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肝試し

区切りたかった

 街灯もない海沿いの道路。懐中電灯の光は三つ。人里離れているからか、車も殆ど通ることはなく、霧島を先頭にして歩く俺たちは、既に恐怖に煽られながらも一列で進んだ。


「うぅ……嫌だ……」


 時折、その列の中から金剛さんのマジびびりの弱音が聞こえてくる。霧島の余計な演出のお陰で、金剛さんだけでなく他の者たちからも緊張に似た雰囲気を感じた。


「海が近いからか潮風が気持ちいいね」


 反して、先頭からは陽気な感想が聞こえてくる。緊張を解そうとでもしているのだろうか? 霧島は俺たちを怖がらせたいのか、怖がらせたくないのかワケわからん。


 列の最後尾を歩く俺には、余裕な霧島と、ただ無言で歩くりんちゃんと日向舞。そんな二人にしがみつくように進む金剛さんと瑞鳳が見えていた。


「潮風といえばだが……俺は海辺に幽霊は絶対出ないと思うぞ」


 そんな彼女たちが不憫に思えてきて、俺は少し大きめの声で発言する。幽霊が怖いのなら、それを掻き消してしまえばいい。


「塩は幽霊に効くから、海辺には絶対幽霊は出ない。中学の時、クラスにいた霊感強い女子が言ってたから間違いない」


 自信満々に言ってやる。信憑性あるかはどうか知らないが、自信満々に言ってやることが重要。その女子は、いつも胸ポケットに紙で包んだ塩を持ち歩いてて、時折叫んでは幽霊を怖がっていた。ちなみにだが、妖精が見えてた女子もいて、なんなら秘めたる力を右腕に宿してる男子もいた。宇宙人と交信している奴もいたし、もはや能力持ちが普通の学園都市みたい。そういえば、遅刻したのを妖怪のせいにしていた奴がいたな……。そいつは関西人でもないくせに妖怪はヨーデルヨーデルとか言ってた。口癖は「と・も・だ・ち大事!」。……俺とは相容れない存在だ。


