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魔法にかけられた人魚姫

「海だぁー!」


 そう叫んだ金剛さんは、しっかりと水着に着替えている。ザザーンと音を鳴らす浜辺には、俺たち以外の人間はいない。


 白いビキニと露出する肌は日の光を反射し、遠い水平線のように煌めいている。霧島と俺はそんな金剛さんを他所にパラソルを砂に立て、ビーチマットを敷いていた。


「天津くん。りんちゃんに何かしたでしょ?」


 不意に放たれた一言。それに心臓が掴まれた気がして、霧島を驚いて見てしまった(・・・・)


「やっぱりね」

「お前……そんなことばかりしてると嫌われるぞ? 俺みたいにな」

「いや、ただ単にそう思っただけだよ。体調が悪いにしても、顔を見せないのはさすがに怪しいからね」

「風邪とかだったら、みんなに移すから遠慮したんじゃねーの?」


 だが、霧島は尚も「それはないなぁ」と言い切ってみせる。


「舞ちゃんが渡した買い物のメモに、マスクもあったから」

「……なるほど」

「まぁ、マスクだけじゃなくて他にも色々とあったよ? 体温計とかも、ね? だから昨日は薬局まで行ってて時間かかったんだ」


 どうやら、日向舞は最悪のことまでちゃんと考えているらしい。彼女らしいといえば彼女らしい。そして、そんな日向舞が体調を崩したりんちゃんを病院に連れていかないのは、やはりりんちゃんが病院に連れていくほどではないから。もしくは……それは病気が原因ではないから。


 それらはあくまでも証拠のない憶測でしかない。だが、りんちゃんの人柄や日向舞の用心深さなど、それらを組み合わせて辻褄合わせをすれば、おのずと答えは導き出されてしまう。確たる証拠はなくとも、隠しきれない材料は、十分に判断を可能とする証拠になり得た。


 りんちゃんが顔を見せなかったのは、体調が悪いからではなく、顔を誰かと(・・・)合わせたくなかったが故。用心深い日向舞がりんちゃんを病院に連れていく提案をしてないのは、病気ではないから。


 では、病気でもないりんちゃんが誰と顔を合わせたくないのか?


 そんなの、霧島でなくとも分かってしまう。


 ただ、それを俺に言うかね……。こういうところが霧島の悪い所だ。


 そして、もしそうなのだとすれば……霧島だけじゃなく、日向舞も何かしら察してはいるのだろう。


「もしも、俺の予想が当たっているのだとしたら、りんちゃんはもう部屋から出てこないかもね」


 なんて、他人事のように言ってくる。


「さぁな。ただ、りんちゃんはお前が思ってるほど弱くない」

「それは、君がそう思いたいだけなんじゃないの?」

「逆に、お前が俺にそう思わせたいだけだろ。りんちゃんは弱いと俺に思わせて、俺を不安にさせたいだけだろ」


 くっくっと噛み殺しきれない笑い。


「好きだなぁ。天津くんのそういうところ」

「俺は嫌いだね。お前のそういうところ」


 そんなやり取りをしていると。


「もう、二人ともいつまでやってるの?」

「せっかくの海なんですから、泳ぎましょうよ」


 金剛さんと瑞鳳が痺れを切らしてやってきた。


「俺は水着ないしいいや。見ててやるから三人で泳いできていいぞ」


 そう言い、シートに寝転がる。


 だが。


「じゃあ、スイカ割りでもする?」


 なんて霧島が、持ってきたクーラーボックスからスイカを取り出して見せた。どんだけ用意が良いんだ……。


「まぁ、四人で食べるには少し量が多いかもしれないけど」

「多いな。だから却下」

「……天津くん。それやりたくないだけじゃない……」


 金剛さんが残念そうに見てくる。いやいや、俺は本当にスイカの量を心配してのことですよ? どうせ皆食べきれなくて、だいたい男が残りを食わされるんだから。そうやって腹を下した経験が何度かある。あとはスイカを早食いしたり、種マシンガンしだして遊び始める奴が出るのが定期。


