それは彼にしか理解出来ない言葉の羅列
「――何かあったんでしょ」
日向舞が突然聞いてきた。それは、海から帰って来てから少し経ってからのこと。りんちゃんは、部屋から出てきていて、向けられた露骨な作り笑いには、全く同じ笑顔で返すしかなく、その目の下には、分かりやすいクマが出来ていた。
日向舞が何かを感じたのは、恐らく瑞鳳に元気がなかったからだろう。俺に聞いてきたのは、霧島が質問をかわし、金剛さんまでもが「何もない」と答えたから。
何かあったと確信している日向舞の視線は、少し怒っているようでもあり、どこか哀しげな色合いが滲んでいる。
「……なにも」
「嘘」
一蹴されてしまう。
現在は皆自室で休んでいて、広い居間にいるのは俺と日向舞だけだった。
「しょうりんから……聞いたわ。その、昨日のこと」
「りんちゃん話したのか……」
「うん。かなり時間をかけて、だけど」
どうやら、日向舞は知ってしまったらしい。そして彼女は今後どうするべきかを悩んでいた。りんちゃんは、もはやこの合宿自体にあまりやる気を出せないらしく「時間が欲しい」と言ったそうだ。金剛さんは、海から帰りシャワーを浴びてから部屋に籠ったまま。瑞鳳は俺を見ると視線を逸らし、逃げるようにいなくなる。
まぁ、海から帰ってきてそんな様子では、日向舞が不審に思うのも無理はない。
だから、俺が瑞鳳に攻撃的な言葉を浴びせてしまったことと、金剛さんに告げた内容、それらを彼女に話した。
話終えると、日向舞は呆れを通り越してさらに悩んでしまった。
「――まぁ、だいたい分かった。天津くんが悪いのも分かったわ」
「悪い……んだろうな。だが、これで良かったんだ」
「良かった……?」
「あぁ」
これから話すことが、あまりに馬鹿馬鹿しくて薄い笑いが出てしまう。俺がどれだけ最低な奴かを自覚して、自虐的笑いが出てしまう。
これで良かったのだ。たぶんそれは、自分に言い聞かせようとしている言葉ではない。
「りんちゃんと金剛さんの気持ちには応えられない……応えてやれない。どんな事をされても、どんなに待たれても、たぶん俺は変えられない。だが……変える必要がないことも分かった」
「必要がない……?」
「そう」
俺は自分を変える必要なんてない。そもそも、何故俺はこれまでの自分を覆し、自分を変えようなどと思っていたのか。
……それはおそらく、りんちゃんと金剛さんの為だ。
俺はこれまで、"自分の為"を言い訳に誰かに関わってきた……関わってしまった。その方が楽だったから。そう思い込むことで、勝手に自衛していたのだ。
自分こそが至高。自分の為にあるこそが真実。それを合言葉にして、矛盾した行動や考えまでもを騙していた。
だが、本当は違う。
俺は彼女たちを想い、感情移入し、救いを求めたのだろう。だからこそ、俺は彼女たちの為に動いてしまったのだろう。
そして、彼女たちの為に動いた事は目に見える結果として目の前に横たわり、自分の為を掲げていた俺自身の首を締めた。
そんな状況に陥ってなお、俺は頑なに間違えた理論を己が信念と唱え続けた。
そして本当は……また彼女たちの為に変わろうとしていたのだ。
変わらなければ彼女たちが納得しないから。
変えなければ彼女たちは自由になれないから。
俺は誰かの為に犠牲になることを厭わなかった。それが偽善じみた美論であることを知っていたから……嫌悪していたからこそ、そうではないのだと取り繕っていた。そして、取り繕えていたから、また彼女たちの為に犠牲になることを選ぼうとしていた。
彼女たちの気持ちに応えるには、他者を拒絶する己を捨てなければならないから。
だから、変わろうとしたのだ。
ボッチではなく、他者を受け入れられる人間に。
それはやはり彼女たちの為。
だが、その必要なんてなかったのだ。
「――俺は……勝手にりんちゃんと金剛さんを弱いと思ってた。弱いから、救ってやらなきゃと思ってたんだろ。だから、彼女たちが傷付かないように、傷付けない俺で居ようとしたんだ」
それこそが、そもそもの間違い。
