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遠く及ばない。彼らには、まだ

 結局、日向舞も瑞鳳も普通に神社の前で待っていた。長い階段を登らせ、降りたと思ったらまた登らされた金剛さんとりんちゃんは疲れて座り込んでいる。


「いやぁ、ごめんごめん。どうだった? 怖かった?」


 それらに笑顔で向かう霧島。もはや呆れすぎて何を言えば良いのか分からない。


「やってくれたな?」


 瑞鳳に向かって言うと、彼女は笑いながらピースをしてくる。ただ、なんとなくその笑いには無理があったような気がして……。


「お前もな?」


 日向舞を見やれば。


「あー……、ごめん」


 と力ない笑い。罪悪感でもあったのだろうか。二人とも『してやったり!』という雰囲気ではない。


「肝試しって言うより……ただ階段の登り降りじゃん」

「疲れた……はやく休みたい」


 りんちゃんと金剛さんは、深いため息を吐き出す。


「じゃあ、戻りましょうか」


 そうして階段を降り始める一同。ブツブツと文句を垂れるりんちゃんと金剛さん、そして軽々しく謝っている霧島。日向舞は無言で階段を降りて、瑞鳳はそれを見ていた。


「戻るぞ」


 そう声を掛けて、初めて瑞鳳は我に返った。そして、彼女もまた階段を降り始める。


 これまで彼女は、日向舞にべったりだった。ここに来るまでも、階段を上がる時も日向舞に寄り添っていた。


 だが、ここにきて急にそれがなくなってしまう。


「……なるほど」


 自然と出てしまった呟き。きっと、二人の間に何か在ったのだろうと察することができた。そして、その様子はひどく俺とりんちゃん、金剛さんとの距離感に似ている。



 つまり、瑞鳳は日向舞に分かりやすく拒絶された可能性が高い。



 それは、あまりにも分かりやすい空気感。そして、どうすることも出来ない無力感だけが立ち込めていた。


 そして、それらはあくまでも俺の憶測に過ぎない。


 だから、見てみぬフリをするのが一番なのだろう。気付かぬフリをして、知らないフリをして、関係ない立ち位置であり続けることが一番なのだろう。


 瑞鳳が、もう日向舞にくっ付くことはなかった。


 そして、帰りも別荘に戻ってからも、それらは続く。ただ、気まずくなった距離があったように、多少近づいた距離もあったようだ。金剛さんはりんちゃんと少しずつ会話をしていたし、俺は霧島の笑みに疑念を抱くことが少なくなった。


 それらはまるで、何かしらの関係を代償にして得た新たな関係性にも思え、不思議な感覚ではある。


 夕食は日向舞の宣言通りバーベキュー。しかも、庭でセットを組み立てるという労働付き。無論、それを担ったのは俺と霧島。それはつつがなく淡々と行われ、俺と霧島はずっと火の番をさせられ、曖昧な関係は立ち上る煙のようにユラユラと揺らめいて。


「――花火でもどう?」


 なんて霧島が花火セットを持ってきたが、それをする元気は皆にはなかった。霧島が少し落ち込んでいた。


 そうして、各々が寝室で休む。明日は昼頃に迎えが来るらしい。たぶん、みんなそれまで起きないかもしれない。一日でいろんなことを消化しすぎたのだ。


 俺は、ベッドに横たわり少しだけ考えてみる。この二日間のこと、そして行きで苦言された『資格』についての話。


 あの人は、どうして俺にそんなことを言ったのだろうか。それは、果たして言う必要があったのだろうか。


 そんなことばかりを考えていると、だんだんと目が冴えてくる。体は疲れているはずなのに、頭だけが活発になっていた。こうなってくると、もはやどうしようもない。


 無理やり寝返りをうって、なんとか寝れないかと努力してみるが、動けば動くほどに寝苦しくなってしまい、最後には諦めて起き上がった。


 そうして、ふと窓の外を見たとき、月明かりの中を歩く人影を見つけてしまう。


 日向舞だった。


 それを追ってしまったのは、きっと彼女を心配したからなのだろう。余計なお節介……そう分かっていても、見てしまったからには放ってはおけない。今回の合宿では、彼女の決めていたルールに『一人にならない』というものがあったが、それを自分の言い訳にするつもりもなかった。