「じゃあ、ビーチフラッグでもする?」


 霧島が今度、フラッグを取り出してきた。どんだけ用意良いんだよ……。


「やりたいです!」

「いいじゃん! やろうよ!」

「えぇ……」

「じゃあさ、俺と天津くんが勝負して、俺が勝ったらスイカ割りしてもらうってのはどう?」


 そんな提案をしてくる霧島。


「なんで俺とお前なんだよ。勝手に俺を土俵にあげてんじゃあないよ」

「ほら、男と男なら平等だろ?」

「俺は帰宅部でお前はサッカー部。ほら、不平等だろ?」

「天津先輩は何しに海に来たんですか……」

「俺は海に来たわけじゃない。たまたま別荘が海に近かっただけだ」

「天津くんはアレだよね? 俺に勝てないからそう言ってるだけだよね」

「安い挑発するなよ……値段に引かれて、思わず買っちゃいそうになるだろ」


 安売りしてると何でも買いたくなる不思議。それで買っちゃうのだが、結局要らなくなるまでがテンプレ。テレビの通信販売か……。そうやって要らなくなったダイエット器具なんかは、だいたいお正月に来た親戚の子供のオモチャになってるまである。


「せっかく持ってきたんだからやろうよ。やれば案外楽しいよ?」


 言ったのは金剛さん。しゃがんでこちらをジッと見てくる。ビキニからこぼれそうな胸の谷間が気になってそちらに目線を移しそうになる。……いかんいかん。


「……ね? やろうよ」


 そして追い討ちの一言。


「俺は……勝敗の分かりきった勝負なんてしねぇよ」


 それでも、視線を逸らしながら言ってやった。そうやって流されてしまうことだけは何となく違うのだと思った。「楽しいから」とか「面白い」なんてのは、きっと、たぶん、おそらくの願望でしかしない。実際にそれをやって楽しめるかどうかなんてのは分からない。むしろ、楽しくもなかったのに……面白くもなかったくせに、終わった後で「楽しかった」とか「面白かった」とか、空気を呼んで(うそぶ)く未来しか想像できない。


 なら、やる前から俺は空気なんて読まない。


 俺がそう言うと険悪な雰囲気が流れ、みんな黙りこくってしまった。


「なんか先輩……つまらないですね」


 瑞鳳が辛辣に告げた。それには笑ってしまう。


「つまらない? つまらないのはお前だろ瑞鳳? そうやって、つまらない奴のレッテルを人に押し付けて、誰かを悪者にしたいだけだろ? そもそも、お前がつまらないのは日向が居ないからじゃないのか?」

「私は……そんな――」

「そんなことないって? 違うよな。はっきり言ってやるよ。お前がつまらないのは日向が居ないからだ。その不足分を誰かに押し付けて、お前はバランスを取ろうとしてるだけだ」


 瑞鳳の表情が強ばる。その顔が、ハッとしたような変化が、俺に「正解だ」と囁いた。


 溢れだした言葉は止まることを知らない。


「つまらないなら、それを俺に指摘するのが正しいのか? 違うよなぁ? つまらないなら、お前が楽しくすることが正しいんじゃないのか? だが、お前はそれをせずに俺に指摘した。何故か? それはお前にとっての『楽しい』が日向だからだろ? だから、お前は最初から楽しくなんてないんだ」


 よくあることだ。集団における中心人物がいなくなった際、彼らはそれまで常にあった期待を誰かに押し付ける。それまで見向きもされなかった奴にそれを押し付けて、"それまでの常"を保とうとするのだ。


 そういう時、ボッチは標的に成りやすい。何故なら、ボッチが期待に応えられなくたって誰も傷つかないからだ。


 無理難題を押し付けて、役割を押し付けて、最後に彼らは言うのだ。「やっぱりコイツには役不足だったわぁ」と。


 役不足の意味を調べてから言えよ。あと、反省すべきはお前たちだから。


 ただ笑っているだけのくせに、ただ傍観してただけのくせに、そんな時だけ彼らは正義面をして、その役割を誰かに押し付けようとする。正義面は最後まで剥がれることなどない。そして、それに乗ってしまった被害者は、最終的に悪者へと成り代わる。


 瑞鳳は、俺と霧島の熱いバトルを見たいわけじゃないのだろう。俺が霧島に負ける所を期待しているだけなのだ。そうやって俺が罵倒される構図こそを、面白く思ってるだけなのだ。


