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都市伝説みたいな人間

 たこパには、人間の器用さや性格が如実に出るのだと知った。


 たこ焼きプレートに注がれた生地。その窪みに入れられた具材。そこにはタコだけでなく、チーズや豆腐やイカなんかも入れられていて……誰だよチョコレートなんか入れた奴。溶けて生地が変色してるし、それが他の窪みにまで侵食しているんだが……。あと、絶対美味しくない。


 そして、それをタコ焼きとしてひっくり返す行程には、その人間性がよく出ていた。


「ほい。ほいほい」


 りんちゃんは、ピックで自分の近くにあるタコ焼きを器用にひっくり返している。そのリズムは軽快で、もはや清々しくもあった。


 対して。


「もう、何してるのよ……ほら」


 などと、日向舞は瑞鳳がひっくり返すことに失敗し、ぐちゃぐちゃになった生地を何とか形あるものに修正している。瑞鳳はまだ固まってもいない生地をこねくり回し、彼女の近くのタコ焼きは悲惨なことになっていた。


「なんか……こんな感じだよね」


 金剛さんは、なんか見たことがあるような包み込むやり方で、ひっくり返していた。見よう見まねなのだろう。まぁ、下手ではないが上手くもない、というのが正直なところ。それをやって上手くいったタコ焼きがあると「やった!」と一喜一憂している。


 霧島はピックを持っているのだが、ひっくり返そうとはせず、何かをコソコソと瑞鳳に耳打ちしていて、瑞鳳はそれに頷くと明らかにまだ固まっていないタコ焼きをこねくり回す。そうやって失敗したあとに「日向先輩、上手く出来ません」と日向舞に泣きついていた。やはりお前の差し金かよぉ……。こいつだけ、いつもなんで別の楽しみ方してんだよぉ……。というか、ピック使わないなら俺に渡してくれませんかねぇ。百鬼夜行(ピック)なんて所詮五ツ星神器だし、十ツ星神器の魔王(まおう)使えちゃうお前にはもはや無用の長物でしょ?  


 そう……俺は、一人だけピックを配られなかった為に、ただ傍観しているだけだった。あれだよね? ピック足りなかっただけだよね? ほら、当初は瑞鳳なんて人数に入ってなかったから、数が足りないだけだよね? ……ね?


 だから、俺の近くのタコ焼きは、両側に座るりんちゃんと金剛さんが面倒見てくれている。あと、プレートの温度調節機が俺の近くにあるから、指示されるがままにそれをいじってるだけ。地味ではあるが、たぶんこれが一番重要な仕事だと思う。


 それでも手持ち無沙汰のため、金剛さんが取り分けてくれたタコ焼きにソースとマヨネーズと鰹節と青のりを掛けてあげる。


「ごめん……私、青のり無理なんだよね」


 掛けた後で言われた。……青のり無理ってどういうこと?


 仕方なく、その分をりんちゃんに回してあげると。


「あー……ごめん。私も青のり抜きがいい」


 などと言われてしまった。え……青のり嫌いな奴なんているの?


 俺は二皿分のタコ焼きを頬張っていく。中は熱々でとろとろの為、はふはふと息をして冷ましながら。うむ。なかなか旨いじゃないか。はふはふ。


 それを金剛さんに伝えるため、金剛さんに「うまい」と笑いかけてやると、彼女は嬉しそうにしてくれた。


「やっぱり青のり食べなくて良かった……」


 意味深な返しをして。


 何はともあれ、タコ焼きは粉を材料としているだけありお腹が膨れてくる。楽しみながら、お腹一杯になれるタコパは成功といえるかもしれない。


 腹が膨れると、ダラダラとテレビを見始めた。夏休み特番で、都市伝説の番組をやっていて、なんとなく皆それを見ている。

 陰謀論だとか、悪魔の数字だとか、秘密結社だとか、そんなことを様々な事柄にこじつけて、さもそれっぽく説明される事象。それらは、普通なら考えられないような事柄であるはずなのに、そうやって材料を並べられて順序だてられると、まるでそれが真実かのように錯覚してしまう不思議。


 それらに番組内の人たちは悲鳴を上げたりして、演出の一つとして番組を盛り上げる。


――信じるか信じないかは、あなた次第です。


 そうやって締め括られる番組。

 それが終わると、りんちゃんが何気なくスマホのAI機能に、番組内でやっていた問いかけをし始めた。だが、スマホから返ってくる返答は番組内で紹介されたものじゃなく、全く別の回答だった。