 彼女はそのまま海辺まで歩き、波の届かぬ砂地で座る。俺は、そんな彼女に気付かれぬ場所に腰をおろす。


 どれくらいの時間が経ったのか知れないが、わりと長くそうしていた気がする。


 等間隔に聞こえてくるの波の音。時折どこかで鳴く鳥の声。シンと積もる月光は虫のようにちらついて、ただ空気中を漂った。


 砂を掴んでサラサラと落とす。乾いているのにヒンヤリと冷たい。流れる雲は何度も月を隠した。ただ、降り注いだ月光が霧散してしまう前に、再び月は姿を現す。


 どうしようもなく時は刻まれていく。同じ光景を少しずつ変化させ、元に戻ってはまた変化しようとする。

 

 その中を、俺は息だけして潜んだ。


 日向舞は微動だにしなかった。


 何があるわけでもないのに、何か得体の知れぬ何かが、ゆっくりと通りすぎていく。


 それはきっと、俺が作り出した幻想に過ぎないのだろう。


 そうしていると、ずっと前からそうしていたような気になってくる。三十分だろうか……それとも一時間は経ったのだろうか。


 果たして、このまま夜が明けてしまうのではないだろうか。


 馬鹿な(ふけ)りに終止符を打つように立ち上がる。掛ける言葉なんてないくせに、話すことなどないくせに、不用意に……俺は日向舞の元へと歩いていく。


 何故か、そうしなければならない気がした。それは妄想。彼女がそれを望んでいるような気がして、きっと……それも妄想なのだ。


 それでも、俺は無防備に彼女の側まで歩いていく。何も考えてはいない。何も思うことはない。


 ただ、引き寄せられるように俺はそこに立った。


「……天津くん」


 それに驚いた日向舞。取り敢えず「よう」とだけ返しておく。


「何? 散歩?」

「そんなもんだ。寝られなくてな」

「一人で夜歩きは危ないわよ。何かあったらどうするのよ」

「それ、お前にも当てはまるの分かってるよな?」

「さぁね……」


 そして沈黙が続いた。ただ、その沈黙は重苦しくはなかった。きっと波のお陰だろう。波の音がこの沈黙を埋めてくれた。張り巡らせた考えと、言いかけた言葉を拐ってくれた。


 それでも、少しずつ溜まっていく暗雲めいた空気だけはどうしようもなく残されてしまい、やがて日向舞が口を開く。


「――失敗したなぁ。こんなつもりじゃなかったのに」


 独り言にしてはやけに大きい。だから、それは俺に掛けられた言葉。


「予想は出来ただろ。むしろ、成功だと思うが?」

「だって……天津くんはどちらも選ばなかったじゃない。私は選ばれなかった方を慰める役だったのよ?」

「俺がどちらかを選ぶと思ったのか?」

「思ってた。天津くん優しいから……どちらかには応えるんだと思ってた」

「心外だな。俺は誰かに優しくした覚えはない」

「……嘘つき」


 そうやって、また沈黙が続いてしまう。俺は笑ってしまう程に何も言えないでいた。ほんと、俺は何しにここにいるのか。


「――こんな時、男ならロマンチックな事を言うものじゃないの?」

「ロマン、ねぇ……。俺は残酷なリアルしか見てこなかったんでな。リアルな事しか言えないんだ」


 そうして俺は夜空を見上げた。


「……こうして肉眼で見える星の光は、何千年も前のものなんだ。もしかしたら、今見てるあの星々ってのは、今この瞬間には滅びてしまっているかもしれない。だが、それが観測出来るのもずっと遠い未来のことだ。そう思うと少しロマンあるよな? もうそこには存在しないのに、俺たちはマヌケ面ぶら下げてそれを眺めているしか出来ない」