「だが、二人は強かった。それを、ここ数ヶ月かけてまざまざと見せつけられた……。俺は二人を認めるしかなかった。そして分かったよ。俺は……誰も認めてなかったんだって」
認められなかった、とうよりは認めたくなかったのかもしれない。誰かを認めてしまうことは、俺が誰かに認められたいことになってしまうような気がしたから。
孤高であり続ける為には、誰にも認められてはならない。
だからこそ、俺は誰かを認めてはならなかった。
「二人を認めてしまえば楽だった。俺には、彼女たちの気持ちに応えられないことがハッキリと分かったからな。俺はもう、誰かと共に歩むことも生きることさえも諦めてしまった。今さら……友達だの恋人だのを望む資格なんて剥奪されてたんだ」
声はいやに渇いていたが、言葉には生気があったように思う。
「もう、二人を俺に縛り付けておく必要はない。そして、俺が彼女たちの為に変わる必要はない」
力はないが自信はあった。ようやく、欲しかった物が手にはいった気がした。
「俺が俺を変えるのは……俺の為でこそ在ればいい」
彼女たちの為には変われない。だから、俺が信じた俺であり続けるしかない。
そうやってきたのに、そうしてきたはずだったのに、俺はどこかでボタンを掛け間違えたのだ。
きっとそれは……日向舞と出会ってから。
誰かの為だと主張し続ける彼女に対抗したかったのだ。だからこそ、俺は自分の為だけを反論し続け、それを真理とするために取り繕った。その取り繕った結果が、二人を苦しめた。
だから、それも終わらせなければならない。掛け間違えたのなら、掛け直すしかない。
「日向、今回のことで最後にしよう」
「天津くん……」
「俺は誰かを幸せになんてしてやれない。むしろ傷つけて不幸にしてしまうのがオチだ。俺は結局、俺の為にしか生きてないから」
驚くほどすんなりと……言えてしまう。それはまるで、ろ過された水のように透明で、濁りなど殆どない。純百パーセントに近い俺。
そうだ。そうなのだと。
そもそも、何故俺はボッチを気取っていたくせに、こんなにも彼女たちと会っていたのか。考えてみれば、最初からおかしかったのだ。
だが。
「天津くん……何言ってるの?」
そう言って彼女は、恐ろしい力で俺の頬をつまんでみせたのだ。
「いだだだだだ!」
「なにその気持ちの悪い自分語り。死んだような目で、気持ち悪い笑み浮かべながら言われても意味わからないんだけど?」
そうして今度は強く引っ張ってくる。
「幸せにしてやれないとか、聞いてて悪寒がしたわ。何が俺の為よ。あなた最初からずっとそう言ってるでしょ?」
「だかぁあ……そう言いなはら、あいふらのはへに」
「いや、分かんないんだけど」
「がぁっ!?」
そうして最後に、限界まで引っ張ってからようやく放してくれた。
「もはや、天津くんと議論した所で意味なんてないの。あなたの腐りきった持論なんて聞くに耐えないわ。これで最後? アホじゃないの? 私は天津くんのことを考えて会ってたわけじゃないわ。だから今後も、あなたのことを考えて会わないという選択肢もない」
「お前なぁ……」
「ずっと私は私の勝手でやってきたの。今さらそれを変えるつもりはないわ。それと私も……あなたを見てて一つ分かったことがあった」
「……分かったこと?」
「そう。私も結局"自分の為"だったんだなって思ったの。別にそのことをあなたみたく、自慢げに……気持ちよさげに話すつもりはないけど」
「俺……自慢気に話してたか?」
「かなり。悦に浸ってたわ」
「……気持ちよさげに?」
「薬でもやってるのかと思っちゃった」
「いやぁ……それは流石に」
「自覚してないのが残念過ぎるわね。なんで二人ともこんな奴を好きになったのかしら……」
そうやって頭を抱える日向舞。
「取り敢えず二人と瑞鳳ちゃんに謝ってきなさい。あなたが悪いと思ってるなら、それを態度で示しなさい」
「いや……俺は」
「天津くんの為じゃないわ。もちろん私の為」
「だから、俺はもう誰のっ……いだだだだ。耳を引っ張るな!」
「良いから」
なんという理不尽。なんという我が儘。
