ゲームを始めたらチート級に無双できそうです
その別荘は全面タイル張りの三階建てだった。二階にはバルコニーがあり、少し高地に建てられている為、おそらく海を眺めることが出来る。海は完全なプライベートビーチらしい。それだけでも彼がどれほどのお金持ちなのかを察することができる。そして、そんな別荘を借りることが出来た日向舞は一体……。
「掃除は業者に頼んでやってもらったから大丈夫だと思うけど、何か不備があったら連絡して欲しい」
彼はそう言い、最後まで笑顔だった。
「それと、これが頼まれてたやつね。オートマチックなんて持ってなかったから、スクーターで勘弁して欲しいな」
彼がポンポンとシートに手を置いたのは、レトロな雰囲気を持つスクーターだった。
「買い出しなら、今来た道とは反対方向にある町でするといい。海沿いは走りやすいが、ちゃんと制限速度は守れよ?」
なんて冗談も添えて。いや、それが冗談っぽく聞こえるのは彼が笑いながら言ったからだ。
「じゃあ、また明後日の昼にくる」
「いろいろとありがとうございます」
頭を下げる日向舞に彼は軽く手を振り、乗ってきた車で去っていった。
そうしてようやく、俺たちは緊張を解いたのだ。
「何あれ!? 天津くん乗せないとか、なんで空気悪くするようなこと言うわけ!?」
最初にそれを吐露したのは金剛さんだった。
「別荘貸してくれたのは感謝だけどさぁ。さすがにあれは無いよねぇ」
りんちゃんも怒りを露にしてくれる。
「私は大賛成でした。天津先輩は一人歩いてくれば良かったのに」
瑞鳳もずいぶんとイラついているようだ。
「そしたら俺も降りて、二人で来たのにな」
霧島も笑ってはいるが、顔が笑ってない。怖い。
「でも、何か言って機嫌を損ねるのは得策ではないしね……まぁ、それで怒ってしまうような人じゃないけれど」
日向舞は少しだけ苦笑い。
「まぁ、なんにせよ切り替えましょう。天津くんは……明後日は何かしら答えられるようにしてて。あの人、悪い人じゃないし、乗せないなんて実際にはしないと思うけど……」
「いいよ別に。天津くんを乗せないなら私も乗らないから」
「同感ね。私もあの人の車に乗りたくないかも」
もはや完全に怒ってしまっているりんちゃんと金剛さん。二人は優しい。そんな優しさに甘えてしまいたい気持ちになる。
だが、そんなことすらあの人は許さない気がした。
あの人は、何故あんなことを俺に言ったのだろうか。きっとあれを言えば空気が悪くなることくらい分かったはずだ。なのに、それを敢えて口にしたのだろう。
あの人は、何を俺に気づかせようとしているのか。
考えても分からなかった。
「その話はまたにしましょう。霧島くん……着いた直後で悪いけど、これから買い出しに行ってくれる?」
「構わないよ」
「ならお願い。私たちは……掃除をするつもりだったけど、それは必要なくなったし、天津くんの持ってきたゲームでもしましょうか」
日向舞は、おそらく食材でも記載されているのであろうメモを霧島に渡す。霧島は嫌な顔ひとつせずに受け取った。ちゃんと効率よい企画をする日向舞と、それをちゃんと形に出来る霧島。二人はまるで、それらを平然とこなしてしまう。それに俺たちは従うのみ。
別荘は、驚くほど広く様々な物が完備されていた。何故か、置いてあるアンティークや家電は、俺の家のものなんかよりも高価で、そのことに腰が引けてしまいそう。日向舞やりんちゃんや瑞鳳は気にしてないが、金剛さんだけは俺と同じく「うわぁ……」と声を洩らしていた。それに親近感を覚えて安堵してしまう俺がいた。
部屋もいくつかあって、一人一部屋割り当てることが出来た。なんかもう凄い。あの人……大家族なのだろうか。その部屋に、それぞれ荷物を置いてから大広間に集まる。完備されてる薄型テレビも俺の家より大きい。俺はキャリーケースからゲーム機器を持ってきたのだが、それが数年前の古い機器であることと、少し汚れてしまっている事もあって、全然オシャレなこの部屋とマッチしていない。テレビと接続するためのケーブルなんかもゴム紐で留めてあるのだが、それすら格好悪く思えてくる。