「まぁ、海の塩と普通の塩は別物だから、その説は意味ないよ」


 痛々しい過去を遡っていると、霧島から反論が返ってきた。至極真っ当過ぎる意見で、俺から何か言うことはない。


「そうですか。というか、どこまで行くんだよ」


 もう十分以上は歩いてる為、その事について訪ねると「もう着くよ」と返答。それは本当だったらしく、ようやく霧島が立ち止まってくれた。


 そこは、一本道の海沿いの道路から横に伸びる長い階段。霧島の言う神社はその上にあるらしく、古びた街灯が階段の脇にポツンと立っているのが見えた。


「神社の境内に鈴があるから、二人一組でそれを鳴らして参拝してくるんだ。簡単でしょ?」

「なんか普通だな。じゃあ、行きと帰りのどちらかでは他の組とすれ違うわけか」

「そうなる。本当は行き違わないルートにしたかったんだけど、近場で肝試し出来るのここくらいしかなかったんだ」


 そう言って霧島は肩を竦めて見せた。


「無いと思うけど、不純異性交遊の観点から男女ペアは禁止にしておくよ」

「神社でそんな罰当たりなことしないだろ……」


 そう言ってやるが霧島は俺を無視し、別荘で見せてきた筒を取り出した。


「女子のペアはこれで決めようか。はい、舞ちゃんから」


 差し出された筒には四本の割り箸。その中から一本引き抜くと、その先端が赤く塗られている。


「じゃあ、瑞瑠ちゃん」


 そんな日向舞にしがみついてた瑞鳳が二本目を引き抜くと、その割り箸の先端も赤。


「あぁ、じゃあ舞ちゃんと瑞瑠ちゃんがペアだね。残った麻里香とりんちゃんがペア。俺と天津くんがペアで決まりだ」


 そうして、スッと筒をしまってしまう霧島。


 だったが。


「ちょっと待って。残りの割り箸の先端も見せてよ」


 りんちゃんが指摘したのである。


「……なんで?」

「その割り箸、全部先っちょが赤く塗られてるんじゃないの?」

「まさか。そんなことしないよ」

「なんか怪しいんだよね。そんなことないなら見せてよ」


 霧島は少しだけ黙ったが、観念したのか片手に持つ懐中電灯をりんちゃんに渡し、筒から残りの二本を抜いた。


 その先端は何も塗られてはなく、普通の割り箸。


「ほらね?」


 そう言って見せた霧島。


「……ごめん」


 と謝るりんちゃん。


「いいよ別に。というか、りんちゃんと麻里香は、天津くんとペアになれない事には何も言わないのかい?」


 霧島の問い。それにりんちゃんは俺をチラッと見てから「別に何も」とだけ言った。金剛さんも何となく気まず気に頷いただけ。


「まぁ、文句ないならこれで決まりでいいよね」


 そうやって霧島は話を終わらせた。


「順番はジャンケンにしようか。負けたペアから先ね」


 そうして、ペアの代表一人ずつでジャンケンが始まり、一組目はりんちゃん、金剛さんペア。二組目は日向舞と瑞鳳ペア。最後が俺と霧島となった。


「――じゃあ、行ってくるね」


 金剛さんとりんちゃんペア。正直この組み合わせは、俺としても見てて気まずい。というか、もはや誰と組んでも俺は気まずい。彼女たちは会話も少なく階段を登り始めた。そんな二人の姿が見えなくなって五分が経つ。


「――じゃあ、次は舞ちゃんと瑞瑠ちゃん」

「先輩行きましょうっ!」

「危ないからあまり引っ付かないでよ」


 あからさまに日向舞へと寄り添って階段を登り始める瑞鳳。日向舞は鬱陶しそうにしながらも抵抗はあまりない。


 残された俺と霧島。鈴の音はいまだ聞こえてはこず、それだけでこの階段がわりと長く続いていることが分かった。


「……ちなみにさっきの筒の種明かしだけど」


 霧島が言って、筒から再度二本の割り箸を取り出した。もちろん、その先端は赤くない。……が、器用に開いて見せた持ち手の部分が赤く塗られていた。


「やっぱ全部赤く塗ってたのか」

「そうだよ。ただ、先と持ち手を入れ換えただけ」

「渡してたらすぐバレてたな?」

「だから天津くんのことを話題にしたんだ。気まずい話題を出せば、それを逸らすために、それ以上ペア決めに関して突っ込んでこれないからね」

「お前……」


 呆れる他ない。


「霧島、お前なんでそんなに瑞鳳の味方するんだよ。アイツの味方したって、日向がアイツを受け入れるわけがないだろ」

「それは、瑞瑠ちゃんが女の子だから? 女の子同士の恋は叶わないから?」

「そうだ」

「ふぅん……でもさ、不可能に近いからこそ応援ってしたくなるものだよ」

「叶わないことを応援するのは酷いだろ。結果が分かりきっているのに、夢や希望を与え続けるのは残酷だ」

「そうかな? 俺はそうは思わない。夢や希望を持てるのは可能性がゼロじゃないからだよ。ゼロじゃないなら、諦めるべきじゃない」

「お前マジで言ってんの? どうにかすれば、何とかすれば、瑞鳳の気持ちを日向が受け入れると……本気で思ってるのか?」

「思ってるよ。だからこそ、瑞瑠ちゃんに協力してるんだ」

「……とんだお笑い草だな? あいつに夢や希望を与えれば与え続けるほどに、残酷なことをしていると何故気づかない」


 だが、それでも霧島は笑うのだ。ただ、その笑いだけには力が無いように思えた。


「天津くんには分からないんだろうね。どんなに無理だと分かっていたって、どんなにそれが難しいことだと分かっていたって、それを望むしかない者の気持ちなんて、さ」


 それはまるで、霧島自身がそうであるかのような言い方。


「逆に聞くけど……瑞瑠ちゃんが、舞ちゃんに受け入れてもらえない可能性を考えてないと本気で思ってるのかい?」


 それに俺は……何も言い返せなかった。


 瑞鳳は女の子だ。そして日向舞も女の子だ。そんな女の子同士の恋が叶ってしまう可能性は限りなくゼロに近い。それを瑞鳳が理解していないわけがない。それでも、彼女が日向舞を求め続けるのは、やはり好きになってしまったからなのだろう。


「健気じゃないか。それを分かっていても、瑞瑠ちゃんは頑張るんだ。それは、応援してやる理由に十分なり得ると思うけどね」

「お前は、結局瑞鳳を傷つけたいだけなんじゃないのか?」

「随分と俺の事を悪く見てるんだね? 天津くんは」

「お前はいつだって悪者だっただろ。今さら誰かに協力してるお前が信じられないだけだ」

「俺は、そうするしかなかっただけだよ。世間で悪者と言われる人たちはみんなそうなんだ。好きで悪者になったわけじゃない。そうするしかなかったから、悪者になってしまっただけ」

「正当化してんじゃねぇよ。悪いことはどこまでいったって悪だろ」


 霧島は何も言わずに俺を見るだけ。


 そして。


「……そろそろ時間だよ。行こうか」


 と、階段を登り始めるのだった。


 霧島海人。イケメンで人気があり、文武両道でコミュニケーション能力も高い。だから彼は何だって出来てしまう。人の中心に立って集団を導いてやることも、誰かを突き放して除け者にしてしまうことさえも。


 そんな彼が、無理だと分かっていても願ってしまうものなど本当にあるのだろうか?


