ゲーム2プレイ目。待っていた彼女
翌日、俺は起きられぬままに日くらし。とはなれず、日向舞のノックで目を覚ましうこそものぐるほしけれ。
あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"。
りんちゃんに会いだくなぃぃいいぃ! いやだぁぁあああ!
「――ちょっと、天津くん? いくらなんでも寝過ぎじゃないの?」
迫り来る日向舞の声。認めたくない朝の光。戻したい現実。そして、恥ずかしい昨夜のこと。
「こらっ、起きな……さいっ!」
無理やり布団をひっぺがされて、俺は白昼の下に晒される。時計を見やり、俺は呆れてしまった。
「お前……まだ八時じゃねぇか……」
「呆れたわね……もう八時でしょう?」
「なに? まさかラジオ体操でもするつもりじゃないだろうな?」
「もう二時間も前に終わってるから。あと、朝ごはん食べてないの天津くんだけだし、皿を片したいから起きてくれないと困るのよ」
「……なんで、みんなもう起きてるんだよ」
まーた俺だけハブいたのか。
「しょうりんが体調崩したの。部屋から出てこれないし、あなたまで不調とかぶっ飛ばすわよ?」
「……りんちゃんが?」
「うん。本人は寝てたら良くなるって言ってるけどね? 寝たいだけかと思ったけど、深刻そうな顔してたから今はそっとしてる」
「そっ、そうなのか」
どうやら起きたくないのは俺だけじゃないらしい。まぁ、無理もない。というより、元気に挨拶されても困る。
「……なんかあった?」
「いや……なにも」
思わず下手くそな返しをしてしまって、しまったと思ったが時既に遅く、日向舞は怪訝そうに俺を見ていたが。
「……そう」
とだけ言い、部屋を出ていった。俺はため息の後にのっそり起きる。
「――おはよう。今日も良い天気だよ」
「なんというか、変わらないお前が眩しいよ……」
霧島がエプロン姿で挨拶をしてくれた。朝飯はコイツが作ったらしい。目玉焼きに焼いたハムとウインナー。サラダを添えて、別皿にはトーストが一枚。
「天津くんはご飯の方が良かった?」
「やめろ……しゃもじ片手に聞いてくるな。まるでお前との家庭を想像してしまいそうだ……」
「霧島くん! 野郎の洗濯物はバッチシ干したぜ!」
「瑞瑠ちゃんありがとう。ちゃんと女子のとは分けたよね?」
「もち。なんか臭そうなパンツあったし、一緒に干すの無理だったよ」
「たぶんそれパパのだ。ね? 天津くん」
「お前ら、わざとやってんだろ……」
目の前で繰り広げられる霧島と瑞鳳のやり取り。だんだんと頭が痛くなってきた。ちなみに、女子の洗濯物は金剛さんが干したらしい。
「あれ? ようやく起きたんだ?」
そんな金剛さんが顔を見せた。その手には、萎んだままの浮き輪が握られている。
「泳ぐのか?」
「当たり前でしょ? せっかくこんな海辺まで来たんだから」
「そうか。気を付けろよ」
「気を付けろって……天津くんも行くんだよ?」
「……いや、水着持ってきてないんだが」
「それでも行くの!」
「えぇ……」
金剛さんは泳ぐ気満々のようだ。海とか疲れるだけで、実際は何も楽しくない。楽しいと自分を騙して遊んでみたりしたが、結局悲しくなるだけだった。そりゃそうだよなぁ。ボッチだと遠泳するか砂遊びしか出来ないし。
「しょうりんの体調が戻るかもしれないし、海に行くのは午後ね」
話を聞いてたのか、日向舞がそう言ってくる。
「お前も泳ぐのか?」
「しょうりんが行くなら。昼になっても体調戻らないなら、私は残るよ」
「あー……それ、俺が――」
俺がやる、そう言いかけて止めた。りんちゃんと二人きりになれば、おそらく逆効果だから。
「……なに?」
「いや、じゃあ頼むな」
そう、言うしかなかった。むしろ、彼女とはあまり会いたくないという気持ちの方が大きい。だから、ありがたいとさえ思ってしまった。