「全然違うじゃん」


 などと言いながらも、りんちゃんはいろんな質問をスマホに向かってし続ける。


 そして。


「好きな人を落とすにはどうしたらいい?」


 なんて聞いていた。


『ピコン♪ 可愛いさをアピールしてみましょう。その後に、少し冷たくあしらってみるのも手です』

「そっかぁ~」


 もうっ、りんちゃんはなんてことを聞いているんだ。絨毯にうつ伏せで寝っころがり、膝から先をぶらぶらとさせる彼女。それに金剛さんもピクン♪ と反応していた。


 なんとなく、気まずい空気が流れた。


「さぁて……風呂でも入るかな……」


 などと、逃げようとしたらその腕を霧島に掴まれてしまった。思わずドキッとしてまう。


「女性からだよ。レディーファーストってあるだろ?」


 いかにも霧島らしい笑顔での回答だった。

 だがな霧島。レディーファーストの由来って、案外酷いモノなんだぜ? その昔、男が自分に忍び寄る危険から逃れる為、女性を真っ先に誘導して盾にした、というのがレディーファーストの由来。悪しき男尊女卑の文化が、今では全く逆の使われ方をしているなんて、昔の人たちは思いもしなかっただろう。


 ただ、まぁ女性から先に風呂を使ってもらうというのは最もな意見であるため、俺は渋々座り直した。


「じゃあ、私から入るね……?」


 なんて金剛さんが立ち上がり部屋へと戻る。それでもなんとなくの微妙な雰囲気は漂っていて、誰もがそれを感じ取っていた。


「最後は、俺たちだろうし一緒に入る?」


 ただ、霧島だけはそんな空気など意に返さず、アホなことを聞いてきた。


「……断る」

「そう言うと思ったよ」

「いや……なら聞くなよ」


 おそらく霧島のことだから、まぁた別の楽しみかたをしているのだろう。


 俺は、霧島のことを知れば知るほど、彼のことが分からなくなっていた。


 ふと、昼間の事を思い出す。


 こいつは持っていて、俺にはないもの。……果たして、その資格とは何なのか。


 試しに、スマホのAIに聞いてみた。


「俺に足りないものはなに?」


 そしたら。


『ピコン♪ それを教えて欲しいなら、あなたの持っているモノから教えてください』


 そんな返答をされてしまう。


 なんだよ俺が持ってるモノって。隣で聞いていたのか、霧島がニヤニヤしている。


「答え教えてあげようか?」

「……なんだよ急に」

「気付いてないようだからヒントあげるけど、君が持っていて俺が持っていないもの、たぶんそれが……昼間の資格と関係してくるよ」

「なんだよ、それ」

「俺はそれを知ってるよ。りんちゃんと麻里香が君を好きになったのも、たぶんそこに要因があるね」


 霧島は軽く笑ってはいたが、細めた瞳には鋭い光があった。


「俺は持ってないからこそ、そうする他なかったんだよ」


 声は渇いていた。意味の分からない問答には、さすがの俺でもお手上げだ。


「もっと考えなよ。それを活用出来たなら、君はもっと上手く生きられるのにね?」

「……お前、どうせ俺が悩んでる所を見たいだけだろ」

「よく分かったね」


 少しだけ驚いて、楽しそうに笑いやがった。


「お前の考えなんてお見通しだ」

「だから、教えてあげるって言ってるのに」


 それを霧島に教わったら負けた気がする。……いや、実際には負けているのだけれども。


 ただ、俺は俺だけの中で霧島には勝っていたかった。誰がなんと言おうと、周りがどんな判定を下そうと……俺だけは、俺の判定にこだわりたかった。


 いつだってそうやってきた。いつだってそうするしかなかったからだ。


「俺の考えは分かるんだね。じゃあ、俺が何を思ってるのかは分かる?」

「分からんな。分かりたくもない」


「ふぅん……」


 意味ありげに鼻を鳴らす霧島。


「なんで分からないんだろうね。君はそういうの得意なはず(・・・・・)だろ」

「……お前ほんと何言ってんの?」

「答えを教えて欲しくないなら、もっと考えるべきだね。じゃないと、彼女たちとの関係にも決着なんてずっとつかないよ」


 その時だった。


 コトンと、目の前にマグカップが置かれる。見れば、日向舞がココアを入れてくれたらしい。


「その辺にしたら?」


 彼女は霧島の前にも同じようにマグカップを置く。


「まぁ、天津くんが悩むのは当然の報いだろうけど、あまり虐めないでくれる?」

「優しいね? 舞ちゃんは」

「あなたは全然優しくないよね。……しょうりんもココア飲む?」

「飲む飲むー」


 こうして空気を一変させられるところは流石だ。俺には出来ない芸当である。きっと、彼女もどうにかしようと考えてくれているのだろう。


 その優しい甘さが、飲んだココアに滲んでいた気がした。甘ぇなぁ……。


 その夜、俺は部屋に戻って電気を消すとベッドに横になる。あまり感じてはいなかったが、そうすると疲れが出てきた。


 ただ、体は疲れていたのに脳だけは活発に動いていて、目が冴えていた。


 霧島が言ったことが、気になっていたからだ。


 奴は言った。俺が持っていて、霧島にないものこそが昼間の資格にも通じていると。そして、それこそが、りんちゃんと金剛さんが俺を好きになった要因でもある、と。上から偉そうに……まるで全てお見通しだと言わんばかりに。