 もしもそんなものがあるのなら、果たしてなんなのだろうか?


 瑞鳳に肩入れするのは、霧島自身が彼女に共感してしまっているからであることは分かった。なら、瑞鳳が望むことを霧島に当てはめれば、それが見えてくる気がした。


 瑞鳳は日向舞に受け入れてもらえることを望む。なら、それを霧島に当てはめた場合……。


「――ん? どうしたの?」


 立ち止まった俺に振り向いた霧島。


「霧島。お前、まさか……ホモなの、か?」


 女の子同士の恋を応援する霧島は、もしかしたら、自分もそうであるからこそ応援しているのかもしれない。もしもそうなのだとしたら……俺は背筋を駆け上がってくる寒気に恐怖した。


 霧島は目を細めニヤリと笑う。その表情が、さらに恐怖を増やしていく。


 だが。


「残念、外れだよ。俺がホモだから瑞瑠ちゃんの恋を応援してるわけじゃない。だから、俺は天津くんが好きなわけでもないよ」

「そう、か」


 その時、上の方から鈴の音が聞こえてきた。どうやらりんちゃんと金剛さんペアが神社にたどり着いたらしい。


「この合宿ももうすぐ終わるね。天津くんは、やり残したことはないかい?」


 その鈴の音を聞いた霧島は、そんなことを呟くように聞いてきた。


「敢えて言うなら……霧島、お前の事だけは最後までよく分からなかったな」

「そっか。まぁ、そうだろうとは思ったけど」


 そして。


「でも大丈夫だよ。俺も天津くんを完全に理解しきれていないから」

「理解なんて出来ないだろ。そもそも、理解なんて出来ちまったら逆に怖い」

「怖い……か。俺はそうじゃないんだけどね? 理解出来ないから怖いんだ。知ることが出来ないから怖いんだ。だから――俺は他者を知ることが出来た証明が欲しいだけなんだよ」


 それは、ひどく分かりづらい言葉だった。


「怖いからこそ、俺は誰に対しても自分を見せない。見せてしまえば拒絶されるのことこそを理解しているから。……だからこそ、見せないように笑っているしかない。印象良く見せるしかない。そして……それこそが世間を生きていく為に必要なことだよ」


 俺を三段上から見下ろす霧島。


「天津くんは怖くないのかい? そうやって簡単に、価値のない自分を見せてしまうことが」

「価値なんてのは他者に決めてもらうものじゃない。自分で決めるものだろ」


 言い切った言葉に、霧島がふっと息を吐く。


「天津くんは、自分の価値こそを絶対としているんだね」

「誰かに自分の価値なんて決めさせねぇよ。それに踊らされて痛い目を見るのは、結局自分だ」

「それでも、それじゃあ生きていけないよ。人は絶対誰かと協力して、協力されて生きていくしかない。独りでは絶対に生きていけないんだ」


 冷静に沈着に、霧島は言葉を重ねた。その声音には、どこか悟りのような穏やかさを感じる。


「天津くんは理解すべきだよ。この世界は、独りで生きていけないことを。だから、君は他者に取り繕うことをしないといけない。へつらって、誤魔化して、魅せて、騙すことをしなきゃならない」

「そんなことをして何になる? 結局(むな)しいだけだろ」

「虚しいけれど、それしか道はない。天津くんは、自分を絶対としてしまっているから、自分が認められない者には誠意ある態度を取れない。それを思わせるような嘘さえつけない」

「それの……何が悪い?」


 返した言葉は完璧なはずだった。


「それじゃあ、ダメなんだよ」


 だが、霧島は首を振って否定してみせる。


「誰もが独りで生きてるわけじゃない。みんな少なからず、誰かと繋がって生きているんだ。君が自分を価値のない人間に見せてしまうことは、君と繋がってる人たちの価値を落としているのと同じだよ」


