それは『コンプレックス・スープレックス』
始まった『わらしべ電鉄』。俺はなんとか資金繰りしながら、取りあえず東京の区域全ての土地を網羅することだけを考えていた。東京にある地点は『東京』『品川』『渋谷』『新宿』『池袋』『上野』『三鷹』『府中』『八王子』の九つ。これは他の都道府県と比べて多い方だ。有名な場所が多いというのもある。そして、それら全てが多くの利用客を見込める所ばかり。
そのうちの『東京』『品川』『渋谷』『新宿』『池袋』『上野』の六つを取って、路線を循環させることにする。いわば山手線である。こうすることにより、より多くの利用客を呼び込もうという作戦だ。その計画をじわりじわりと完成させていく。この循環路線が完成したら、その土地のレベルアップをして、他を寄せ付けない孤高の圧倒的強路線を造り上げる予定だ。ゲーム内でも孤高の神としてプレイする俺は、もはやボッチに愛され過ぎていると思う。でも、仕方ないよね! 開始地点が東京だったのだから!
金剛さんは、土地のレベルアップよりもクモの巣状に路線を拡げていた。彼女のプレイスタイルは、より路線を伸ばして利用客を取るというもの。どんどんと隣、隣の土地を購入していくその様は、見ていて脅威ではあった。
りんちゃんは、関西の都市部まで路線を伸ばしていく。その辺りは土地が高額になってくるため苦戦していたようだが、近くに競争相手がいないために、時間をかけて確実に関西……そして近畿と路線を貫かせていた。ある程度路線を貫かせたら、そこから枝分かれするように路線を張り巡らせるのだろう……なんて思っていたが、りんちゃんは近畿に路線を貫かせた後、そのまま金剛さんが懸命に勢力を伸ばしている中部にまで路線を繋げてきたのだ。
「ちょっと! なんで名古屋取るのよ!」
金剛さんが大きめの声を出した。
「ふぇ? ……なんで?」
「そこは私のエリアでしょ!?」
「まだ麻里香ちゃん、名古屋買ってないじゃん」
「だって、まだ名古屋買えるだけのお金ないもの。りんちゃんは京都とか大阪もまだ買ってない場所あるでしょ!?」
「別に興味ないね。しかも、麻里香ちゃんのエリアじゃないし。悔しいなら、先に買っとけば良かったのに」
「それはっっ……」
金剛さんは、手広く路線を伸ばしていた。ちょっとずつ購入できる土地のランクを上げているのだ。だから、彼女にとって高ランクにある名古屋はまだ購入する予定ではなかった。そして、ほぼ関西、近畿、反対の中国と九州を独占できる位置にいるりんちゃんが、そこを購入するとは思わなかったのだろう。というか、俺もそんなことをしてくるとは思わなかった……。りんちゃんなら、それらを独占することによって、確実な利益を得られるからだ。
「というか……りんちゃん、真っ直ぐ東京に向かってきてね?」
現在、ゲーム内では三年の月日が流れている。俺は既に循環路線を完成させ、かなりの収益を得ていた。現在は、俺の路線内に現れた『暴走列車』の点検でターンを取られている真っ最中。
金剛さんは着実に路線を伸ばしている。りんちゃんは、横一線貫くようにただひたすら東に東に路線を伸ばしていた。
「うん。取りあえず、天津くんの路線と繋げて新幹線を開通させる予定なのだ」
「「は……?」」
りんちゃんの言葉に、俺と金剛さんが異口同音。りんちゃんは、目を輝かせながら画面を見ていた。
「まっ、待ってよ! そんなことしなくたって、りんちゃん十分お金得られる地点あるじゃん!」
金剛さんが言った。
だが。
「でも、今は天津くんが独走状態でしょ? これどうにかしないとたぶん負けるよ。私たち」
「あっ……」
「だから、どうにかして天津くんを邪魔しないと」
りんちゃんは淡々と言ってのける。そしてそれは、正解に近い。
俺は着実に東京という大都市に循環路線をつくりあげ、着実に土地のレベルアップをしている。路線の長さでは、一番短いが、利用客で見れば、もはや現在二位のりんちゃんを大きく突き放していた。だから、彼女は俺に迫ってきているのだろう。俺と路線を繋げて新幹線など開通させてしまえば、利用客をかなり横取り出来るからだ。
「本当は、一番近かった金剛さんがやるべきなんだろうけどね。あまり頼りに成りそうにないし、私がやるよ」
「……そっ、そうなんだ」
