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危険な誘惑を孕んだ幕開け。

 八月二日。無論、夏休みである。


 夏は危険に満ちていると思う。というのも、この長期休みに何かを始めようとする者たちが多くいて、その大半は始められることもなく堕落した毎日を送ってしまうのだが、そういった高揚した気持ちを抑えきれず、普段とは違った自分を魅せがちになってしまうからだと俺は思う。


 普段とは違った自分と普段とは違った誰か。その混じりあいは酷く非日常的な何かを作り出し、そのはみ出した分だけ、危険なリスクを伴わせる。リスクも和訳すると危険だから、この場合は危険プラス危険で、危険がいっぱぁい! という感じ。


 ただ、これに関しては“セルフサービス”となっている為、全くそんなことを望んでいない者には関係のない話だ。つまり、夏は危険だが、休みは家から出なければ誰とも接することは無いため、そもそも、その危険を犯す心配もない、というわけである。


 犬も歩けば棒にあたるように、外は危険だ。ニュースでも今年の夏は既に熱中症で倒れた人たちが百人を越えているという。お外は怖い。出たくない。ゴロゴロしていたい。だから、家の中は絶対安全。


 なのに。


「それじゃあ人数確認するわよ。番号――」


 日向舞が声を発した。


「いち」


 金剛さんがそれに応える。 


「にぃー!」


 りんちゃんが元気よく手を挙げ。


「さん」


 霧島が爽やかに応え。


「……よん」


 ダァーッ! などと言いたい気持ちを堪えて俺も答え。


「ゴォー!」


 俺の隣にいる瑞鳳が拳を掲げた。なんかそれがダァーッ! みたいで、モヤモヤした俺の気持ちは晴れた。こいつ有能だな。


 ……そして。


「……おかしいわね。一人足りないわ。誰か忘れられているみたい」

「俺を見ながら言うな。あと、足りてないのはお前の頭だ。番号言ってないのお前だけだからな」

「うわぁ、そこは『番号言ってないのお前じゃーん』みたいなノリで良いのに。そういうところが“余りくん”よね?」

「勝手に俺を余らせるなよ……。思わず帰っていいのかと思っちゃうだろ」


 余ったら帰る。これ鉄則。余ったまま皆といるとロクなことがない。だいたいハブられるのがお決まりのパターン。だからハブりを出さない偶数って本当に凄い。ただ、偶数だと俺と組まされる可哀想な奴がいるから、偶数って残酷でもある。思い出すなぁ……余ったのが俺とアイツだけで、アイツが俺と組まされると理解した時の顔……。うん、やっぱ余った方がずっといいや。


「まぁ、良いわ。天津くんにそういうのは期待してなかったし。それよりも、その子……天津くんの妹さん?」


 日向舞が、瑞鳳を見ながら問いかけてくる。それに瑞鳳はピョンと日向舞の前に躍り出て可愛い敬礼をして見せた。


「日向先輩っ! 私は瑞鳳瑞瑠といいます! 姫沢の一年生です! 今後ともよろしくお願いします!」

「え……というか、なんでうちの高校の一年生を天津くんが……?」


 それを聞かれても正直困る。勝手に絡んできたのは瑞鳳の方だからだ。俺は何もしていない。だから、その蔑んだような目で見ないでほしい。


「勝手に付いてきたんだ。一応、人数が増えるのは確認しただろ」

「それは、まぁ……」

「私知ってるよその子。舞ちんに寄ってくる後輩の一人だよね」


 りんちゃんが気もなく言う。それに日向舞がギクリとした。おいおい……どうやら、本当に忘れられてる奴が見つかったようだな。


「翔鶴先輩も初絡みですね! よく日向先輩といるご友人の一人で、私たちが日向先輩とふれ合おうとしたら、ことごとく邪魔してくる人」

「私は節度を持って欲しいだけなんだよね? 舞ちんが勉強教えてくれるからって、休憩時間ごとに教室来るのはどうかと思うってだけ。しかも、だいたい教師に聞けばわかることばっかり。下心が透けてるから、邪魔したくなるのは当然だよ」

「わぁ! そんなこと思ってたんですね! 翔鶴先輩、最低です!」

「最低なのはどっちなんだろうね。天津くんに取り入って、こんなところまでノコノコ来てさ。もはや呆れるしかないし、簡単に取り入られてる天津くんにも少し腹が立ってる」

「やっぱり翔鶴先輩に近づかなくて正解でした。簡単に取り入れそうな天津先輩はチョロくて好きです」


 二人はあからさまな敵対心を貫いている。分かってるかなぁ……今、貫かれてるの俺の方なんだけどな……。


「じゃあ、その子は日向さんが好きで、付いてきたってこと?」


 金剛さんの疑問に俺は頷いたが、瑞鳳はブンブンと首を振った。


「いやぁ、そんな好きだなんて。ただ私は日向先輩とお近づきになりたいだけですよ」


 ポッと顔を赤らめて頬を両手で押さえる瑞鳳。そしてチラッチラッと日向舞の様子を窺っている。そんな日向舞は苦笑い。この空気どうすんだろ、なんて思っていると彼女は「行きましょうか」なんて指揮をとった。流したな……。


 現在俺たちが居るのは駅前である。時刻は午前八時。日向舞が借りた別荘までは高速バスで二時間。車で二十分ほど掛かるらしい。車は既に手配済みらしく、そのことに驚いたのは俺と金剛さんだけ。別荘まで送迎って凄い。姫沢の人たちってホントに感覚が少しズレてる気がする。