 哀れな被害者は、それを分かってて承諾しなければならない。己が惨めになると分かっててそれを受けなければならない。


 そして、だからこそ彼らは必死に大口を叩いて、自分が負けた時の伏線を張る。「俺なら楽勝」だとか「本気見せるわぁ」とか、噛ませ犬まるだしの台詞を吐いて、押し付けられた期待を(まっと)うしようとするのだ。


 だが、それが上手くいったとしても……いや、上手く行くからこそ、彼らには惨めな未来が確定されてしまう。涙ぐましい努力が報われることはない。ただ、彼らには『いじっておけば何となく面白くなる』という最低な役割が与えられるだけ。そして、中心人物が帰ってきたら見向きもされなくなる。そして最悪なのは、時々つまみ食い程度にいじられる事。その際も彼らに求められるのは、やはり惨めな結末だけ。


 大半のイジられキャラたちは、自分から望んでそこに立ったわけじゃない。偶発的にそれを押しつけられて、選ばれただけだ。その役割をこなせばこなすほどに、内容はエスカレートしていく。イジリがイジメになっていても、誰も気づかない。発端が『正義によって選定されたイジリ』だからだ。だから、それは本人すら気付けない。


 そして、選ばれる奴等の大半はボッチなのだ。何故なら、誰も(・・)傷つかないから。


「瑞鳳、お前が期待してる事を敢えてやってやろうか? 俺が大差で負けるか、俺が霧島に反則的行為で勝ったりしてやろうか? そしたら、お前は俺をディスれるよな? それが、お前の望んでる『つまらなくない』なんだろ?」


 俺はボッチだが、普通のボッチとは違う。俺は悪役をやることもできるが、カウンターで誰かを悪役にすることすら出来る。その行為で嫌われてしまっても俺は気にならない。


 何故なら、誰も(・・)傷つかないから。


「私は……そんなつもりで言ったわけじゃ」

「はいはい。じゃあよく考えてから発言しろよ。本当につまらなくしてるのは、お前の方だぞ?」


 トドメの一言。他の顔を見れば、一様にひいていた。……いや、一人だけ笑顔の奴がいたが。


 瑞鳳は今にも泣きそうだ。俺はそれを見て思ってしまうのだ。泣いたらもっと面白くなるから泣けよ、と。意地の悪い性根が出て来てしまう。中学の合唱コンクールでの練習を思いだした。不真面目な練習が続く中で「ちゃんとやろうよ」と泣き出した女子生徒のことを。つまらない淡々とした練習の中に加えられたスパイス。誰もが残酷にも、それを見て「ちゃんとやろう」などとは思わない。ただ、少し面白くなったと感じるだけ。


 そうした演劇(・・)が始まると、だいたい出てくる奴がいる。


「今のさ……ちょっと酷くない?」

 

 それを担ったのは金剛さんだった。その役割に名前を付けるのなら学級委員長。


「俺も同感だね。天津くんは謝った方がいいよ」


 それを擁護する奴。


「謝るのは瑞鳳だろ? 涙が出てくるのは図星だからだ」


 そして、俺は尚もそれを主張し続ける。


 文化祭よりも、それまでの文化祭準備の方が楽しかったなどと言われるのはこの為。それまでにあった泣き笑いの青春活劇の方がずっと面白いからだ。


 そして、そのシナリオに沿うのなら、俺は彼女の涙に反省し、悔い改めるべきなのだろう。


 だが断る。


 そして「涙が出てくるのは図星」という言葉を瑞鳳が否定するには、泣かない選択肢しかない。だが、感情の抑えが効かないのか、溜まった涙は瞬きの一つで零れ落ちてしまいそう。