恐るべし……りんちゃん。彼女はすぐにこのゲームの特性を把握して動いていたのか。俺は西の方から迫ってくる脅威に恐怖する。それでも、たぶん俺の牙城は崩れない。彼女たちがそうやっているうちにも、俺は着実に利用客を増やしている。なにか大きな……それこそ盤面がひっくり返るような事でもなければ、俺の一位は揺るがないだろう。
その点……日向舞だが。
「次はここですねー」
「まぁ、仕方ないわね……」
『北海道を襲った寒波により、全列車が停止しちゃった!』
「がぁっ!! 土地を買おうと思ってたのに……」
「まぁまぁ……取りあえず技術にお金を投資して、列車レベル上げましょ!」
「はぁ……未だに全利用客が五百人くらいなんだけど……」
日向舞は可哀想なくらい底辺を突っ走っていた。そんな彼女とプレイする瑞鳳は楽しそうだ。もはや、瑞鳳は日向舞とプレイ出来ればそれだけで満足なのだろう。彼女たちを襲う雪による災害のせいで、日向舞の列車レベルは誰よりも発展している。だが、それに伴う利用客を見込めていない。日向舞だけ、俺たちからどんどんと引き離されていった。
「なんで私だけ北の僻地スタートなのよぉ……これスタートから差がありすぎでしょう……」
日向舞の言う通り、確かにこの差は酷い。そして、彼女にとって最も災難なのは、この俺が一位にいるという現状だ。このゲームには、そういった順位が簡単に覆るような仕組みがいくつもある。その一つが『暴走列車』。だが、それすらも俺は安定に安定を重ねて最小限で抑えてしまっている。可哀想だとは思うが容赦はしない。悲しいけど、これ戦争なのよね。
そして、順位を覆す為の仕組みは、なにも『暴走列車』だけではない。
「りんちゃんがそういうつもりなら……済まないが使わせてもらおうか」
回ってきたターンで、俺はそれとなく入手していた『カード』の一覧を出した。
そのカードとは、自分に有利なよう進める効果を持つものであったり、他のプレイヤーを妨害するためのもの。
そのカードの殆どは、他のプレイヤーに影響させるものであるため、路線が繋がっていることを条件としているものが多い。その為、カードには『路線を繋げたプレイヤーを……』と説明されていた。
だが、路線が繋がっていなくとも使えるカードもある。
その一つを、俺は選択した。
『カード:なまけもの』
それを『プレイヤー翔鶴』に使用する。
『おおっと!? 翔鶴鉄道会社の社員がストライキを起こしたぞぉ!』
「はぁっ!? なになに?」
慌てだすりんちゃん。
『彼らを満足させるには、給料アップをするしかないっ! どうする!?』
いわば足止めカードである。そして、これを受け入れなかった場合、りんちゃんのターン数が二回休みになる。もし給料アップをした場合は休みにならないが、給料アップのため月毎に差っ引かれるお金も多くなるというコンボ付きだ。
画面には選択が映し出された。
『A:ストライキなど許さーん!
B:給料十パーセントアップじゃぁ!
C:給料二十パーセントアップじゃぁ!』
なんだよ三つ目の選択肢……もはや自棄だろ。もしもこれが実現するのなら、この会社の組合って強すぎる。
りんちゃんは、口を尖らせて俺を睨み付けていたが、やがて。
「気にしないもん!」
と言いつつ、三つ目の選択肢に矢印を合わせた。
「なんか上の二つを選んだら、気持ち的に負けた気がするもんね!」
などと言いながら。
「おいおい。下手なプライドは身を滅ぼすぞ?」
思わずニヤけてしまう。そうやって煽ることにより、俺は無意識のうちに、りんちゃんがもう後には退けないようにしていた。我ながら鬼畜だとは思う。だが、悲しいけどこれ、戦争なのよね(二回目)。
そして、りんちゃんはまんまとその選択肢を選んでしまう。やりおったでぇ~こやつぅぅ。
『給料二十パーセントアップ!?? 社員たちのやる気も上がった! 作業効率が五十パーセント上がったぞ! ―これより路線が三分の一の資金でつくれます―』
……は?
映し出される文字に、俺は一瞬呆けてしまった。それは、自らそれを選択したりんちゃんとて同様。待て待て。給料二十パーセントアップで、路線用資金が三分の一だと? いやいや! なんでそうなるんだよ! 使ったカードは『なまけもの』だぞ!? やる気にさせてどうするんだよ!