そうして……俺はまた思い出してしまった。
そういえば、俺が日向舞を切れなかったのは、彼女が無理矢理に強引に俺と関わってきたからだった……のだと。ラインのIDを勝手に渡してきて、勝手に学校に押し掛けてきて、俺の逃げ道を塞いで、つれ回して……。
彼女の行動力は異常だ。そして、その猪突猛進な行動ばかりが目に付いてしまうが、思考力も大概に思える。
「……俺のことを嫌悪したって良いんだぞ。理由はどうあれ、俺はりんちゃんをフッたんだ。彼女を……傷つけた」
日向舞は、俺の知る有象無象の女子とは異なる。彼女たちが取るような行動を……するような思考を、彼女はしない。だからこそ、俺はコイツが未だに読みきれないままだ。
その言葉に日向舞は少しだけ考え、弱々しい笑みを浮かべた。
「嫌悪なんて……しないわ。女の子が振った男を恨めしく思うのは、そこに薄情で最低な理由が見えるときだけよ。天津くんは、もう十分に悩んでくれたじゃない」
優しい言葉。甘い声音。だが、そうやって撫でられる程に、俺という人間はそれを否定したくなる。
「もう十分に、か。俺が十分に悩んだかどうかなんて、俺にしか分からない。むしろ、客観的に観るのならまだ悩み足りてないのかもしれない。それは……お前に査定されるようなことじゃない」
俺の苦しみは俺だけの物だ。悩みも、悲しみも、怒りも、悔しさも……全て俺だけの物だ。それを誰かに共感してもらおうだなんて思ってない。そもそも、誰かの苦しみを誰かに分け与えられるはずもない。分かってもらいたいわけじゃないんだ。分かるわけがないのだから。
「でも……私はそう思うよ。天津くんは何も言わない人だから。何も言わずに……何かを終えてしまおうとする人だから。だから……あなたが私たちの関係について相談してきてくれた時、素直に驚いたの。そして思った。きっと天津くんは凄い悩んでくれたんだろうなぁって」
「……別にそんなんじゃない。勘違いで同情されても、何も嬉しくないな」
「まぁ、あなたはそう言うよね」
それから、彼女はフッと微かな息を漏らした。
「昨日のことは、しょうりんから聞いた。しょうりんが……その、天津くんを襲おうとしたことも。それに凄く驚いた。まさか、そんなことをしょうりんがやるなんて思ってもみなかったから。でも、それでもダメだったって聞いて……安堵した私がいたの。天津くんが簡単にヤッてしまうような人じゃなくて良かった。私は……そういう経験なんてないけど、やっぱり、そういう行為に対して少なくない汚れみたいな感情を持ってしまっているから」
日向舞の言ったことは言葉足らずだ。そういった行為自体が汚らわしいわけじゃない。勢いや流れに任せて行ってしまった経緯こそを汚らわしいと感じているのだろう。
「俺は、汚らわしいから拒絶したわけじゃない。人間はみんな汚らわしいんだ。汚い者が汚い事をして何が悪い? 綺麗な奴が綺麗な事しかしない綺麗事さえも、汚い人間の願望でしかない」
「じゃあ、なんで天津くんは拒絶してくれたの?」
「決まってるだろ。それは彼女が欲しい物じゃないからだ」
りんちゃんは、欲しい物を手に入れる為にそうするしか無いのだと判断してしまった。そう判断させてしまったのは、俺のせいでもある。それをしたって彼女が欲しい物を手に入れられるわけじゃない。むしろ、それをしたことで全てを失う可能性の方が高い。
やってしまったことは元に戻せない。戻せないからこそ、人は躊躇し慎重になり注意しながら考える。それらを、俺が奪ってしまったのだ。
それに気付けた。気付けたからこそ、俺はりんちゃんの為にりんちゃんを傷つけたのだ。この俺の為ではなく。
日向舞が俺の言葉をちゃんと理解したかどうかは分からない。もはや、分からなくても良いと思っているのかもしれない。だから、それ以上は何も聞いてこなかった。
代わりに。
「何度も言うけれど、私は……凄く驚いてる。しょうりんにも、金剛さんにも、もちろん天津くんにも。なんだか私だけ置いてかれてしまったような気分。だから鼻をへし折られたような気がして、私は天狗になってたのかなぁって思い直した」