 だからこそ、瑞鳳はその涙を落とさないために、見せない為に、行動をするしない。


「あっ――瑞鳳ちゃん!」


 瑞鳳は、その場から走り去ったのだ。


 それを俺は眺め、金剛さんは驚き、……霧島は俺を見ていた。


「これってさ? 俺が天津くんを殴るべき場面かな?」


 嫌に冷静な霧島の問い。


「それか、俺が追いかけて謝った方がいいか?」


 それに答える俺。


「いや……俺が追いかけるよ。二人はここで待ってて」

「お優しいことだな」

「舞ちゃんが言ってただろ。一人にするのは駄目だって。だからこそ、彼女はりんちゃんと残った」

「そういえば……そうだったな」

「それに、瑞瑠ちゃんをこの企画に参加させたのは俺でもあるからね」


 そう言うと、霧島は瑞鳳を追いかけて行った。俺はそれを見送るだけ。


「……なんで、あんなこと言っちゃうの?」


 残された俺と金剛さん。そして、彼女はポツリと呟く。


「真実を言っただけだ。悪いのは俺じゃない」


 それに彼女は悲しそうな表情をして、だが何も反論はしなかった。


 ただ。


「そんなに悪いことなのかな……みんなで楽しくいたいから、天津くんを参加させようとしたのは間違いなの?」


 と、悔しげに言っただけ。


「みんなで楽しくなんて無理だろ。その中には犠牲がつきものだ。みんな楽しいわけじゃなく、楽しくあるために犠牲者を笑ってるだけなんだよ」


 それが悪だと分かっていながら、誰もがそれを選んでしまう。そうやって楽しさをこしらえた方がずっと簡単だからだ。インスタントな楽しさには犠牲者が必要だ。その配役を与えられるのは、いつもボッチ。それを断ったボッチに投げつけられてくるのは、やはりいつも同じ言葉だ。


――つまらない奴。


 そうやって強迫観念を植え付けることにより、彼らはよりいっそうその配役をボッチに押し付けようとする。つまらないのはソイツのせい。楽しくないのはソイツがいたから。


 面白いとか楽しいだとか、そんなのは自分の中にこそ在るべきなのに、誰もがそれを誰かに押し付ける。


 自分で楽しく在ることが出来ないから。自分で面白くすることが出来ないから。


 だから、それを正義面して押し付けた。


「ごめん……やっぱり理解できないかも。さっきの霧島くんの発言も。私はただ、天津くんにも楽しんでもらいたいって……思っただけだから」

「俺は、俺だけで楽しくいられる。誰かが居なくたって、自分だけの面白さを見つけられる。――誰も必要ない」



 しばらく金剛さんは膝に顔を埋めていた。そして、ようやく顔を上げ。


「もしかしてさ? りんちゃんにも、それ言った?」


 そう聞いてきた。


「もしかしてさ……昨日、りんちゃんと何かあった?」

「……なんでだよ」

「……なんとなく」

「もし仮にそうだとしたら?」


 聞いた言葉にしばらく彼女は考えていた。


「もしも……そうだったんだとして、それが原因で今日りんちゃんが顔を見せなかったんだとしたら……怖い」

「怖い?」

「うん。だって……次は私の番だから」


 その言葉に、俺は口を継ぐんでしまう。


「もう楽観的には考えられない。もし私の想像通り、天津くんがりんちゃんを"振った"んだとしたら『私を選んでくれるのかな?』なんて思えない。だって……これまで私が見てきた天津くんは、そんなことしないもん」


 それから金剛さんは立ち上がり、俺の前に立った。


「この水着、今日の為に買ったの。天津くんが私を見てくれるように、選んだ水着なの」


 恥ずかしそうに見せつけてくる。そして、悲しそうに言うのだ。


「天津くんが、私を選んでくれように……。でも、そういうことも、天津くんにとっては迷惑でしかないのかな? 私がしてきたことは……願ってることは、全部無駄なのかな?」