 ゴロゴロと皆のキャリーケースが音をたてる。この合宿は二泊三日。当初は一泊の予定だったのだが、何故か知らないうちに二泊となっていた。たぶんあれだ。日向舞とLINEで打ち合わせしている時『そのゲームどれくらいで終わる?』と聞かれ『徹夜したら問題ない』と答えたからだろう。そこから返信がなく、数時間後、唐突に『二泊にしたから』って返ってきたし。


 別に徹夜しなくても終われるのは終われるのだが、『わらしべ電鉄』のゲームは、ゲーム内での年数を自分達で設定できる。つまり、その年数でプレイ時間も変わってくるわけで、マックスでプレイすると、五時間とか掛かってしまうのだ。一泊内でそれをするには、やはり睡眠時間を削るのが一番だと思ったからそう答えたまでで、二泊にしてなんて誰も言ってない。


 俺のキャリーケースには、そのゲームをプレイする為の機器が入っている。肩から下げているバッグには二泊分の着替えのみ。だから実質、俺はこのバッグだけで良かった。……なのに、彼女たちまでもが全員キャリーケースを持ってきていた。俺は分かるけど、君たちのそのキャリーには何が入ってるの? 二泊にしては大袈裟じゃない?


 まぁ、なにはともあれ、俺たちは駅前のロータリーへと向かう。乗車する高速バスは別荘から一番近い海水浴場まで運行していた。そのバスの下の荷物スペースにそれぞれのキャリーケースを預ける。客は他にもいて、やはり海水浴に行くのか、みんな夏らしい身軽な格好をしていた。このバスは予約制であり、既に座席も決められている。六人分の座席番号まで来ると、りんちゃんが俺に体を寄せてきた。


「ねっ、一緒に座ろ」

「あ? ……あぁ」

「ちょっと待って。私も天津くんと座りたいんだけど?」

「え? ……いや、だが二人席だからな」

「りんちゃんは日向さんと座ったら?」

「ダメです! 日向先輩の横は私がもらいました!」

「俺も、天津くんと座りたいかな?」


 おぉぉぉい! もうゴッチャゴチャだ。それには日向も顔を覆った。


「じゃあ……二人は行きと帰りで分けて。余った方は霧島くんと座っ……いや、私と座って」


 りんちゃんも金剛さんも、霧島とは少し因縁がある。それに気づいたのか、日向舞は言い直した。瑞鳳がブーブー言っている。言ってるだけで結論は覆らない。


 結局、二人はじゃんけんで決めることなり、勝ったりんちゃんが俺と座ることになった。金剛さんは日向舞と、瑞鳳は霧島とだ。


「へっへぇ」


 嬉しそうに隣に座ってくるりんちゃんは、慣れたように間にある肘掛けを椅子と椅子の間に仕舞い、すりすりとすり寄ってくる。いや、嬉しくないわけじゃない。わけじゃないが……周りの視線が痛い。


「ねぇ。これで二時間ってヤバいよね」


 りんちゃんが囁きかけてくる。無論、ヤバくしているのはりんちゃんだ。甘い吐息とサラサラの髪が頬を掠める。バス車内はクーラーが効いているはずなのに体が熱い。これ……本当に二時間持つのだろうか。


「お菓子食べる?」


 なんて、ポッキーを取り出したりんちゃん。もはや、そのポッキーにすら彼女の思惑があるような気がしてならない。ほんと、この子どこまでズルいのだろう。夏の熱気にあてられて、まかり間違えば、そのズルさにズルズルと堕落してしまいそう。


 俺は理性を持ち直して、スマホを取り出しイヤホンをセットする。


 すると、りんちゃんが片耳のイヤホンを取り上げて自分の耳に……いやいや!


「なっ、なにしてんの?」

「え……天津くん何聞くんだろうって思って」


 だからって自然にイヤホンぶん取るのやめてくれないかな……このイヤホン、耳に突っ込むタイプだから、たぶん俺の耳糞ついてるし。それともなに? それでも良いですよアピール? それともマジの天然? ぐぁぁっ。どっちにしてもズル過ぎる。


 俺はそれとなくイヤホンを奪い、ポケットに突っ込む。音楽に逃げることも出来ないのかよ……。


「ね、ね、暇潰しにゲームしようよ」


 そう言って、りんちゃんが自分の耳にスマホ画面を見せてくる。そこには『脱出ゲーム』と大きく書かれたアプリ。どうやら、二人で協力してゲームをやっていこうというわけである。なるほどな。

 それに俺は頷いて、早速プレイし始める。


 のだが、りんちゃんのスマホ画面を見るためには、どうしてもくっ付かなければならず、それを彼女も理解しているのか、既に近い距離をもっと詰めてきた。というかもう……密着していた。


「近すぎ……じゃね?」

「えぇー。こうしないと見えないでしょ?」

「いや、まぁ、そうなんだけどさ……」


 もはや、俺にもたれ掛かるようにプレイし始めるりんちゃん。そして謎解きの場面で「これどうー?」なんて俺を見上げてくるりんちゃん。もはや謎解きどころではない。この状況から脱出したいのは俺の方。


 だから、さっさとこの脱出ゲームをクリアしてやろうと奮闘するのだが、ステージは全部で五十個ほどあり、全部やり終えるにはかなりの時間を要する。


 やられた……。


 行きのバス車内。俺はりんちゃんの為すがままに翻弄され続け、こちらを見ている金剛さんの視線に耐え続けなければならなかった。


 霧島と瑞鳳は……。


「待ってください! 今のナシ! もう一度もう一度」

「えぇ? 仕方ないなぁ、ほら」

「うーむ。これはこうして……こうだから……」


 なにやら二人も何かしらのゲームアプリをしているようだったが、正直気にもならなかった。 

かなり頭の中で展開が煮詰まってくれたので、もう少し書き溜める予定でしたが、それを早めての投稿となります。


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