「じゃあ、一緒に行こうねっ」
嬉しそうに隣に座った金剛さん。そんな彼女の笑顔が眩しくて……申し訳なくて……作り笑いを浮かべてしまった。
「あぁ」
久々に使った笑いの筋肉に慣れてなくて、きっと不自然だらけだったのだろう。だから、金剛さんはフッと表情を戻した。
「もしかして……天津くんも体調悪かったりする?」
だから……簡単に見透かされてしまう。
「なんか、夏だし楽しんでみようかと思っただけだ」
「そう……? なら、良いけど」
朝食が終わり、最後の俺が皿を洗い、午後までの時間はゲームの続きをやることにした。りんちゃんが出来なくなってしまった為、プレイヤーは霧島へと引き継がれて。
セーブデータを読み込ませ『わらしべ電鉄』を始める。ゲーム内での時間は、六年目からのスタート。
「へぇ……りんちゃん大胆な戦法に出てたんだね」
霧島がそんなことを呟いて見せた。りんちゃんと俺とを繋ぐ新幹線。それは、彼女が五年かけて必死で作り上げたものだ。
「まぁ、俺は誰もいない所を着実に取っていこうかな」
霧島はそう言って、りんちゃんが手を着けなかった九州地方と四国へと路線を伸ばし始める。まぁ、それがセオリーなやり方だよな。
「私もやっと形になってきた」
金剛さんは、まるで俺の東京を包囲するような、クモの巣状の路線を作り上げていた。一部日本海側はりんちゃんに取られているものの、近畿あたりから東北地方にかけて張り巡らされた路線は、確実な利用客を叩き出している。
それでも、俺には及ばない。俺は東京、神奈川、千葉の三強に重点を絞って、着々と土地のレベルアップをしていた。しかも、土地をレベルアップさせたことにより、東京湾と空港のレベルも上がり、今や陸だけでなく空と海からの利用客をも得てしまっている。トップを走り続ける宿命として『暴走列車』が出現するが、時間をかけて点検すれば差ほど問題はなかった。
日向舞に関しては……やはり底辺を這いずっていた。
そんな、各自着々とゲームを進める中、大きな変化が訪れたのは九年目のこと。
「――これ、使わせてもらうよ? このままじゃあ天津くんが勝ちそうだしね」
そう言って、霧島が使った特殊カード。
『カード:スポーツ八百長』。
「お前……いつの間に……」
「悪いね? 少しだけ天津くんの資金を削らせてもらうよ」
『出たぁ! 翔鶴さんが親会社のバスケットチームと、天津さんが親会社のバスケットチームが決勝で激闘! 勝利は翔鶴さんのチームだぁ! これで地元は大盛り上がり! 翔鶴さんの収益が跳ね上がるぞぉ!』
このゲームでは、資産が増えると様々な分野に手を出すことが出来た。その一つがスポーツでのチーム作り。チームの親会社として出資し、そのチームが優勝したりすると利益が跳ね上がるのだ。俺が何気なく作ったバスケットチーム、それに霧島が目を付けていた。
その利益で霧島が大幅に路線を伸ばしていく。ジリジリと利用客を詰め寄られていく。
そして九年目の終わり……霧島は俺と少しの差まで詰めよってきた。
「どうするんだい? また『暴走列車』の点検にターンを使うのかい? そんなことしてたら、俺が追い抜くよ?」
堪えきれない笑いを浮かべる霧島。……ここまで常にトップを走り続けてきた俺だったが、霧島が僅差にまで迫ってきたことにより、うかうかしていられなくなってきた。しかも、霧島にはまだ伸ばせる地点が多くあり、俺は……金剛さんに包囲されてしまっている。
もはや、暴走列車にターンを使ってる余裕などない。出来れば、『暴走列車』を霧島に押し付けられれば話は別なのだが、その暴走列車が、運良く八王子を通り、『プレイヤー翔鶴路線』に移る可能性はあまりに低い。
そんな時だった。
「私と繋げなよ。天津くん」