「俺と繋がってる……人たち」


「天津くんが誰かに対して無礼な態度をとれば、君だけじゃなく、君の親までもが同等に見られてしまう。天津くんが誠意を見せなければ、君と友達であろう人たちまでそう見られてしまう。天津くんがどんなにそれを否定しようと、客観的な意見は変えられない。何故なら、人は独りでは生きていけないから。そして、これまでも独りで生きてきたわけじゃないから」


 尚も霧島は穏やかに言うのだ。


「なんだよ。まだ人生なんて十七年程度しか生きてない奴のくせに、嫌に分かったような口をきくんだな?」


「考えればおのずと行き着く答えだよ。俺は……誰よりもそれを考えなきゃならなかっただけさ」

「俺が……何も考えてないように言うんだな?」


 そして、霧島は柔和な笑みへと表情を変える。


「それも違うね。天津くんは、考える必要なんてなかったんだと思うよ。考えなくても、他人の気持ちとか痛みを分かってしまえるから。だから……天津くんは誰よりもそれを考える必要がなかったのさ」

「お前……何言ってんの?」


 脈絡のない言葉には、何かしらの意志を感じたが、それを理解するにはあまりにも荒唐無稽に思える。まるで、ヒントだけ与え続けられて答えを曖昧にされているような感覚。


 その時だった。


「――あれ? まだこんな所にいたの?」


 上の方から懐中電灯の光が射して、現れたのは金剛さんとりんちゃん。どうやら、長いことここで道草を食ってしまったらしい。


「んん? ってことは、舞ちんと瑞鳳ちゃんって、まだ後ろにいるの?」


 りんちゃんが疑問の声を上げた。


「いや、二人は俺たちよりも先に神社に向かったぞ。すれ違わなかったか?」

「……すれ違ってない」

「……は?」


 変な空気が、場を覆う。


「麻里香ちゃん……みた?」

「……見てない」

「おいおい……嘘だろ」


 じゃあ、日向舞と瑞鳳はどこに……。


 その瞬間、霧島が口を開いた。


「俺はね……ひどく誰かの気持ちを理解することに疎いんだ。目の前にいる人間が何を考えているのか分からないんだ。笑っていても、泣いていても、本当は別のことを考えているんじゃないかと疑ってしまう。だから、俺も偽るしかない。……でも、唯一相手を完全に理解出来たと証明出来ることがある」


「何を……言って……」


「それはね? 相手を支配することだよ。支配は全てを理解していないと出来ないことだ。俺は、誰かを自分の思い通りに動かせて初めて相手を全て理解したと知ることが出来るんだ」


 口調は極めて穏やか。だが、その瞳には狂気の色が宿っていた。


「支配にはいろいろとやり方があるけれど、一番簡単なのは恐怖によるやり方だよ。たとえば、ナイフを相手に向けて脅すやり方。たとえば『付き合ってくれないと自分は死ぬ』と、逆に脅すやり方」


 一瞬にして悪寒が伝った。まさか、それを瑞鳳にやらせているのか?


「相手を完全に知ることが出来るなんて、絶対に出来ない事くらいわかってるさ。それでも、俺は知りたいんだ。知ろうとしてしまう。そして、自分の思い通りに動かせたことで安堵するんだよ。あぁ、俺は相手の気持ちを理解出来てたんだって」


 出てくる言葉たちは、もはや理解するに値しない。それよりも理解しなければならない事が出来てしまった。


「――おっと……行かせないよ」


 霧島を追い抜こうとしたら、腕を掴まれてしまう。


「お前……瑞鳳に何をさせようとしているのか分かってるのか?」

「分かってるさ。彼女だってちゃんと分かってる。でも、仕方ないんだよ。……俺も彼女も、それが手に入らないなら、いっそ死ぬしかない」

「馬鹿かっ!! そんなもの望んでどうする!? 手に入らないなら諦めるしかないだろ!」

「簡単に諦めてしまえるほど、人は物わかりなんてよくないよ。俺は他人の気持ちをいまいちよく理解出来ない。でも、世界はそれを俺に義務付けようとする。理解しなくちゃならないと、俺に告げてくる。なら、それに従って俺は誰かを理解したい。その証拠として、誰かを俺は操り、安心したいだけなんだ」

「狂ってるぞ……」

「狂わしたのは世間の方だよ。誰かと繋がらなければ生きていけない世の中で、誰の気持ちも理解できない俺は何の為に生まれたんだい? それでも、全力を尽くしてそれに取り組む俺は、果たして悪なのか?」