「それは……」

「ねぇ、天津くん」


 返そうとした言葉を彼女は遮った。


「――天津くんを待ってる私は馬鹿なの、かな?」


 漏れだした本音には不安が混じっていた。それこそが彼女の本音なのだと理解した。


 待つ、と言った金剛さん。だが、待ち続けて出された答えが、彼女の願う通りとは限らない。


 むしろ、待ちくたびれた挙げ句に残酷な結末が待っていることだってある。


「俺は……」


 それが残酷だと分かっているからこそ、俺は答えを躊躇し、彼女をさらに待たせてしまう。それをどうにかしようと足掻けば足掻くほどに、答えは先伸ばしにされた。


 もう答えは出ていた。ただ、両者ともにそれを受け入れられないだけ。


 傷つくことも、傷つけることも分かってるから、それは延期され続ける。


 そして、延期され続けることこそ両者を傷つける。


 負のループを裁ち切るには、なにか……強い力が必要だった。


 そして思ってしまうのだ。それ以外に方法はないのか、と。


 そして、それ以外に方法があるのだとすれば。


「失踪宣告って、知ってるか?」

「……なにそれ」


 俺は深いため息の後に話しだす。


「生存してるか分からない者を、法律上死んだことにする制度だ。待っていても帰らない。生きているのか分からない者はそうやって処理される」

「それがなに……?」


 そんな疑問の声に、俺はゆっくりと顔を上げた。


「分からないか? ……これ以上、俺を待っても無駄だってことだ」


 波の音がやけに耳に響く。ジリジリと焼けつく日差しがさらに強くなった気がした。


「……ちゃんとした言葉にはしないんだね」

「言葉にしても、お前は信じようとしないだろ」

「可能性は?」

「ゼロとは言わないが、絶望的だ」

「……そう」


 そして、彼女は俺に背を向けた。


「それでも……たぶん私は待ち続けるんだと思うよ。きっと、自分が納得出来るまで、ずっと」


 その言葉は、日差しに負けないくらいの眩しさを放っている。とても、残酷なほどに。


「そうか……」


 俺は、そう言うしかなかった。


「私は……そんな私を馬鹿だと思うよ。待っても来ない可能性の方が高いのに、待つって決めた私はきっと馬鹿なんだ」


 背を向けたまま、金剛さんは語る。


「昨日は少し眠れなかったんだぁ。ずぅっと馬鹿みたいな想像してたから。……天津くんが私の水着姿に動揺したりとか、密着してみたら露骨に恥ずかしがったりとか……そんなことばかり想像してた。楽しく遊んで、溺れたフリとかして、もし本当に溺れたらどうしようって考えて、天津くんが助けてくれる光景を想像して、人工呼吸とかまで想像して……海の中で抱き合ったりとか、少しエッチなことも想像してた」


「……そうか」


「水平線に沈む夕日を二人で見て、みんなの目を盗んで人気のない所で隠れたり、岩場の虫に怖がって二人で笑って、勝手に頭の中でドキドキしてた」


「……そうか」


「馬鹿だって……自分で分かってても止められない。答えなんて分かっていても諦めるなんて出来ない。でもさ、仕方ないよね?」


 そう言い振り向いた金剛さんは、無理な笑いを浮かべていた。


「好きになっちゃったんだもの」


 そう言った直後、金剛さんは海に向かって走り出した。急な事に思わず追いかけそうになり、彼女の「来ないで! 泳ぐだけだから!」という言葉に止まる。


 言葉通り、彼女は海に入ると一人で泳ぎ始めた。潜り、浮かんでは潜り、時にはクロールをして。


 たった独りで永遠と泳ぎ続ける彼女は、海辺に現れた人魚姫のよう。


 ……そういえば、人魚姫の結末はどうだったっけ。


 よくある話。みんなが知っている童話。なのに、その結末を知らない事の方が多い。


 それでも、微かな記憶では幸せなエンドじゃなかった気がする。


 たしか最後は――。



 静かな時だけが流れた。ただ彼女が黙々と泳ぐ姿だけを見ていた。


 そこにはいつの間にか現実感はなくて、みんな近くにいるはずなのに、まるで独りでここにいるような気がした。


 戻ってきた霧島と瑞鳳は何も言わなかった。

 泳ぎ疲れた金剛さんも何も言わなかった。

 だから、俺も何も言えなかった。


 俺がノリノリで遊んでいればそんなことにはならなかったのだろう。俺がもっと早くにちゃんとした答えを出していたなら、こんなことにはならなかったのだろう。


 ビーチフラッグが砂に埋められることはなく、スイカが割られることもなく、笑顔が溢れることもなく。


 何も始まることなく、一日は終わる。


 あんなにも用意されていた海でのオモチャたちは、全く汚れもしないまま片付けられた。


 俺は金剛さんに明確な答えを出していない。金剛さんは、そんな俺に責めるようなことさえ言わなかった。


 それでも、何となく結末めいた雰囲気だけはあって。


 それはまるで、海の泡のように美しくひっそりと溶けた。


 

 

 

ガタン……ゴトン……ガタン……ゴトン


ガタン……ゴトン……ガタン……ゴトン


ガタン……ゴトン……ガタン……ゴトン


ガタン……ゴトン……ガタン……ゴトン――。

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