それから買ってきたソフト『わらしべ電鉄』を取り出し、ちゃんとコントローラーも用意する。一機だけ、少しボタンが利きづらくなっている為、それは俺が使うことにする。
ただ、ここに来て問題が一つ浮上した。
「これ、最大四人プレイなんだが……どうする?」
「あぁ、私は日向先輩と一緒にプレイするから大丈夫です!」
問題が解決してしまいましたね……。瑞鳳はそう言って、日向舞に体を寄せている。それに彼女は鬱陶しそうな表情をしていたが。
「……ちょっと、止めなさいよ」
「えぇー、良いじゃないですかぁ。日向せんぱーい」
甘えたような声で、冗談っぽく日向舞にすり寄る瑞鳳。それはそれとして、俺はコントローラーをりんちゃんと金剛さんにも配った。
「私……アクション系は苦手だな」
「これアクションじゃないから」
「えぇーそうなんだ? てっきり、わいわいやれるアクション物を持ってくるのかと思った」
「アクションだと個人差が出るだろ。これはボードゲームだから、それが出る心配もない」
そうやって、なんだかんだ言いながらもソフトをセットする。コードも繋いで電源を入れると、画面一杯に壮大な空間が映し出され、セーブデータの容量によって変わる箱が映し出された。こういうところは昔でも凝ってるなぁ等と思う。ゲームの世界観に引き込むためなのかどうか分からないが、もうこの画面だけでわくわくしたものだ。
久々に引っ張り出してきたメモリーカードもセットし、ソフトわらしべ電鉄を選択する。
ロード画面が少しだけ続いた後に、それは始まった。
『~制御不能の暴走列車~ わらしべ電鉄!!』
いろんなキャラクターが画面に出て来て賑わせる。遊び方をそれぞれで確認し、設定画面へと進んだ。
『――プレイヤー名を決めて下さい』
「取りあえず、それぞれの名前で良いよな?」
それに皆が同意する。その後に、ゲーム内の時間を決める画面。パッケージには『十年』がスタンダードと書かれてあった。だいたいこれで二時間ほどかかるらしい。チラリと時計を見れば、現在は午後一時。十年が二時間くらいなら、少し伸ばして十五年くらいにしておくか……。
そんな感じでゲーム内の時間を十五年に設定する。
ただ、そのプレイ時間はあくまでも目安に過ぎず、この二時間というのが、どれほど最速プレイであるのかを俺は思い知らされることになる。
そうして始まった『わらしべ電鉄』
このゲームでの最終的勝利者は、どれだけ利用客を獲得出来るか、という所だが、その為には鉄道を発展させる為のお金と土地を見所のある場所にする為のお金……つまりは、お金が大切となってくる。
そして、それはゲーム開始地点から差が広がることもあり。
『では、まず天津さんの開始位置をランダムで決めまぁす』
舞台である日本各地のポイントが点滅し、俺の開始地点が決められた。
『開始地点は……な、なんと東京でぇす!』
あっ、勝ったな……これ。
東京にドドンと俺の電鉄会社が建てられた。これはつまり、東京が俺の拠点となることを示している。この東京は、全国の中でも最も土地として購入する事が難しいポイントの一つだ。その一つを拠点として手に入れられた俺は、なにもせずとも一年が終わった際に、かなり巨額の富を得られる。出落ちにも程がある……主に他のプレイヤーにとって。
次のプレイヤーは金剛さんだ。彼女がランダムによって選ばれた拠点は……。
『金剛さんの開始地点は――岐阜でぇす!』
岐阜か……。わりと近い。こうなると、おそらく俺の敵対勢力はしばらく金剛さんになりそうだ。
「岐阜ってどうなんだろ? これ良い方なのかな?」
「まぁ、他のプレイヤーによって路線を伸ばす方角を決められるし、縦横無尽に動けるから良い方じゃないか?」
