雷神がいつ出ていくかわからぬ生活を送るより、アリシアは遠出を促すことにした。その方が、戻ってきてくれる可能性が高いと信じて。そしてそれは上手くいったのだ。アリシアは雷神と結ばれ、幸せな日々を過ごした。


 だがアリシアは、雷神が結婚をしてくれるとは思っていなかった。漠然とわかっていたのだ。ここから数ヶ月程度で帰ってこられるような遺跡も、いつか雷神は踏破してしまうだろう。

 そうなったとき、彼の取る選択は二つに一つだ。


 トレジャーハンターを廃業し、アリシアとともに暮らすか。


 まだ見ぬ遺跡を目指し、アリシアと別れるか。


 雷神はきっと、遺跡を取る。アリシアはそう思った。そして、それでいいと思った。

 もちろん、自分と一緒にいることを選択してくれれば、これほど嬉しいことはない。だがその可能性は低いと、アリシアは思っていたのだ。


 だから、信じられなかった。


 雷神が、結婚を仄めかしたことが。


 自分を選んでくれたことが。


 幸せの絶頂にいたアリシアは、翌朝の新聞を見て泣きそうになる。そしてそれと同時に冷静さも取り戻した。

 もしこのまま結婚して、どこの遺跡にも行かなくなれば。また雷神は、出会った頃の目に戻ってしまうかもしれない、と。

 アリシアは、雷神がどれだけコムリコッツにかけているか知っている。それを奪うなどしたくはなかった。


 その日、アリシアは「行ってらっしゃい」の言葉とともに家を出ることとなる。

 外に出たところで息を吐きそうになり、ニッコリといつものように笑った。


 帰ってきて雷神がいなければ、新たな遺跡を目指したということだろう。

 それは、彼の新しい旅立ちだ。そして雷神が、生きる力を……生き甲斐を取り戻したということでもある。

 それは悲しむことではなく、喜ぶべきことなのだ。


 だから、アリシアは誰もいなくなった家で微笑んでいた。

 愛する者が、生き生きと生きる、その姿を思い浮かべて。

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