 途端に日向舞が吹き出した。


「なーんかロマンチックな事を頑張って言い出したと思ったら、結局皮肉っちゃうのね?」

「いやいや、ロマンチックだろ? それに今見てる海。地球規模で考えたら、人間が調査出来た海は全体の数パーセントらしいぞ? なのに俺たちは全部を知ったつもりでいる。全部知った気になって、得意気に暮らしてるんだ」

「また皮肉ってるわね……」


 呆れたように呟いた日向舞。


 そして。


「もしかして……今のって私をディスってた?」


 どこでそうなったのか、彼女がハッとしたように聞いてくる。


「被害妄想はやめておけよ。悲劇のヒロインぶるのは見ていて痛々しい」

「じゃあ、考え過ぎか……」

「考え過ぎだな。お前はそうして考えるよりも、いつだって先に行動してただろ」

「ははっ……まぁ、そうなんだよね。考えることはとても無駄に思えるもの。そうしているより動いてしまった方がずっと分かりやすい。だから、最低限の準備だけはしておいて、あとは飛び込むだけ」


 日向舞は賢い女の子だ。考えることと躊躇することの曖昧な線引きを知っている。立ち止まってしまうことが遅れを取ってしまうことだと分かっている。


 先手必勝、言った者勝ち、そんな言葉があるように、この世界では先に動けさえすれば自分有利に事を運べることが多い。だが、お手て繋いで皆一緒が大好きな奴等にとっては、時にそれが鬱陶しくもある。奴等は勝ち負けなど望んでないから出る杭は邪魔であり、動かぬ石は切り捨てるかっこうの的なのだ。


「……でも、なんか空回ってばかり」


 それでも。


「お前がこの合宿を提案してくれたお陰で、俺は答えを見つけられた」


 それが無駄で無能で無益なことだったとは思わない。


「その答えは……私や彼女たちが望んでいるものじゃなかった」

「俺が望んでいるものではあった」


 そう告げた俺を彼女は見上げる。視線はどこか悲しげ。


「天津くんは……私が知っている人たちとは違うよね」


 その言葉には、思わず「ボッチだから」と答えそうになる。


「違わないな……何も」


 だから寸前で止めてそう口にした。


「違うように思えるのはやはり違ってたからなんだろうが、それを特殊で特別なことに捉える必要はない。それまでの中に含めればいい」


 違っていたように感じているのは彼女だけではない。俺もそうで、きっと……ここに来た者たちみんながそうなのだろう。


 俺は認められなかっただけ。

 りんちゃんはそれをするしかなかっただけ。

 金剛さんは夢見ていただけ。

 霧島は知りたかっただけ。

 瑞鳳だって諦められなかっただけ。

 そして、日向舞も盲信していただけなのだ。


 それぞれが持ち寄ったそれらは複雑に絡み合ってしまった。それをほどいたのは、間違いなくこの合宿があったから。


 特別で特別な人間などいない。誰もが、同じように苦しんでいる。


「――お前、瑞鳳に告白されただろ」


 不意に聞いてしまった。それに日向舞は少し目を見開いてから。


「……うん」


 と答えた。


「振ったんだろ」

「……うん」

「しかも、わりとアイツを傷つけるようなやり方で」

「……ははっ、そんなつもりじゃなかったのよ。ただ『女の子同士なんてあり得ない。きっとそれは、周囲からも歓迎されるような事じゃない』って、教えてあげただけ」

「完全否定したのな」

「……うん。そしたらあの子、すごくビックリしたように驚いてから――」


 日向舞はそこで口をつぐむ。聞かなくても想像は出来てしまう。


「なんか……とても思い知らされた。私はもう、いろんなことに寛容でいられたつもりだったけれど、まだまだ知らないことや気づいてないこと、考えが足りてないことがたくさんあるんだと思った」

「そう、なんだろうな。俺たちはまだ人生を百年としても、その三分の一すら生きちゃいないしな?」


 日向舞は、疲れたような吐息を漏らす。


「三分の一かぁ。そう考えると長いね」

「まぁ、考え方次第ではあるな? 今俺たちが見ているこの海も空も、夏の物であると考えれば、俺たちはそれを百回も見ることは出来ない。たぶん見れてあと……八十回あればいい方か」