 腕を握る力が強くなる。俺は冷静になるために一息ついた。


「お前は……客観的意見こそが価値だと言ったな? なら、他人がそれを悪と言えば、それは悪なんだろ? 言ってやるよ霧島。お前が瑞鳳にやらせようとしていることは悪だ。だから、止めさせなきゃならない」


 それでも、腕は放されない。


「なら、いっそのこと死ぬしかないね。俺も瑞瑠ちゃんも、この世界には生まれてきてはいけない存在だったんだ」

「お前はっ……日向のことは考えないのか」

「考えるよ。でもさ、自分と感覚の近い者に寄り添ってしまうのは、とても人間らしいだろ?」


 もはや、霧島は自分が人間ではないような言い方をする。たぶん、それが霧島の真の思考なのだろう。


「お前は……俺に『世界は独りでは生きていけない』と説いたな? なら、俺もお前に教えてやるよ。どんな手段を用いても、どんなやり方をしても、『誰かが誰かを理解することは絶対に出来ない』んだ。誰かを理解したいと願ってるのはお前だけじゃない。それを自分だけに当て嵌めてんじゃねぇよ!」


 人は、人と百パーセント分かり合うことなど出来ない。分かり合えたように思えても、どちらかがどこかで妥協しているのだ。そうしなければ、共に生きることなど出来ないから。彼が言った通り、この世界は独りでは生きていけないから。


 それが出来ないのなら、いっそのこと――。


 そうしてハッとした。霧島の出した答えと、俺が出す答えは全く一緒だったから。


「天津くん……俺には君がとても羨ましく思えるよ。君はいつだって誰かに共感できてしまえる。その者が一番に望むことを瞬時に理解してしまえる。だから、君は彼女たちを救えたんだ。そして、だからこそ君はボッチを気取るんだろう? 独りで居れば誰かに共感する必要がなくなるから。共感してしまったら、その者の痛みまで味わうことになるから」

「そうじゃ……ない」

「君が誰かの為に動いてしまうのは、そうしなければ自分までもが傷ついてしまうからだろ? 君はそういったことに恐ろしく敏感だ。そんな君を理解出来たなら、きっと俺も少しだけ誰かを理解出来るんじゃないかな?」


 無意識に歯ぎしりをしていた。


「分かったよ霧島……俺がお前のことを理解出来ないでいる理由が。お前は、大切な部分が欠落してしまってるんだ。これをしたら他者がどう思うのか、どう思ってしまうのか、それが分からないからお前は簡単に誰かを傷つける」

「最初からそう言ってるはずだよ? だから俺は実験するしかない。これをすれば人は怒るんだとか、これをされたら悲しむんだとか、それを重ねて経験則にするしかない。誰かをわざと怒らせて、怒りの上限を図るしかない。誰かをわざと悲しませて、やってはならないことを学ぶしかない」

「なんでそれを喜ばせることに使えない……?」

「怖いからだよ。誰かが喜ぶことを知るよりも、怒りとか悲しみを理解した方がずっと安全でいられる。でもね、天津くん。君が俺の前に現れるまで、俺は既に(・・)知り尽くしたと思ってたんだ」


