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思わぬ課題

 ザザーン。波が砂浜を襲うその音は、いかにも海に来たという感じにさせる。太陽は眩しく、空は高い。こんな雰囲気なら普通はテンションが上がってしまうのだろうが、俺にはうだるような暑さにため息しかない。


 バス車内での地獄の二時間を終え、俺は疲労感で一杯だ。


「海なんて毎年来てますけど、やっぱりテンションあがりますね!」


 それとは対照的に、瑞鳳ははしゃいでいる。……寝てましたものねあなた。一回あった休憩で、霧島・瑞鳳の隣を通ったら彼女はぐーぐー寝ていたのだ。……よく霧島なんかの隣で寝れますよねあなた。


「ほら、あれが迎えの車よ」


 日向舞の声に、彼女が指差した方向を見るとバスのロータリーの端に黒光りした大型SUVが停まっていた。まじか……もっと、軽バンみたいなのイメージしてたんだが。


 その横には、ワイルドな男性がこちらに手を振っていた。サングラスなど、格好つけの代表に数えていた俺だが、その男性はしっかりとサングラスを馴染ませている。


「お久しぶりです」

「やぁ、舞ちゃん。それと、りんちゃんも」

「それと……って、失礼じゃないですかぁ?」

「可愛い女の子ほど贔屓(ひいき)したくなるものだからね。それと、好みの女の子にほど、素っ気ない態度を取ってしまうものだよ」

「えぇー。好みって、おじさんの年齢だともはや犯罪なんですけどー」

「ははは。まぁ、一番はうちの娘だから安心してくれ。そんな娘の頼みとあらば、こうして休暇返上で働くのも父親の役目ってものさ」

「すいません。急に送迎なんかしてもらって」

「いいよ。二人ともうちの娘と仲良くしてもらってるようだし」


 日向舞とりんちゃんが、親しげに話をするその男性は、どうやら別荘を貸してくれた友人の父親らしい。つまり、別荘の持ち主というこになる。

 というかなんだ今の会話。英語でも話していたのだろうか。それくらいには遠い存在に思えた。


「それで? 他は?」


 男性はサングラスを上にズラして俺たちに視線を送った。やはり、父親というだけあってそれ相応の年なのだろう。だが、その目にはどこか鋭い光があって、そのせいか若くも感じる。


 そんな彼に、俺たちは自己紹介をしていく。なんとなくだが、その男性が発しているオーラは苦手だ。自信に溢れていて、どこか懐かしさにも似た優しさを感じる。声はとても陽気で、世間がイメージする父親とは程遠い。どちらかというと独身を楽しんでいる遊び人のようなイメージ。


 そういった思考が出てしまっていたのかもしれない。名前を言う声も、頭を下げるのも、どこか中途半端で失礼だった気がした。


「へぇ……」


 何かを見定めるような刺さる視線。ただ、負けた気になるのは嫌だったから、目だけは逸らさない。それすらも、やはり失礼だった気がした。俺は警戒してしまっていたのだ。本能が告げている。このオトコ、キケン、と。


 霧島は相変わらず爽やか対応。それにいつもはイラついてしまう俺だが、この時ばかりは俺の無礼さが薄まるような気がして感謝した。ボッチはこういうところが損だ。こちらは精一杯のことをしているのに、相手にとっては全然足りていない。だから、いつもボッチは誰からも悪く思われてしまう。それが分かっていてもなお、出来ないのだ。もはやどうしようもない。


「天津くんは……面白いね」


 そんな彼から一言。


「ですよね。彼、すっごい変なんです。屁理屈ばかり言うし、全然空気読めないし、常識とかも少し疎くて……」

「――あぁ、ゴメンゴメン。そういうことじゃないんだ。俺が言ってるのは、このメンバーに、天津くんみたいなの(・・・・・)が居ることを面白いと言ったんだ」


 日向舞の言葉を遮って、彼は平然と言った。それに、他の奴等も俺ですら固まってしまう。


「天津くんは、この車に乗る資格を有していると思うかい?」


 それは、とても残酷な言葉に思われた。誰もが、それに笑いを掻き消してしまう。日向舞が反論しようとしてくれたのだが、それすら彼は笑っていなした。


「天津くんに聞いてるんだよ。俺はね」


 表情は至って朗らかだ。だが、吐き出される言葉には明らかな拒絶が見てとれる。俺が何も言えずにいると、彼は肩を竦める。


「まぁ、それも娘の頼みだから乗せちゃうんだけど」


 そして、彼はやはり優しくポンと俺の肩に手を置いたのだ。


「ごめんよ。意地悪なことを言って。ただ、天津くんはもう少し理解した方がいい。どんな経緯があったにせよ、君がこのメンバーの中にいることが、君がこの車に乗れることが、どれほど大きなことなのかを、ね? じゃないと、あとあと君自身が傷つくことになる」


 そして言葉も、まるで優しげだった。


「彼は……大丈夫そうだね」


 彼は霧島に視線を向ける。それに霧島は、やはり笑っているだけ。


「さて、天津くんに問題だ。俺が言ってる資格(・・)って、なんだと思う?」


 それに俺は答えられない。何を言えばいいのかも検討がつかない。


「……まぁ、それは明後日の帰りに答え合わせをしよう。もしも、その答えが間違いなら、別の車を用意するよ」


 彼はそう言って、車のトランクを開けた。それに皆荷物を詰め込んでいく。もちろん、俺もだ。その後に彼は車に乗り込んで皆も乗ったが、空気は最悪だった。そんな空気など意に返さず、彼は運転しながら笑い話をした。もちろん、それに笑うのは俺以外の者たち。そしてその笑いにはどこか無理があったように感じる。……ただ、俺はそんな無理矢理な笑いすらも出来なかった。


「……答え、教えよっか?」


 なんて霧島が言ってきたが、俺はそれを断ってやった。そもそも、彼の言う答えとやらが合っているのかも分からない。


 ドライブ中の彼は、終始陽気な父親だった。金剛さんも軽く口説かれていて、そして最後には「まぁ、うちの娘が一番」なんて言って。空気は最悪で、ただ、車内は驚くほど快適だった。


 助手席には日向舞が座っているのだが、時折、彼にしか聞こえない声で何かを話して、その後に「えぇー。いくら舞ちゃんでも教えられないなぁ。それは彼自身で見つけないと」なんて、彼はわざとこちらまで聞こえるように返していた。日向舞が答えを聞き出そうとしてくれたのだと分かる。余計なことを……。


「俺は女性には優遇するけど、男には対等でいたいんだよ。あぁ、これ若さの秘訣ね? まぁ、一番優遇するのは娘だけど」


 車は海沿いを優雅に走っていく。まるでこのままずっと走り続けてしまいそう。そして、どこか恐ろしげなところに連れていかれるような気がした。


 俺は居心地悪そうに座っていることしか出来ない。


 だが、その居心地の悪さは俺にとっての『いつも』ではあった。邪険にされるのは慣れている。ハブられるのも慣れている。こうやって、場違いな人間であることには慣れていた。


 だから俺は、ただ窓の外を眺めながら考えた。その資格とは何なのか、を。


 窓から見える海は地平線まで青く、どこまでも穏やかだった。










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