反省の色を浮かべる日向舞だが、俺はそれに笑うしかない。
「やっとか。言っておくが、お前の天狗度合いは今に始まったことじゃないぞ。最初からずっとお前は天狗だ。勝手に人を巻き込んで、勝手に人を測って、ずっとそうやって勝手に誰かを助けてきたんだろ」
「そう……なのかも」
弱々しくなる声。それに少イラついたのは、やはり俺が最低な心理を透かそうとしているからなのだろう。
「俺は優しい言葉なんてかけてやらないぞ。お前はずっとそうだったんだ。だったら最後まで貫いてみせろよ。どんなに批判されたって、罵倒を浴びせられたって、最後までやり抜いてみせろよ。そしたら……世界中の奴等がお前を悪者にしたって、俺だけは称賛してやるよ」
他人に涙を見せるのは慰めて欲しいから。元気ないように見せるのは元気付けて欲しいから。教師に怒られて反省してるように見せるのは怒られたくないからであって、本当に反省してるわけじゃない。
……そんな最低な裏を考えてしまうから、俺は優しくなんてなれない。
「天津くんの称賛なんて……貰ったところでって話よね」
「そうか? 俺は自分を誉めるが、他人を誉めることなんてしないぞ。光栄に思った方が良い」
「そうやって自分に絶対の自信があるのは、あなたらしいわ」
違うな……。俺は自分に絶対の自信があるわけじゃない。どこにいたって、どこに行ったって、絶対なのは自分しかないのだと知っているのだ。
だから、いかに最低でも下劣でも卑劣であっても、それが自分なら諦めて受け入れるしかない。受け入れられないのなら、変えるしかない。ただ、俺は今の俺をいたく気に入ってしまっているだけなのだから。
それすら出来ないのなら……もはや死ぬしかないと知っているだけなのだから。
「あなたに言われたからじゃなく、私も私を変えたりしない。だから、何が何でもあなたには彼女たちに謝ってもらうわ。天津くんの気持ちも、彼女たちの気持ちも知ったことじゃない。私がこの二日間を楽しく在りたいと思ってるだけ。だから、その為に天津くんには謝ってもらう。……というか、このまま夕食とか、絶対にお通夜でしょ」
「俺は別に構わないけどな。お通夜みたいな空気、最高じゃないか。飯が不味くなるとか世間は言うが、俺はそういう時こそ食欲が進むな? 人の不幸は蜜の味とも言うだろ?」
「その不幸は……あなた自身も含まれてるのだけど」
「俺は自分の不幸さえも楽しめちゃうからな。そもそも、飯なんてどんな時に食べたって旨いだろ」
「恐ろしい男ね……」
あれだな。便所で飯を食べ続けた者にとっては、もはやどんな劣悪な環境ですら飯を食べられてしまうのと同じ。動画サイトとかで、サバイバルチャンネルを見続けていたら、なんか自分も虫とか食べられるんじゃないかと錯覚してしまうのと似ている。……そういえば数年前に飯屋のダクトからの臭いをおかずに飯食ってた芸人がいたな。強者とは、環境になど左右されないのだ。
いや……さすがに違うか。
「それと……私が天津くんを嫌悪しきれないのは、わりと天津くんの気持ちが分かってしまうからよ。好意を持たれて嬉しいのは、両思いだった時だけ。私もきっと考えてしまうもの……それを断った時に起こる決壊を。だから、あなたは二人が納得出来ないフり方をするしかなかったんだわ」
「違うと言ったはずだ。勝手に自分に当て嵌めて考えるなよ」
日向舞は誰かから好意を持たれることを嫌った。だからこそ、自分から好意を持つことを止めていた。
俺もそうなのだろう。傷つくのが怖かったから、傷つけることを止めてしまったのだ。ボッチを言い訳にして。
だが、日向舞は普通の女の子に戻ると言った。
なら、俺も真のボッチに戻ればいいだけの話。
誰もが幸せで平和な世界なんてどこにも在りはしない。
だから、人はそれを各々で目指す他ない。
俺の幸せは俺さえいれば事足りた。そして、その幸せを多くの人々が生きるこの世界で得るには、ボッチこそが最適だった。
だからこそ、俺はボッチで在れる為の強さを手にしたのではなかったか?