この作業効率アップというのは、他のプレイヤーからしてみればかなり強い。何故なら、給料に関係するお金はプレイヤーが操作できたとしても、作業効率というのはプレイヤーが勝手にどうこうできる範疇ではないからだ。結果的にりんちゃんの月毎のお金の消費を多くすることには成功したものの、りんちゃんの会社自体が大きくなれば、それは後々気にするほどの事ではなくなってしまう。
だから。
「わぁ……なんか、地点と地点の距離によっては、二ヶ所同時に地点を買えちゃうんだけど……」
ゲームの仕様では、路線を延ばすことを前提として土地を購入するため、買った時点で路線が出来上がってしまう。……つまり、作業効率が上がるということは、伸ばせる路線限界をあげてしまうことと同じ。故に、りんちゃんだけが、地点の距離によっては土地を二ヶ所同時購入出来てしまうという、チート級の効果を持ってしまった。
あれ……妨害したつもりなんだけどな……。
りんちゃんが目的とする事への弱点を突いたつもりだったのに、逆にそれを強みへと変えられてしまった。さすが『なまけもの』……弱味だけを磨きあげてきた動物だけはあるな……。
お金の消費は増えたものの、やはり大阪を貫く路線からの収益が大きいのか、りんちゃんは物ともせずにズンズンと東京へ向かってきた。
やがて。
「きたぁぁぁぁ!!」
開始四年目にして、とうとうりんちゃんが、俺の所有している一つの土地『八王子』へと辿り着いてしまった。
『既に他のプレイヤーが駅を作っているぞ! 駅を造るには、少し離れた場所に駅を作るか、そのプレイヤーの駅構内を改築させてもらうかのどちらかだ!』
この駅を造る二択は、簡単に言うと、その駅をどうしたいかによって変わってくる。
俺と利用客を競争したい場合は、俺から土地を買って駅を新しくつくるしかない。だが、線路自体を繋げたい場合は、俺の『許可』を貰って、半分のお金で駅を改築できる。しかも、線路を繋げるわけなので、俺からしてみれば『暴走列車』をりんちゃんに押し付けることも出来た。
新しく駅をつくるというのは、双方にとってあまり利がない。俺は少なからずりんちゃんに客を奪われてしまうし、りんちゃんはより多くのお金を注ぎ込まないといけないからだ。ただ、そうやって分けるなら、収益もきっちり分けられているため、わかりやすくはあった。
しかし。
「天津くん、許可してよ」
りんちゃんはすぐにそう言ってくる。
「ここ繋げれば、天津くんは『暴走列車』を私に押し付けられる可能性も出来るし、なにより、関西方面のお客さんも利用することになる。私はこの後新幹線もつくるつもりだから、きっともっとお客さん増えるよ? ……ねっ?」
そうして、俺に甘い誘惑をしてきたのだ。
これぞ駆け引きだった。りんちゃんからしてみれば、俺の路線の利用客も横取り出来る上に『暴走列車』に関しては彼女にも同じことが言える。
どちらが良いのか。……新幹線は、技術力とお金がかかる一大事業だ。だが、それが完成されてしまえば、かなりの利用客が俺にも見込める。しかも費用は全てりんちゃん持ち。これがどう転ぶのか分からなかったが、俺には断る理由が見当たらない。むしろ、これを断った後で、りんちゃんの新幹線を利用するために客がそちらに流れてしまえば、もはや止める手立てがなくなってしまう。
許す……というよりは、ゲームのシステム上、許さざるを得ない。
「一つ聞きたいんだが……もしかして、りんちゃんこのゲームやったことある?」
「ないよ」
即答だった。
「でも、ゲームの仕組みは理解してるよ? これって利用客を奪い合うゲームなんだよね?」
そう。日本という舞台で繰り広げられるこのゲームにおいて、変わらない物が一つだけあった。それは日本に住む人の数。そして、それに伴う土地の数。
このゲームの本質は“より多くの人をどれだけ集められるか”にあった。資金も路線も技術力も、それらを成り立たせる為の手段でしかない。
だからこそ、人口密度の高い『東京』を拠点にした俺がトップに躍り出ているのだ。なんか霧島がやったら、めっちゃ上手そう。あいつ居なくてホント良かったぁ。
「ほら、私の客奪えるよ? 今許さないと、後々この時の天津くん自身を許せなくなるよ?」
言葉巧みに交渉してくるりんちゃん。彼女はコントローラーを置いて、俺に体を寄せてきた。近い近いぃぃ。部屋着の女の子が俺に迫ってくる……これはズルいぃぃ。
「ちょっと! そういうのゲームの中だけにしてよ」
だが、その中間に金剛さんが割って入ってきてくれた……。なんとなく、少しだけ、残念な気持ちになってしまった。いっ、いや、別に期待してたわけじゃないけどねっ!
「でも……言ってることは間違いじゃないよな……」
「やったっ!」
これは彼女の思惑に乗ってやったわけじゃない……。あくまでも、最終的に俺が勝つためだ……。そうやって自分を納得させて、俺は画面に表示されている『許可する』を選択し……そして、ポチッと押した。
『八王子の天津駅に、翔鶴路線が連絡したぞ! 利用客アップだぁ!』
それは俺にとっても良い事のはずだった。
なのに、何故だろうか。
なんとなく……負けた気がしたのは。
「――新幹線なんて……私の技術力ならとっくにつくれるのに」
金剛さんがなんとなく不機嫌になっている横で、日向舞だけが悲しく笑っていた。彼女の技術力は、度重なる雪の災害によって、技術力だけはとてつもなく高くなっていたのだ。
ただ、やはり場所が悪すぎた。
ゲーム内でのランキングは俺が一位で、次いでりんちゃんと金剛さん。……ずっと下を日向舞。
そしてゲーム内で迎えた五年目。りんちゃんは、約束通り土地のレベルだけをコツコツと行い、出費を控えていた為にとうとう新幹線を開通させることに成功する。
俺とりんちゃんだけが、大きく二人を引き離したのだった。