 霧島は俺を見据えていた。


「君は、俺が作り上げてきた基準を狂わした。俺が実証してきたことを呆気なく白紙に戻した。だから……再検証しなくちゃならなくなった」


 しっかりと見据えて、自虐的に笑うのだ。


「君は今、どうしてそんなにも怒っているんだい? どうしたら、君は悲しむんだい? 君はどうしたら楽しめる? どうしたら笑う? 全然……分からないんだ」


 分からないと呟いた声は弱かった。いつだって自信に溢れている霧島が、初めて弱音を漏らした。


 腕を掴む力の強さだけが悲しげに食い込む。それはまるで、霧島の最後の渇望欲にも思える。


 霧島海人は賢い人間だ。イケメンで人気者で完璧な人間だ。そんな彼が、どうしても手に入れられない物があるのだと知った。


 それが欲しかったが為に、彼は誰かを傷つけねばならぬのだと知った。


 血を見なければ、誰かに……そして自分さえにも、その血が流れていることを理解出来ないのだ。そして、理解したいからこそ、やはり彼は誰かを傷つける。


「金剛さん、りんちゃん……日向と瑞鳳を探してくれ」


 俺は霧島の腕を空いた手で掴んで彼女たちに言った。


「なに? なんなの? さっきから……何を言ってるの?」


 まるで状況が理解出来ない彼女たちは戸惑うしかない。


「日向も瑞鳳も危ないんだ。はやく」


 急き立てた言葉に二人は顔を見合せ、やがて、ここまで降りてきた階段を駆け登り始めた。


「もう遅いと思うけどね」


 静かに告げる霧島。俺はそんな彼をジッと見つめた。


 ……もしかしたら。


 それは、希望的観測なのかもしれない。ただ、これまでの霧島を考えれば、少し引っかかることがあった。


「遅くはないな。むしろ、お前の話を聞いて少し安心したくらいだ」

「……安心?」


 首を傾げて見せる霧島。それに俺は頷く。


「お前の言った通り、物わかりが良い人間なんていねぇよ。それをしなきゃならないと分かってたって……いや、分かってるからこそ人は長く躊躇してしまう。お前が本当に物わかりの良い人間なら、こんな合宿にまで付いてこなかった。瑞鳳がそれで諦めてしまうような人間なら、強引にここに来たりしなかった。お前もアイツも物わかりが悪すぎたから、こうしてズルズルと長引かせるしかなかったんだ」

「自信、あるんだね?」

「そりゃあな? 霧島、お前がこんなくだらないことで自分を捨ててしまえる奴だとは思ってない。さすがにそこまで馬鹿じゃないだろ」


 人が行動に移れない理由は二つある。


 一、選択肢がまったく思い浮かばない

 二、選択肢が多すぎてどうすればいいか分からないしたら良いのか分からない場合。


 霧島は明らかに二つ目に該当する。そして、あらゆる可能性を潰して正解を導き出そうとするのだ。典型的な消去法人間。


 そしてそれは、俺も同じ。


 消去法人間は、まず間違いから優先的に潰す。そして、本当に間違えてしまわないよう安全策を取る。


 人を怒らせるのは、今後二度と怒らせない為。悲しませるのは、もう誰も悲しませない為。それは、自分が簡単に人を怒らせ、悲しませると分かっているからこそ、最初にそれらから着手するのだ。


 霧島は好きでそれをしているわけじゃなかった。


 そうしなければならない理由があったのだ。その理由は彼の今後に結果として現れるのだろう。なら、その今後までもを潰してしまうような愚作には及べない。


 だからきっと、霧島は今だって何かしらの嘘をついている……はず。


 俺が満面の笑みで霧島を見続けていると、彼は腕を放し顔を手で覆い、静かに笑いだした。


「ふっ……くっ、クックックッ。……天津くんはやっぱり凄いなぁ。そんなことまで見通せちゃうんだね?」

「瑞鳳は……ナイフなんて所持してないんだな?」

「もちろんだよ。この肝試しのルートは、絶対に誰かとすれ違う。なら、すれ違わなければ、そのペアは消えたことになる。それはとても『怖い』ことだ」

「じゃあ、金剛さんとりんちゃんが日向たちとすれ違わなかったのは……」

「瑞瑠ちゃんが上手く舞ちゃんを説得してくれたんだろうね? たぶん、脇の林に隠れてたんだと思うよ」

「手の込んだ事を……」


 今度は俺が顔を覆う番だった。どこまで策を労しているんだ、こいつは。もしもの時を考え、金剛さんとりんちゃんを急き立てたが、どうやら霧島と瑞鳳の思惑に荷担しただけだったらしい。


「俺たちも行こうか。たぶん、二人も神社で待ってるはずだから」


 そう言って、霧島は階段を登り始める。


「なぁ、さっきのも全部演技だったのか?」


 そんな彼に尋ねると、振り向いた霧島はやはり笑っていた。


「……さぁね」


 それは明確な答えではなかったものの、だからこそ一つの答えとして捉えられる。


 それはきっと、理解出来るはずもない霧島だけの真実なのだろう。

他者の情緒を読み取れないのは、世間的に言えばとある病気に該当します。ただ、自ら望んでその症状になってしまう人がいます。


先天的でも後天的でもなく、自らの意志で。


そうやって、通常の人間が当たり前のように持っている能力を捨てなければ、彼らは生きていけなかったのです。


生きるためには、そうやって自ら病気になるしかありませんでした。


果たしてそれは、病気と言えるのでしょうか。


彼らには、普通の人間がとても恐ろしいテレパシー能力者に見えます。そしてそんな彼らには、その者たちこそ得体の知れない宇宙人に見えてしまいます。


ですが、最も考えなければならない点は、どちらが多数派かということ。


何故なら少数派は、いつもいつの時代も、断罪されてきたから。


だから、少数派は多数派の中に潜伏します。


サイコパスは、潜伏するしかない。


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