「俺は彼女たちには謝らない。この合宿を、良い形で終えようとも……もう思わない」
謝ってしまえば、とりあえずの形は保たれるのだろう。向こうもそれとなく許してくれ、たぶん気まずいながらも合宿の計画だけは進行して。
だが、そこには何の意味もない。何故なら、この合宿の目的は既に果たされてしまったから。俺たちの関係をハッキリさせるという目的は成されてしまったから。
このまま彼女たちとの関係を終わらせることは、きっと良い思い出にはならないのかもしれない。だが、俺が彼女たちの気持ちを踏みにじったとしても、彼女たちならば立ち直るだろう。
それを、俺は骨の髄まで理解した。
日向舞は辛そうにもどかしげな表情をする。
「このままじゃ……本当にこのまま終わっちゃうのよ? 今謝らないと、しょうりんも金剛さんも、きっとずっとこのままなのよ?」
「関係はこのままで良い。だが、彼女たちはちゃんと立ち直る」
「そこに……天津くんは居なくていいの?」
「居ない方が良い。俺が欲しいのは恋人でも友達でもないんだ。俺が本当に欲しかったのは――」
独りでも耐えられる強さ。誰にも頼ることない能力。誰からも褒められもせず、誰からも苦にもされず、ただそこにだけ在り続ける。
誰にも認めてもらえないそれは、もはや幽霊とも云えた。誰にも相手にされず、誰にも見向きもされず……。それは酷く辛いことだ。承認されないことは死んでいるのと同義だ。それでも、そんな真っ暗な闇夜を歩き続けられる意志を俺は欲した。それさえ手に入れられたなら、きっとこれからも俺は悩むことなく生きていける。
目立ちたいのは認めてほしいからだ。友達をつくりたいのは認められたと証明したいからだ。誰かを助けるのは助けて欲しいから。助けられる為には認めてもらわなきゃならない。
全ては誰かに認めてもらいたいから。
なら、その誰かは本当に他人でなくてはならないのだろうか。
俺は、それが自分であっても良いと思う。だから、俺が欲しかったのは。
「――もう一人の俺なんだ」
俺は俺を変える必要はない。変えなくたって、正解に導くもう一人の自分が最初からいたからだ。そいつはずっと俺に囁いていた。俺が迷えば迷うほどに、内側から叫んでいた。
それはきっと、俺がボッチで居続ける為に作った幻想なのかもしれない。だが、信じて認めてやりさえすれば、それは現実にも神にだってなれる。俺は俺だけ居れば良いわけじゃなかった。俺を認める俺さえ居れば良かったんだ。
「……よく分からない。あなたの言ってることは……まるで理解出来ない」
「理解しなくていい。最初から理解なんて出来ないんだから」
「そうやって、殻の中にとじ込もって……ずっとそのままで、そんなの……辛いだけじゃない」
「辛いことは悪いことなのか? 幸せになることが生きる目的なのか? なら、俺はそれを既に手にいれてる。勘違いしてんじゃねぇよ。誰しもが願う幸せが、誰にでも当てはまると思ってんじゃねえ」
男の幸せは家庭を持つことだ。女の幸せは子供を生むことだ。人の幸せは、笑って死ぬことだ。
使い古された言葉。まるで、それこそが真実かのような言葉。
それに惑わされて、決して少なくない人たちが不幸を自らで背負った。
「理解は出来ないけど……ただ、私には天津くんが間違っている事だけは分かる」
「間違っているのかもな? だが、それで良いんだよ。そして、だからこそお前はもう俺に関わるな」
「そんな言い方……」
俺は真っ直ぐに日向舞を見続ける。それにたじろぐ彼女は、何を言って良いのか分からぬまま、助けを虚空に求めた。
それが間違いだと言われても気になんてならない。それが最悪の結末へと向かっているのなら、それすらも俺は受け入れてしまえる。
だから俺に関わらないで欲しかった。
このまま最悪に突っ込むしかないのなら、死ぬのは俺だけで良い。
長い沈黙だけが時を刻んだ。呼吸すら許されない雰囲気が立ち込めた。
彼女はどうすることも出来ぬまま、もはや答えすら出せぬまま。
そんな空気を壊したのは、俺でも日向舞でもない。
コンコンと壁をノックする音。そちらに目を向けると、霧島が立っている。
「――お取り込み中悪いけど、提案して良いかな?」
そうして手に持った物を見せてくる。気づけば、彼の後ろには瑞鳳がいて。
「これを皆で見ない?」
掲げられたのは一枚のDVD。恐怖で歪んだ女性の顔と、おどろおどろしく書かれた文字。
呪いのDVD。それを爽やかな笑顔で掲げていた。
ただ己だけを持ち、深淵へと落ちる。