言ったのは……金剛さんだった。
「私の路線と繋げれば、天津くんは私の利用客も得られるし、なにより暴走列車を私に押し付けられる可能性だって出てくるよ?」
金剛さんが、横から得意気に言った。そう。霧島の魔の手から逃げ切るには、それしかなかった。金剛さんと路線を繋げれば、俺は彼女が作り上げた大きな包囲網を、自分の路線への利用客として得ることが出来る。しかも彼女が言った通り、『暴走列車』を押し付けることも出来た。
「どうせ私から頼んだって路線を繋げてくれないことは分かってたし……こういう展開を――待ってたの」
それは金剛さんが大きく躍進するための交渉でもあるのかもしれない。ただ、見つめられた視線からはなにか、別の意図まで感じざるを得ない。
「ほら。……天津くんの番だよ?」
耳元で囁かれ、コントローラーを持つ手にそっと触れられ、ピクリと反応してしまう。
「……私と繋げていいから」
それは甘い誘い。それを分かっていて尚、それを選択しなければならないことに悔しささえ感じた。
俺は、上野の上にある『大宮』という駅にカーソルを合わせる。ここには、金剛さんの駅がつくられていた。
『――天津さんが、金剛さんの路線、大宮駅に"乗り入れ"の申請を出したぞぉ!』
それに、金剛さんが妖艶に笑ったのが分かった。
「ありがとう。天津くん」
『――許可する』
こうして、俺はなくなく金剛さんの路線と乗り入れを開始する。俺と金剛さんの利用客が跳ね上がり、再び霧島を引き離した。
「天津くんは、ゲームでもボッチを貫くと思ってたけど……それで本当に良いのかい?」
「結果が全てだろ。俺は結果を求めたからこそ、ボッチだっただけだ。だから……結果を出すためなら、そう在り続ける必要はない」
至って平然と返したが、どこか歯切れが悪かった気もする。
「ふぅん……」
その歯切れの悪さの原因さえも見透かされた気がして、心臓が高鳴った。
そして、ゲーム内の十年目。やはり俺の路線に現れた『暴走列車』だったが、それは呆気なく金剛さんの路線へと入ってしまう。なにせ、路線の割合からいえば、俺の路線は圧倒的に短い。金剛さんに押し付けられる可能性の方がずっと高かった。だから、それは自然なこと。
「あーあ、まぁ、いいや! 事故を起こす前に点検すれば良いしねっ!」
それを押し付けられた金剛さんは、どこか嬉しそう。
十年目も、なんとか俺がトップのまま終えられた。
その次にプレイヤー翔鶴……もとい霧島で、そんな彼と僅差で金剛さんが続く。
「せんぱーい! ようやく北海道制覇しましたねっ!」
「ようやくね……もう追い付けるか分からないけれどね……」
そして、随分とその下を日向舞が追いかけてきていた。
気づけば時間は午後を過ぎていた。
だから、そこでゲームをセーブして終わる。ゲーム内残り時間は五年だ。
今から海だろ? なんか肝試しとかもやるみたいだし……果たして本当にあと五年やれるのだろうか。
そんな心配を他所に、金剛さんが体を伸ばして支度をし始めた。日向舞は一旦、りんちゃんの部屋に行ってから戻ってきて……。
「やっぱり無理みたい。海はみんなで行ってきて」
静かにそう告げたのだ。
こうして、海へは俺と金剛さんと霧島、瑞鳳の四人で楽しむことになった。瑞鳳に関しては「日向先輩も残るなら残ります」と駄々をこねていたのだが、例によって霧島がそれをなだめ、結局瑞鳳も行くことになる。ほんと……瑞鳳を手懐けたよなぁ、こいつ。
「行こうっ!」
そう言って手を引っ張ってくる金剛さん。彼女はまるで、待ち焦がれたとでも言うようなテンションの高さを見せつけてくる。俺はそのまま眩しい日の下に連れ出されてしまい、その暑さにげんなりしてしまいそう。
紫外線は強く、目の前に広がる海は……どこまでも青かった。