「そっか」
そうして次はりんちゃん。
『翔鶴さんの開始地点は――広島でぇす!』
りんちゃんは関西方面に行ったか。しかも大阪や京都など、利用客が大きく見込める場所に近い。金額の面で俺と対抗し得るのは、当面りんちゃんかもしれない。
そして、最後の日向舞。
『日向さんの開始地点は――稚内でぇす!』
あっ……日向舞、負けたな。
稚内は北海道の最北端にあるポイントだ。北海道は大きく、各都道府県内にはポイントが三つか四つ、多くても十とかなのだが、北海道だけはかなりの地点が存在している。しかも、そのどれもが利用客が少なく、あまり収益の見込めない土地ばかり。多くの地点を独占するには最適な開始地点だろうが、それに伴う収益は比例しない。たぶん、毎年さっ引かれる維持費だけで日向舞は精一杯かもしれない。
こうして、俺たちの『わらしべ電鉄』は始まった。
開始地点だけで、ランキングを作るのなら一位は俺。次いでりんちゃん、金剛さん。そして最後に日向舞。
ただ、このゲームには他のプレイヤーを妨害したり、場合によってはかなりラッキーなイベントがあったりするので、このままの順位とはならないだろう。
それでも、既に東京というポイントの中でも最強の一角を拠点として持ってしまった俺は、おそらく最下位になることは無い気がする。
それこそ、拠点ごと買収でもされない限りは。あとは、このゲーム最大の負債を持ってくる『制御不能の暴走列車』をどう処理するか。この列車は毎年一位になったプレイヤーの路線内に現れるため、俺が処理しなければならないことはほぼ確実に決定している。
それを他のプレイヤーの路線と繋げて押し付けても良いのだが、説明書によれば、その列車は勝手に路線内を走り、上手く他のプレイヤーの路線に行ってくれない可能性もあった。
だから、安全策を取るのなら、どこかの駅に停車させておいて入念な点検作業を行うしかない。ただ、これにはかなりの時間とお金を使ってしまうそうで、その間俺は土地を買うことも路線を伸ばすことすら出来なくなる。
ただ、それでも路線内で事故を起こされるよりはマシだった。事故を起こされると、その後処理にお金を持っていかれる上に、全国的なニュースとして報道されてしまう為、会社自体の信用を落としてしまい、利用客が一気に離れてしまうそうなのだ。
しばらくは土地のレベルアップだな……。路線を伸ばすよりも収益を増やすのが先決か。
そういった方針を頭の中で決める。
取りあえず最初のターン、俺は東京から一番近い品川を購入し、そこに品川駅を建てる。品川もかなりの高額土地であるため、資金の殆んどを持っていかれてしまった。もはや、そこから近い渋谷を購入するにも、何ターンか待つか、ラッキーイベントで資金が増えるのを祈るしかない……。それでも、利用客は初手だけで一万人をすぐに突破した。
金剛さんも同じように一番近い駅を購入し路線を伸ばしたが、利用客は二百人程度。
「えっ……天津くんと違いすぎない……?」
そう。これこそが、東京の恐ろしさだ。俺はほぼ資金を使い果たしてしまったが、すぐにそれを取り返せる程の場所から開始してしまったのだ。
りんちゃんも同様に、土地を購入。利用客は五百人ほど。ただ、大阪方面に向かって伸ばしたから、おそらくこの十倍はすぐに突破してしまうだろう。
日向舞も土地を購入。利用客は……三十人だった。
「……まぁ、序盤だしね。まだ」
まるで自分に言い聞かせるように声を出す日向舞。うん……細々とやってくれ。
「私も一緒ですからね!」
そんな彼女を励ます瑞鳳。彼女が日向舞とプレイしているのは、結果的に正解だったかもしれないな。
ゲーム序盤は、圧倒的な差がついてしまったままに始まった。
元ネタとなっているゲームとは少しだけ違います。スゴロクというよりは、自分の領域を増やしていく戦国ゲームに近いものとなっています。