 普通に腹が立った。そして、霧島が怒りを露にしたあの夜も、奴はこんな気持ちだったのではないかと思えた。


 そう思うと、なんとなく腹の虫がおさまってくる。


 何を考えてるのか分からない奴だが、その怒りに関してだけは、ほんの少しだけ理解が及べたから。


 そう考えれば、俺は何一つとして霧島の事を理解していないのだと思う。奴のやり方も思考も理解できるが、なぜ、そうまでしてそんなことにこだわっているのかが分からない。奴の気持ちが分からないのだ。


 霧島は得体が知れない。知れないからこそ、俺はこれまで奴と対立してきた。


 そして、知れないからこそ、俺はまだ霧島と対立しつづけている。俺の中での勝ちを、俺自身が出せないままになっていた。



――なんで分からないんだろうね? 君は、そういうの得意なはずだろ?



 確かにそうだ。俺はいつだって誰かを図り知ることが出来た。相手が何を思っているのかを常に考えてきた。そうしなければ、俺など一瞬で弾かれてしまうからだ。ボッチとして居続けるには、そうあり続ける為には、周りを推し図るしかなかったのだ。


 だが、それが霧島という男には効かない。


 奴を完全に推し図ることが……俺には出来ないでいる。


 何故なら、霧島の言動や行動には、普通の人が持つべき物がなかったから。


「それのことか……?」


 寝なければと思うのに、思考が加速していく気がした。これまで目に見えなかった霧島の尻尾の先端を、微かに掴んだ気がした。


 俺はよくよく思い出してみる。


 霧島の諸行を。奴の行動には、いつだって奴しか考えられていない。霧島は、霧島自身が楽しむ為にしか行動を起こさない。だが、それは普通の人ならば躊躇することばかりだ。


 一つ。日向舞を手に入れるために、りんちゃんを人質に脅迫した霧島。

 それは、いくら自分のプライドを守る為であったとしても、そんな愚行には及ばない……及べないのだ。何故なら、自分のことよりも、どうしたって日向舞やりんちゃんの気持ちを考えてしまうから。考えてしまうからこそ、それを行動には移せない。


 二つ。霧島が北上の為と言って、悪い噂を流しこと。これも普通の人ならば躊躇するだろう。何故なら、どうしたって岸波先輩と明石先輩の気持ちを考えてしまうからだ。別れる二人の気持ちを想うのなら、そんな手段を取れるはずがない。


 そして、これらのことから俺は恐怖とも呼べる可能性に至る。



――もしかしたら、霧島は他者の気持ちを理解出来ない人間なのではないだろうか? という可能性。


 

 だが、そんな人間が果たしているだろうか。相手の気持ちを読み取れない人間などいるのだろうか。


 それでも、その可能性は様々な違和感を俺の中で解消していく。


 相手の感情が分からないからこそ、霧島は笑顔で居続けるのかもしれない。笑ってさえいれば、良い印象を与え続けてさえいれば、こちらが何かする必要はないから。


 相手の気持ちを想像出来ないからこそ、霧島は簡単に誰かを傷つけるのかもしれない。それを奴自身は破滅願望だと宣ったが、そもそもの話、何故霧島は祖父の死に『悲しみ』を感じなかったのだろう。



 霧島には、本来在るべき物が欠けているのかもしれない……。



 それは、あまりにも当然のように皆が持っているモノだとばかり思っていたから……俺は見落としていたのだ。


 だから、俺は霧島を完全に理解出来ないのかもしれない。


 霧島には、普通の人が持つ『感情』を持ち合わせていなかったから……。


 だからこそ、彼はそれを埋め合わせようとしたのかもしれない。そうやって、彼は普通であるように振る舞おうとしたのかもしれない……。


 全ての合点がいった気がした。


 初めて、霧島海人という人間の全容を把握できた気がした。


 そして、もしも本当にそうなのだとしたら、昼間の資格とはおそらく『霧島が埋め合わせたモノの中にある』気がした。


 だが、これはあくまでも仮定に過ぎない。そして、それを彼自身に聞くことは簡単だ。


 正解かもしれない。間違いかもしれない。


 そして俺は、それを簡単に教えて欲しくはない。


 なら、どうすべきか?


「確かめるしか……ないな」


 霧島が本当にそんな人間なのかを。


 俺が得意とすることは鑑定だ。人間観察には自信がある。むしろ、それしか俺はやってこなかった。


 俺がボッチとしてあり続けられた存在にかけて、俺は霧島という人間を、真に理解しなければならない気がした。


 相手の気持ちを理解出来ない人間か……。そんなサイコパスみたいな野郎がこんなにも身近にいるのだとしたら、まるで先ほど見た都市伝説みたい。


「信じるか信じないかは、あなた次第……ね」


 そんな時。


――ガチャリ、と扉が静かに開いた。


 真っ暗な部屋の中に、廊下の光が射し込んだ。


 そこに立つ人影が一瞬誰なのか分からなかった。


 だが、見覚えのあるシルエットだけで、俺はなんとなく推測する。


「……りんちゃん?」

さぁ、全てを終わらせましょう。

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