「カウントダウンすると少ないね」

「そんなものなんだろ。人生は長いが得られる物は少ない。だから、時間を掛けて確実と思える物を選びとっていくしかない」


 あとは、その長い時間をどのように過ごすか。考える者、立ち回る者、待つ者、実験する者、抵抗する者、行動する者、やり方はそれぞれだ。そうやって一つ一つ見つけていくしかないのだろう。


 日向舞はじっと考えている。その視線の先は遠い水平線の向こう。まるで、闇夜に紛れる何かを見つけようとしているように思えた。



「――もし、私が……限られた中で確実な物を得ようとするのなら」



 それはきっと独り言。声は大きくなく、明快な口調ではなかったから。


 だから、俺はそれに答える必要はない。


 やがて、日向舞の中で……まるで沖に漂う物が砂浜にうちあげられるように……自然と、答えが解き明かされていくような気がした。それを俺が感じることは、とてもおかしな事だったが、何故だか、そうあったような気がした。


「うん。なんか、見えた気がする」


 それもやはり独り言。


 そして。


「ごめんね天津くん。私はたぶん……急かし過ぎたのね」

「俺をか? それともあいつらを?」

「皆を……そして自分さえも」

「そうか。なら俺からも言っておく。……ありがとな。急かされなきゃ、俺はずっと分からないままだった」


 日向舞が何を導き出したのか分からない。というか、彼女の考えはいつも突拍子もなく、想像すら及ばない。


 きっとまた、そんなことを考えているのだろう。


 だから、それを聞く必要はない。答え合わせなどする必要もない。その答え合わせは、未来の彼女にしか出来ない。


「よしっ!」


 そうして、ようやく日向舞は立ち上がった。その勇ましさはとても彼女らしい。


「戻りましょう。明日も早いから」

「早いって……明日も何かすんの?」


 それに日向舞は怒ったような表情をした。


「今回の合宿の目的、まだ終わってないじゃない」

「目的? いや、終わってるだろ。俺たちの関係ははっきり――」

「そうじゃなくて! ゲーム! まだ終わらせてない」

「あぁ……」


 なんだかすっかり忘れていた気がする。


「でも、たぶん……しょうりんも、金剛さんも……もうやりたくないかもね」

「りんちゃんは、今日プレイしなかったしな」

「でも、一応終わりはつけないと。それで今回の合宿の目的は全て終わり」

「まぁ、たしかプレイヤーが居なくなった時の為にオート機能あった気がする。それをやればいいか」

「なら、明日は八時起床で」


「……というか、お前まだ勝つつもりなのか? 俺とは圧倒的な差があっただろ」

「終わらせる為よ。それに……まだ負けたと決まったわけじゃない」

「そうか」


 俺が持ってきた『わらしべ電鉄』というゲーム。りんちゃんも金剛さんもそれなりに頑張ってはいたが、おそらく俺の一人勝ちで終わるだろう。日向舞が盤面を覆すには、あまりに差がつきすぎていた。


 だが、俺はあのゲームをプレイした事があるわけじゃない。


 だから、知らなかったのだ。


 反則的な、裏技とも思えてしまうやり方があることを。それはきっと、日向舞も知らなかったやり方。


 そして――それは彼女が出した答えでもあった。

今さら言うことではありませんが、ゲームの進行と彼らの関係はシンクロさせています。


だから、ゲームの結末こそを、取り敢えずこの物語の結末とさせて頂きます。


ここまで読んで頂いた事に深く感謝します。ありがとうございました。


そしてその結末は、あくまでも取り敢えずの物に過ぎません。そこからきっと、彼らはまた始めるのだと思います。……ただそれ以上を書けば、この作品はR18にしなければなりません。


だから、書きたくても書けませんでした。


作者に出来たことは、作者がからくり的シナリオを用意せずとも、必然な都合を用意せずとも、彼らが自分達の力だけで動けるようにしてやることだけです。


その為に、かなり強引で分かりづらいヘイト回を長々と続けてしまいました。その点に関してはお詫び申し上げます。


ごめんなさい。

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